第百三十八話 外来種
「ほう……さすがミスリール大森林、見たことが無い植物がたくさんあるな……」
俺も森の植生にはかなり詳しいと自負していたが、まだまだ知らないことは多いようだ。
「ミスリールでは太古からの植生がそのまま残されております。大陸ではこの森にしか生息していない種類も多いと聞いています」
フィーネがエルフにしては珍しいその豊かな胸を自慢げに張る。
「気になりますか? ファーガソンします?」
俺の視線に気付いたのか頬を赤らめるフィーネ。
「気にはなるが……今は調査を先に済ませてしまおう」
「そう……ですか。気になったらいつでも言ってくださいね?」
うむ、薄々思ってはいたが、やはりエルフは肉食系が多いような気がする。もちろん何の不満も無い。むしろ大歓迎だが。
「ところでフィーネ、エルダートレントの生息域はここから近いのか?」
「そうですね……私の足で三時間ほどかと」
三時間か……現地で調査することを考えると急いだほうが良いかもしれない。
「フィーネ、道案内頼む」
「え? あ、ちょっと……ふえっ!?」
フィーネを抱き上げる。俺が走った方が速い。
「……な、なんてスピード……あ、そこをもう少し右へ……」
フィーネの魔法で邪魔な障害物は避けてくれるから走りやすい。このペースならすぐに目的地に到着できるだろう。
「ファーガソンさま、お疲れでしょうからそろそろファーガソン休憩しましょう」
「え? あ、ああ……」
ファーガソン休憩か……まだ十五分しか走っていないんだが……それとまったく休憩にならないんだが……まあ良いか。
「はあ……すっかり疲れが取れました。気力や集中力も上がりましたし」
すっかり肌艶の良くなったフィーネ。驚いたことに俺も同じように感じている。もしかしてこれが大森林の恵み……なのか?
『ウルルルル……』
百メートル近い巨大な大樹……いやエルダートレントが横たわっている。
エルダートレントはトレントが数百年以上生きて上位個体へと進化した種族だ。国や地域によってその扱いは魔物とも妖精とも分かれる。亜人種とする学者も存在するが少数派だ。
トレントは一見した見た目はただの木だが、移動もするし言葉も理解すると言われている。ただし、なぜか生まれた森から出ることはないらしい。
「これは……酷いな」
完全に枯れかけている。エルフたちが回復魔法を使っているようだが現状を維持するので精一杯のようだ。
「原因がわからず……かえって苦しませてしまっているのでは……と」
悲痛な表情でフィーネが言葉を漏らす。
たしかにこのままでは苦しみを長引かせるだけにしかならないだろう。
――――原因を取り除かなければ。
「フィーネさま、そちらの人族は?」
エルダートレントに回復魔法をかけていたエルフが俺たちに気付いて手を止める。
「ルーナスさんお疲れ様、こちらはファーガソンさまです、白銀級冒険者で私のパートナーでもあります。今回ギルドから依頼を受けて派遣されてきたのですよ」
「ええええっ!? あ、あの……フィーネさまが……!?」
ルーナスさんの反応がルネ青年とまったく同じなんだが……。
「白銀級冒険者のファーガソンだ。よろしくルーナスさん」
「ああ、私は調査員のルーナスだ。恥ずかしながらこんなケース初めてで原因がさっぱりわからない」
ため息をつくルーナスさん。
「ルーナスさんは優秀な医者でもあるんですが……」
ふむ、なるほど……。
「ルーナスさん、外見上何か気になるところはなかったか?」
「うむ……これといって目立つものはなかった」
「たとえば小さな穴が開いていなかったか?」
「小さな穴? あったような気がするが……全体に影響するようなものではなかったぞ」
「ちょっと確認したい」
俺の推測が当たっていればだが……。
「わかった。こっちだ」
ルーナスさんに案内されてエルダートレントの背後に回る。
「ここに小さな穴が確認できるが……」
直径一センチにも満たない小さな穴。全長百メートル近い巨体から見ればあって無いようなものだ。
しかし――――
「ルーナスさん、間違いない。これはボロノイ・バイターだ」
「……ボロノイ・バイター? なんだそれは? 聞いたことが無い」
「ファーガソンさま、それは一体?」
やはりこの国では知られていないのか。
「虫系の魔物なんだが、大樹に小さな穴を開けて卵を産み付ける。幼体が内部を食い荒らして結果的に木が枯れてしまうという厄介な存在でな」
「初めて聞きましたが……なぜそんなものがこの森に?」
「ということは外来種ですか……一体どうやって?」
「ボロノイ・バイターは元々大陸西部にしか生息していなかった魔物だ。それが近年生息域を広げている。ここ数年王国でも辺境で初めて生息が確認されている。もう少し具体的に言うなら……帝国の勢力拡大と一致しているとも言えるな」
帝国が意図的にやっているとは思えないが、ボロノイ・バイターの成体は馬に寄生して生き血を吸う。帝国軍の侵攻と無関係とは言えない。
「帝国……ですか。まさか……先日の件と関係が!?」
さすがフィーネは察しが良いな。
「おそらく以前から帝国の密偵が森に侵入して調査していたんだろうな。その際に持ち込んだとすれば辻褄は合う」
「何ということだ……神聖な森に立ち入るとは……」
温厚そうなルーナスさんが悔しそうな表情を抑えきれずにいる。
「ファーガソンさま、それで……何か対処法はないのですか?」
フィーネがすがるように俺の手を握る。
「そうだな……確実なのは丸ごと燃やしてしまうことなんだが……貴重なエルダートレントだ。そういうわけにもいかないだろう。対処法としては穴からギガント・ブリューを流し込んで幼体を殺すしかない」
「ギガント・ブリュー……たしか火を吹くほどの強い酒でしたな……フィーネさま、備蓄はございますか?」
「いいえ、残念ながら……そもそも私も現物を見たことがありませんし……まず手に入らないかと……」
ギガント・ブリューはドワーフ族の作り出す酒で、まず他の国では見かけることはない。理由は簡単でドワーフ族以外には飲めたものではないからそもそも需要が無い。商売にならないのでアリスターさんの積荷にも無かったはず。