第百三十三話 自覚が足りない?
「しかし……帝国がエルフを狙った理由はなんだ? まさか金目当てではあるまい」
アルディナが難しい顔で考え込む。
「さあな。ただ、帝国がこの大陸を支配しようとしていること、亜人と魔法をこの世界から消し去ろうとしていることは間違いない。だから可能性としては、相当な権力者の個人的な趣味だと思うが……」
あれほどの人材をわざわざ送り込んでくることが出来るとなれば一般人や奴隷商会ではあり得ない。偽装はしていたが、おそらくは帝国の正規兵だ。しかもおそらくは将官クラス。
「ファーガソンさま、帝国の兵士というのは皆あのような面妖な力を使うのでしょうか?」
先ほどまでの戦いを思い出したのか、セリーナが苦い顔をする。
「いや……あの力が何なのかはわからないが、見ていた限り使えたのはおそらく指揮官とヤーコブとかいう副官だけのようだった。あの二人が例外なのかそれとも将校クラスは皆使えるのか……。だがまあ、もしあんなのが一般兵にゴロゴロいるのなら、とっくに大陸は帝国に屈服していたはずだ。そうでないということは、使える者が少ないのか、あるいは比較的最近その力を得たのかだろう。リエンは実際に帝国兵と戦ったことがあるが、どう思う?」
「ここ数年の帝国の異常な強さを見れば、比較的最近その力を得たというのが説得力を持つな。私が戦った範囲では異能使いの力を直接見ることはなかったが、今思えば明らかにおかしいと思える部分がいくつもある。先ほどはっきりしたが、異能には魔力を感じなかったからな」
「魔力を感じないということは魔法ではないということか?」
「うむ、可能性を排除することは出来ないが、少なくとも我々が『魔法』と呼ぶものとは異なる体系のものであることは間違いない。だが、あれほどの力が昔から存在したのならばとっくに魔法のように体系化された学問や書物が存在するはずだが、少なくとも隣国にありながらそのような噂すら聞いたことがない。つまり帝国は比較的最近その力を得たという結論に至るわけだ」
たしかに遠く離れた王国内ではともかく、長年隣国だったフレイガルドに一切情報が入らないというのは明らかに不自然だ。
「仮にそうだとして帝国はあのような力をどうやって手に入れたのだろうな……」
「そうだな……古代遺跡から手に入れた、勇者や聖女のような特異な力を持つ者が帝国に現れた、別の大陸からやってきた集団がいる、まあ色々な可能性が考えられるが、ここで考えたところで答えが出ることはないだろう」
それはたしかにそうだ。
だが……この件は信頼できるルートから王国上層部へ報告した方が良さそうだな。出来ればリュゼから公爵に伝えてもらうのが一番手っ取り早いのだが……。正直サンプル数が少なすぎる。もう少し情報が欲しいところだ。
「リエン、帝国の奴らは森の結界を無効化していたようですが……もしまた帝国の連中がやってきたら……」
セリーナの言う通り、俺も気になっている部分だ。今回は俺たちがいたから何とかなったが。
「アルディナ、今後結界はどうするつもりだ?」
セリーナに問われたリエンがアルディナに言葉を向ける。
「う……む、結界のパターンを変えて再構築することになるだろうが……」
先ほどまでとは違って自信なさげに言葉を濁すアルディナ。これほど完璧に結界を攻略されてしまったのだから無理もない。
「普通ならそれで大丈夫だが、今回帝国の連中が使用したのは結界そのものを破壊するタイプだ。その場合パターンを変えても意味はない」
「では一体どうすれば……?」
「簡単だ。破壊されないように強化すれば良い。私で良ければ協力するぞ?」
「本当か!! だが……部外者が結界に手を加えるとなると私の一存ではどうにもならないな。それに長老連中が素直に許可を出すとは思えない……うむむ、わかった、とにかく私は今夜のことを上に伝えて対策を早急に考える。ミスリールヘイヴンでまた会おう」
「野営地まで同行しなくて良いのか?」
「構わない。お前たちのことは信頼しているからな」
そういってアルディナは森に溶けるように姿を消した。
「……消えた?」
「ほう……面白い魔法だ……転移系統の魔法か……? だが先ほどは使っていなかった。そうか……なるほど、ミスリールヘイヴンにゲートを設定してあるのか。もしかするとこの広大な森の中を往来するために複数のゲートが存在する可能性もあるな……」
リエンが何やら興奮しながらブツブツ言っている。こうなってしまうとしばらく戻ってこないかもしれないな。
「やれやれ、差し入れを持ってきただけなのにずいぶん大事になってしまったな。お前の言う通りだったよセリーナ」
やはり俺は運命の女神トレースに気に入られているらしい。これだけ行く先々で事件が起こるのだ。自覚が足りないというセリーナの言葉が嫌というほど突き刺さる。
「……そういう意味で言ったのではありませんが」
「ん? 違うのか、それじゃあどういう意味――――」
レイピアの刃先が頬をかすめる。
「知りません!! 皆が心配しています、早く帰りますよファーガソンさま」
「お、おう……怒ってる……のか?」
「怒ってません!! ほら、リエンもブツブツ言ってないで早く行きますよ!!」
セリーナがリエンの背中を叩いて強引にこちらの世界に連れ戻す。
「ええ~、もう少しだけ」
「どれくらいですか?」
「五時間くらいかな?」
にっこりと微笑むリエン。
「嫌だあああ!!! 放してくれセリーナ、あと少しで解析出来そうなんだ!!」
「どれくらいですか?」
「全力出せば四時間」
「…………」
無言でにっこり微笑むセリーナ。
駄々をこねるリエンを問答無用で抱き抱えて走り出すのであった。