第百二十三話 出会いと別れ
「どうしたんだセリーナ? ヤキソバは口に合わなかったか?」
人の輪に加わらず一人佇むセリーナが目に入る。
「いいえ、あまりにも美味しいので感動していました。チハヤが居た異世界というのはきっと美味しいものがたくさんある世界だったんだろうなと。文明も比較にならないほど進んでいたと聞いています。そうであれば相当辛い思いをしているはずなのに、彼女はそういう素振りさえ見せない。強い子ですね……」
まるで母親のような優しい目でチハヤを見つめるセリーナ。
「そうだな。チハヤは強い子だ。俺もそう思うよセリーナ」
あの無敵ともいえる力を最初から持っていた勇者でさえ、この世界に来た当初は相当適応に苦しんだと聞いている。使命を果たし最初にやったことがオコメ探しだ。その事実だけでどれだけ母国を恋しく思っているのかわかるというもの。
チハヤは聖女に覚醒するまでは何の力も持たない普通の女の子だった。いきなり捕らえられ人買いに売られて所持品も奪われて何もない状態でこの世界に投げ出されたのだ。
パニックになるわけでもなく、運命を呪って泣き叫ぶわけでもない。まるで旅行を楽しんでいるように常に自然体で誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなってしまう。
「だからこその聖女なのでしょうか?」
そうかもしれない。聖女というのは女神たちが話し合って決めているという言い伝えがあるが本当のところは誰もわからないが――――
それでも――――
「そうだな……他の聖女のことは知らないが、俺はチハヤこそ聖女に相応しいと、心からそう思っているよ」
町の人々と楽しそうに騒いでいるチハヤ。ドラゴンブレス焼きの母として記憶されることになるに違いない。
勇者は武をもって使命を果たし 聖女は和を持って世を収めると云う。
天の女神よ、俺は――――聖女を護るために導かれたのか?
問いかけても返事はない。だが感謝しているよ。チハヤと出会えたことに。
「ところでファーガソンさま」
チハヤに向けられていたセリーナの視線がこちらに向いた。心なしか厳しい空気を纏っているのは気のせいだろうか?
「――――リンダとサッリの件ですが」
「あ、ああ……」
う……バレていたのか。なぜか胸がチクリと痛む。なんだこれは……?
「そういう時は遠慮なさらずに仰ってくださいね? 貴方のこれまでの行動は概ね把握しています。その上で申し上げますが、私はこれからもファーガソンさまを独占するつもりなどないのです。ただ身体目当ての浅はかな女どもからお守り差し上げたいだけですので誤解されませんよう」
ふっと厳しさが緩んでセリーナが微笑む。
「そうだったのか……わかった、これからはちゃんと相談するようにする」
とはいってもどんな顔して相談すれば良いのか悩むがな。
「無理しないでくださいね。お優しいファーガソン様のことですから、誘われるまま応じ続けていたらいずれ壊されてしまいます」
どちらかと言えば壊してしまうことの方が多いんだが、この流れでそんなことは言えない。
それよりも先ほど感じた胸の痛み……そうか、婚約者であるセリーナに対する罪悪感のようなものなのかもしれない。
それならば――――
「ありがとうセリーナ。だが、お前は良いのか? 俺はいつでも大歓迎なんだが」
間接キスで逃げてしまうほどのセリーナだからと思っていたが、俺の気持ちは伝えておくべきだろう。後は彼女が判断することだ。
「ば、馬鹿っ!? まだ早過ぎますよ!!」
「そうか……」
予想通りと言えばそうなのだが、やはり少し寂しいな。とはいえセリーナの気持ちは大事にしてあげたい。焦る必要などないのだ。
「ま、まあ……ファーガソン様がそうしたいと仰るのなら前向きに検討しますが、あ、あまり期待しないでくださいね」
顔を紅くして走り去るセリーナ。
うーむ、これはどう捉えたら良いのか……悩むところだな。
◇◇◇
夕刻、俺たちはヴァレノールの町を出発する。
次の町までの旅程を逆算して、この時間に出るのが一番効率が良いからだ。
「ファーガソンさん、絶対にまた来てくれよな」
「ああ、必ずまた来る」
リンダの差し出した手を握る。鍛え上げられた力強い握手、彼女の口角が上がる。わずかな期間であったが、まるで長年の戦友と別れるような気持ちになる。
「ファーガソンさま、次いらっしゃったときは、美味しいドラゴンブレス焼きをご馳走しますから」
「ああ、楽しみにしている」
泣き出しそうなサッリを抱きしめる。一見弱々しく見えるが、芯の強い優しく強い女性だ。器用な彼女なら、きっと素晴らしいドラゴンブレス焼きを作れるようになるだろうなと思う。
出来るなら一緒に連れて行きたいが、彼女たちはこの町で生きることを決めている。であるならば俺はその生き方を尊重するしかない。俺自身が旅を続けることを辞めることが出来ないように。
ヴァレノールを出発するとすぐにミスリールの大森林が行く手に姿を現す。
元々ヴァレノールはミスリールの大森林に入る前の最終拠点として作られた町なのだ。
「話には聞いていましたが、本当に大きな森ですね」
セリーナが興味深そうに森の奥へと続く道を見据える。
「ミスリールの大森林だな。一通りの情報には目を通しているが、それほどの危険は無いと考えて良いのかファーガソン?」
リエンは驚くほどのスピードでこの国の情報を頭に叩き込んでいる。おそらく九割以上の王国民よりもすでにこの国のことに詳しいに違いない。
「そうだな、俺も初めての場所だからあくまで伝聞になってしまうが、ミスリールの大森林は森の民であるエルフが昔から管理していることもあって、神聖な気が満ちているらしい。強力な魔物ほど忌避するから比較的安全な場所ではある」
もちろん危険な魔物が居ないわけではないから油断することは出来ないが。
「この先はずっと森の中を進むのでしょうか?」
若干不安そうなセリーナ。自身が後れを取ることではなく、死角の多い森の中で何かあったらと考えているのだろう。丁度暗くなるタイミングでもある。
「大丈夫だ。この森は夜も発光する植物によって暗くなることはないし、明日の夜には町に宿泊できるからな」
「ミスリールヘイヴンか? 森の中に存在する珍しい町らしいが……」
さすがリエン、そこまで把握しているのか。
「おとぎ話の中だけの町だと思っていましたが……本当に存在するんですね」
リエンの言葉にセリーナも反応する。
そう、次の目的地は――――ミスリールヘイヴンとなる。