第十四話 ある意味消耗戦
日が沈みかけた頃、再び冒険者ギルドを訪ねる。
「やあ、お疲れ様」
「あ、ファーガソン様!!」
いつものお姉さんがにこやかに対応してくれる。
「ギルドマスターから言われて来たんだが、ここで良かったか?」
「はい、聞いております。あちらで案内役の方がお待ちしてますよ」
「わかった、ありがとう」
「あ、ご案内しますね」
受付のお姉さんに付いて行くと、全身をローブで隠した魔導士風の人物が座っている。
「こちらは金級冒険者、魔導士のリエン様です。今回の依頼では主に案内役としてファーガソン様のサポートにあたっていただきますが、当ギルドでも最上位の実力者でもありますので、いざという時の戦力としても実力は折り紙つきです」
「…………」
黙って軽く頭を下げるリエン。
金級冒険者……しかも魔導士か。強力だな。
俺より一つ下の等級ではあるが、そもそも魔導士と戦士の俺ではスタイルが全く違うからな。条件次第では俺だってあっさりとやられてしまってもおかしくない。
「ファーガソンだ。よろしくリエン」
握手をしようとしたら、あっさりと拒否されてしまった。魔導士は気難しいタイプや変わり者が多いから気にならないが、どうやって案内するつもりなんだ?
「表に馬車が用意してありますので」
無口なリエンの代わりに、受付のお姉さんが案内してくれる。やれやれ。
ガタゴトガタゴト――――
ギルドを出発した馬車は、ひっそりと裏口から街を出て、そのまま夜の闇へと突き進んでゆく。
「なあ、そろそろ喋ってくれても良いんじゃないかリエン……いや――――エリン」
「…………あれ? もしかしてバレてた? 匂いも消してたのに……いつわかったの?」
リエンがフードを外すと、美しいエルフが顔を出す。
「まあな、歩き方でわかった」
「なんだつまらない。せっかく驚かせようと思っていたのに……」
ぷくっとふくれるエリン。子どもか。
「まあでも金級の魔導士なのは本当だよ。さすがにキミ一人に押し付けるのは心苦しくてね?」
「……本音は?」
「あはは、キミと思う存分イチャイチャしようと思ってね?」
そんなことだろうとは思った。
「しかし、この暗い中馬車を正確に走らせているのはすごいな。御者は獣人か?」
「ご名答! 夜目が利く狼獣人のギルド職員がいるんだよ。というわけだから、安心してイチャイチャできるね」
早速覆いかぶさってくるエリン。
「ちょっと待て、狼獣人ならめちゃくちゃ耳が良いんじゃないのか?」
「大丈夫だって、馬車の音でバレないから」
「そうか、それなら安心だな」
◇◇◇
「ギルドマスター、予定の場所に到着しました」
「ありがとうウルカ。ん? どうしたの顔真っ赤じゃない」
「いや……あの……一晩中あんなのを聞かされていたので……」
エリン……全然大丈夫じゃなかったみたいだぞ?
「あはは、ごめんごめん。おわびにファーガソンが相手してくれるから」
「えええっ!? 良いんですか!! ぜひ!!」
待て、俺の意志は……? それ以前に討伐任務は?
