第百三十五話 冒険者ギルドミスリールヘイヴン支店
「フィーネ、アルディナはミスリールヘイヴンに来ると言っていたな?」
「はい、ですが……今回は大きな問題が起きてますし……長老会が相手ですので時間がかかるかもしれません」
だろうな。国を守る骨幹たる結界が破られたんだ。リエンが協力を申し出た件のこともあるし結果がどうあれ時間はかかりそうだな。
「ところでフィーネ、ちょっと聞きたいんだが、エルフの時間の感覚っていうのは人族と同じなのか?」
長く生きる種族だからな。すぐ戻ってくると言われて一年後だったりすると困る。
「ふふふ、ご安心ください。まあ多少の違いはありますけれど、少なくとも私たちのようにミスリールヘイヴンにいるエルフの感覚は人族のものとほとんど変わりませんよ」
それなら安心だ。ゆっくりここでアルディナを待てば良い。もっとも滞在期間は一週間だから間に合うかはわからないが。
「ただ……そうですね、あくまで私の印象ですが、人族よりも年功序列意識が強いところかあるかもしれません。エルフの中では年上であることが圧倒的に発言力を持っておりますので」
なるほど……人族でもたしかにそういう傾向はあるが、エルフの場合は年を重ねても見た目があまり変わらないし元気だしな。そういう意味では経験と知識を積み上げた年長者が発言力が強くなるのは当然というか自然な流れなのかもしれない。それならばアルディナの言っていた長老会というのが強い発言力と影響力を持っているというのは容易に想像できる。
しかし……年長者が大事にされることが悪いわけではないが、それは年長者が分別をしっかりと持っている場合の話だ。この国だけでこの世界が成り立っているのであればそれでも良いかもしれないが、帝国のことも含めて世界情勢は急速に変化し続けている。
その長老会とやらが、いわゆる「老害」の集団となっていないことを祈るしかないな。
「――――というわけだ。エルフの里見学の件はアルディナがミスリールヘイヴンに来たら頼んでみるが、それで駄目なら諦めてくれ」
この難しい時期にあまり無理を言ってエルフと人族の関係を悪くするような真似はしたくない。今は無理でも時期をみてまた来れば良いことだしな。
「わーい、それなら安心だねリリア」
「楽しみですね千早」
二人とも……まだ聞いてもいないんだが?
「そうですね……過去に例が無いわけではありませんし、昨晩の件では私たちの仲間を救ってくださいました。チハヤさんとリリアさんがどうなるかはわかりませんが、少なくともファーガソンさまは間違いなく大丈夫です」
「そうなのかフィーネ?」
『……ファーガソンさまはエルフのパートナーとして特例扱いになりますので』
こっそりと耳打ちするフィーネ。
なるほど、そういう特例があるのか。
「ファーガソンさま、あれが冒険者ギルドミスリールヘイヴン支店です」
冒険者ギルドはここエルフの国にも当然存在する。残念ながらチハヤやリリアが期待するような異国感はゼロで、何処にでもあるようなごく普通の冒険者ギルドだ。
そもそもダフードの冒険者ギルドが特殊なのであって、通常冒険者ギルドの建物は誰が見てもわかるように大陸すべての国で規格が統一されているのだから当然といえば当然なのだが。
「ありがとうフィーネ。すまないな忙しいのに道案内までしてくれて」
女性陣は恒例のお買い物ツアーに出発した。普段ならセリーナは残りそうなものだが、珍しく買い物に参加するようだ。心境の変化があったのならそれは良いことだと思う。
夜まで暇になってしまったのでギルドで情報収集しつつ依頼でも受けて稼いでおこうかと考えていたら、フィーネが案内してくれると言うのでその言葉に甘えさせてもらったというわけだ。
彼女は行政組織のお偉いさんらしいのだが本当に大丈夫なのだろうか?
「構いませんよ、ギルドには私も用事がありましたのでむしろ丁度良かったのです」
フィーネは普段からほとんど目を閉じていて表情もほとんど変わらない。
いまいち何を考えているのかわからないが、嘘を言っているような感じはしない。
「いらっしゃいませー冒険者ギルドミスリールヘイヴン支店へようこそ」
表に立っていた見目麗しいエルフ嬢が扉を開けて迎えてくれる。小さなことだが歓迎されている感じがして素晴らしいな。
「ふむ、職員にエルフが多いくらいで本当に普通の冒険者ギルドと変わらないんだな」
「それはそうでしょうね。冒険者ギルドは国家に属さない独立組織ですから」
ギルドの構造やシステムは基本的に変わらない。もちろん残高払いも可能だし白銀級の特権もそのまま有効だ。ただし、国境をまたいだ場合、国家間の状況によっては数日から数週間情報の反映が遅れることがあるので注意が必要ではある。
ちなみに冒険者ギルドの職員と登録冒険者もまた同様に国内法から一定保護されることになる。その代わりにギルドの規則が法より重くなるわけで、違反すれば厳しく処罰されることになるのだが。
「ファーガソンさま、よろしければギルドマスターにお会いいただきたいのですが」
「ギルドマスターに? わかった会おう」
依頼を確認しようと思ったんだが、どうせ白銀級だとわかればギルドマスターに会うことになる。それならフィーネと一緒に最初から会っておいた方が話が早い。
◇◇◇
「……それで? この人族の男がフィーネのパートナーだと?」
「はい、父上」
フィーネが父上と呼ぶ壮年の男性エルフが物凄い形相でこちらを睨みつけている。
おかしいな……なんだか話がおかしな方向に行っているような……?
「貴様……ファーガソンといったか? 娘の話は本当か?」
ギルドマスターである男性はフィンクさんと言って、フィーネの父親らしい。それならそうと最初に言っておいてほしかったんだが……。まあ言われたからと言って何が出来たわけでもないが。
ちらりとフィーネを見ると話を合わせて欲しいと言っているような気がする。あくまで気がするだけだが。
「ああ、本当だ」
そうなった状況はともかく事実だからな。
何やら滅茶苦茶怒っているように見える。
そりゃあそうか。どこの馬の骨とも知らない、しかも人族でこの街に住んでいるわけでもない冒険者が相手だって突然言われたら俺が父親だって良い顔はしないだろう。姉上やリュゼだったらと想像すれば何となく理解できる。
まあ、何発か殴られても文句は言えないな。何されても我慢しよう。殺されはしないだろうし……たぶん。