第百二十五話 入国審査
「今夜はここで休憩します」
アリスターさんの合図で馬車がゆっくりと停車し始める。
森の中に設けられた野営地。ここはミスリールにおける入国審査を兼ねている場所らしい。ここで合格しなければミスリールヘイヴンへ行くことは出来ない。
「審査で男性冒険者が引っ掛かることが多いのでね。今回契約した冒険者に女性が多いのはミスリールヘイヴンを通過するからなんですよ」
アリスターさんがこっそりと教えてくれた。なるほど…そういうことだったのか。
この野営地には入国管理官のエルフたちが常駐していて、怪しい者がいないか査察を受けることが義務付けられている。
これは見目麗しいエルフをターゲットにしている下種な連中がいるという非常に残念な事実があるから仕方がない。
今や希少な存在となってしまったエルフたちの価値は天井知らずに跳ね上がっているからな。闇のマーケットがリスクを冒してでも動く理由がそれだ。
いつの時代、どんな国にも下種な連中は存在する。
出来ることなら俺がまとめて始末することが出来れば良いのにと心から思う。
「ファーガソン、査察って何をするんだ?」
リエンが興味深そうに尋ねる。
「魔道具を使った人格検査と持ち物検査らしいぞ」
「ほほう、人格を調べることが出来る魔道具か!! 実に興味深い」
そういえばリエンは魔道具にも興味があるんだったな。
「ふふ、悪人は通過できないというわけですか。それは見物ですね。ですが、持ち物検査というのは一体?」
セリーナは悪人判定を受けない自信があるようだが、俺は内心少しだけヤバいかもしれないと思っている。どう考えても善人ではないからな……。
「ミスリールの森から勝手に収穫・採集することは禁じられている。エルフたちにとって貴重な資源だから当然だ。欲しければミスリールヘイヴンで取引できるからそこで買えということだな」
「でも、どうやって正規のものと違法の物を区別するんですかね?」
「おそらくだが、エルフは植物魔法を使えるから、採取方法でわかるんじゃないかな? 聞いても教えてはくれないだろうが」
エリンがパンの実でやっていたように適切な方法で収穫したモノはわかるのだろう。エリンが秘密にして欲しいと言っていたのもそのためだろうな。
「もし悪人判定された上に違法なモノまで所持していたらどうなるんだろうな?」
「うっ!?」
「どうしたファーガソン、顔色が悪いぞ?」
「いや、悪人判定されたら困るなと思ってな」
なぜかきょとんした表情でお互いの顔を見るリエンとセリーナ。
「待て、ファーガソンが悪人判定されてしまうのなら、私も引っ掛かるではないか!?」
「え……? もしかして悪人であっても殺しては駄目なのですか?」
急に不安になったのか震えはじめる二人。
「わからん……だからこそ恐ろしい」
基準がわからない以上、可能性は排除できない。今更引き返す――――だけならまだしも、拘束されたりしたらかなわない。
「ここはミスリール、エルフの土地だ。拒みはしないが、立ち入るならば我らの掟に従ってもらう。それが我らエルフと人族とが結んだ約定。その覚悟無きものは今すぐ引き返せ」
野営地に入るや否や、エルフの入国管理官たちが乗り込んでくる。
さすがにエルフ、全員整い過ぎるほどの美形ばかり。そのせいで無表情さが際立って冷たく厳しい印象を一層強いものにしている。
どうやら一応戻る選択肢も与えてくれるようだが……まあ、ここまで来て戻りますと言う者がいるとは思えないからあくまで形式上の宣言なのだろう。
「それでは査察を開始する」
この人数でどうするのかと思っていたが、どうやら魔道具を使って荷を開けることなく馬車ごと検査出来るらしい。すごいな魔道具。
「全員一人ずつこの魔道具の前を通って野営地の中に入れ」
来たな……悪人判定。
周囲を見渡せば、ビビっているのは俺たちだけではなかった。
まあ、考えてみれば悪いこと、やましいことが無い人間なんて居ないし、むしろそう思っていない人間がいるなら、そういう奴こそ根っからの悪人に違いない。
と、そんなことを考えながら自己弁護してみても怖いものはやはり怖い。
「次、通れ」
とうとう俺の番が来た。今のところ悪人判定を受けた者はいない。
頼む、無事に通過させてくれ。
ほっ……何も反応しなかった。どうやら大丈夫だったようだな。
「待て、そこの冒険者!!」
ひぃっ!? 思わず変な声が漏れそうになった。
「何だ?」
悪い印象を持たれないように可能な限り冷静に爽やかスマイルで……。
「貴様はこちらへ来い。事情聴取する」
「わかった」
ここで変に騒ぎ立てれば心証が悪くなるだけだ。今は大人しく従うしかない。
「ファーガソン……」
「ファーガソンさま……」
そんな泣きそうな顔をするな、リエン、セリーナ。大丈夫、お前たちはきっと大丈夫だ。
結局、一行の中で事情聴取の部屋へ連行されたのは俺だけだった。
良かったと喜ぶべきか、我が身を悲しむべきか。
「その男がそうなのか?」
「はい、隊長、間違いありません」
隊長と呼ばれたひと際美しいエルフが部屋に入って来る。身長が高く一瞬男かと思ったが、声の感じからすると女性のようだ。もちろんエルフの男をそんなに知っているわけではないから判断できないが。
「私は入国管理局局長兼守備隊隊長のアルディナだ。貴様の名と職業、ここへやってきた目的は?」
銀糸のような銀色の髪が輝き美の女神エスフィアとはかくやと思わせる美女だが――――
ダンッ 床に剣先を突き刺して睨みを利かせるさまは戦の女神イラーナの方が相応しいかもしれない。
並のものならばこの美貌と迫力に威圧されて平常心を失ってしまうだろうな。
「ファーガソンだ。白銀級の冒険者でウルシュへ向かう商隊の護衛任務に就いている。個人的な目的地は王都だ」
「ほう……白銀級とは。出来れば手合わせなど願いたいところだが……先に質問に答えてもらおうか。その答えと内容によってはここでお前を斬らねばならないからな」
アルディナの美しい琥珀色の目がすっと細められると同時に、
シャキッ 周りに居たエルフたちも剣を抜く。
いずれも相当な手練れだ。しかもエルフならば魔法も使えるのだろう。
マズいな……さすがにこの状況で丸腰では無傷とはいかない。なぜここまで彼女たちが殺気立っているのかわからないが、最悪の事態も想定しなければなるまい。