◇◇◇
「ありがとうございました!! おかげですっきり快適です!! 私はここで待機しておりますので、どうかご武運を!!」
すっかり肌艶の良くなったウルカに見送られながら馬車を出る。
「なあエリン、俺、これから戦うんだよな?」
「うんそうだよ」
「なんだか戦う前から消耗しているような気がするんだが?」
「あはは、大丈夫だよ若いんだし。本当はまだまだいけるんでしょ?」
「……まあな」
盗賊団のアジトは険しい岩山の中腹にある。
「ずいぶんと大規模なアジトだな?」
「ああ、数年前に殲滅したゴブリンの大規模集落の跡地だ。再利用出来ないようにギルド主導で潰したはずなんだが……」
こうした巣穴は、放置しておくとまた別の魔物が住み着いてしまうので、入り口を潰してしまうのが一般的だ。立地によっては要塞として再利用するケースもあるようだが。今回のケースは、誰かが裏で手を回したのだろう。
まもなく夜が明ける。
盗賊団にとって酒を飲んで宴会を開くことは例外なく最大の娯楽だ。したがって一番警戒心が薄れ大半が酔いつぶれて寝ているであろうこのタイミングを狙うのだ。
「見張りは三人か……私が魔法で見張りを眠らせるから、後はよろしく」
もう少しぐらい手伝ってくれても良いんだぞエリン。
そう言いたいところだが、俺は雇われて報酬をもらう立場だ。エリンはあくまで案内役なわけで文句は言えないし、見張りに騒がれずに始末できるのは正直かなり有難い。
「私は裏口がないかどうか確認してくるよ」
あっさりと見張りを眠らせたエリン。たいした腕だな。
――――さて、突入するか。
いかに音を立てずに始末できるかが勝負。
幸いなことに危機意識はかなり低い。表に居た見張り以外に起きているものはいないようだ。
おそらく盗賊団は有力者やギルドとのコネに全幅の信頼を置いている。逆に言えば、エリンの言う通り襲撃があればすぐに情報が入るようになっているのだろう。その証拠に襲撃など無いと信じ切って完全に油断している。
起きていようがいまいがやることは同じだが、報酬が変わらない以上、楽なことにこしたことはない。狭い空間で戦闘になれば、何が起こるかわからない。
寝ている盗賊たちに気配を消して忍び寄り、急所を正確に突くと、声も上げずに動かなくなる。
盗賊の総数はわからないが、広いアジト内は無数の区画で仕切られていて、一部屋にせいぜい数人程度、これなら多少声を出したところで気付かれる心配はなさそうだ。
「……これで五百」
予想では五百から千名とのことだったが、まだ道半ば、これは千名を超えるかもしれないな。
「ああっ!? し、死んでる……し、侵入者だああ!!!」
チッ……死体に気付かれたか。
大半を片付けたとはいえ、まだ百人以上は残っている。さすがにそこまで甘くはないか。
「ぎゃあああ!?」
とはいえ、残っているのは寝起きかつ泥酔していた幹部連中だ。ろくに装備もない状態で右往左往するだけでまったく脅威にはならない。
一番偉そうな数人は取り調べのために残して、あとは問答無用に切り捨てる。
「た、助けてくれ……命だけは!!」
「安心しろ、ちゃんと喋ってくれれば命はとらない」
証拠隠滅されたら困るので、証拠となりそうなものは先に確保する。
「こ、ここが宝物庫だ」
おやおや、ずいぶんとまあため込んでいたものだな。これが全て盗品で、悪い奴らの懐が潤っているのだとだと思うと、怒りで頭がくらくらしてくる。結局のところ、盗賊はあくまでも実行犯に過ぎず、真に断罪されるべきは、裏で彼らを使っているクズどもだ。
「こっちの部屋は?」
「は、はい……売りに出される奴隷用の牢屋です」
「売りに? どこで売るつもりだったんだ?」
「それは……」
「ああ、もういい、話したくなければ用ナシだからな」
剣を振り上げると、盗賊の幹部が慌てて喋り出す。
「す、すいません、き、貴族用の闇オークションがあるんです。俺たちは単なる運び屋でして……」
なるほど……やはり諸悪の根源は闇に手を染めている悪徳貴族か。チハヤが売られる先も大方似たような所だったんだろうな。助けられて本当に良かった。
まあ、今回の件でどこまで闇が暴かれるのかは、政治が関わってくるから俺の仕事ではない。後はエリンたちが上手くやってくれることを信じよう。
牢屋に閉じ込められていた人々は、すでに移動されていてほとんどが空だった。
ただ一つ、一番奥の部屋を除いて。