第十二話 琥珀館 ホワイトボアの欲張りコース 琥珀酒とともに
「うわ……なんかすごいの来たファーギー」
「な、なかなか……近寄りがたい雰囲気ですね……」
琥珀館は、金色に輝くド派手な建物だった。
ちょっと待て。お忍びで来るんじゃなかったのか? だがまあ……貴族の感覚はわからないからな。もしかしたらこれで正解なのかもしれん。理解は出来ないが。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。皆さまどうぞこちらへ」
外観も派手だったが、内装も負けないくらい豪華だな。正直、キラキラしすぎて落ち着かない……。
「こちらが今宵用意させていただいたお部屋となります」
ふう……助かった。個室はさすがに落ち着いた雰囲気でまとめられている。あんなキラキラしてたら味もわからなくなりそうだからな。
「本日お召し上がりいただくのは当店の目玉、新鮮なホワイトボアの肉料理です」
「ホワイトボア……? 聞いたことがない名だな」
「私も初めて聞きました」
「それはそうでしょう。当店が長い試行錯誤の結果家畜化に成功したワイルドボアのことですから」
店主が自慢げに胸を張る。なるほどそれなら聞いたことがなくて当然か。
だが――――
「ワイルドボアは獰猛で決して人には慣れないと思っていたが?」
「ふふ、実はワイルドボアの中には稀に白毛のものがいるんですが、この白毛種は比較的性格が温厚なんですよ。とはいえ、あくまでも比較的……ですがね」
遠い目をする店主。相当苦労したに違いない。そもそもレアな白毛種を集めるだけで大変だ。聞いたからと言って、簡単に真似が出来ない自信があるからこそ教えてくれたのだろう。
「ホワイトボアってワイルドボアとは味が違うんですか?」
ファティアも興味津々なようだ。実際に調理する機会はまずないだろうが、やはり料理人として気になるのだろう。
「そうですね、それは食べてからのお楽しみということで」
店主の自信ありげな表情に期待が高まる。
そもそもワイルドボアそのものが十分美味い肉なのだ。それ以上に美味いのだとしたら、ちょっと想像が出来ない。
「琥珀水でございます」
料理を待つ間に運ばれてきた琥珀色の液体。
「わあ……綺麗だね」
チハヤの言う通り飲むのが惜しくなるほど美しい飲み物だ。器も豪華すぎて割ってしまったらどうしようかと不安になってしまうほど。
「何やらほのかに甘い香りが……あ、これキラービーシロップが入ってます!!」
早速口を付けたファティアが声を上げる。
「へえ……それはまた豪華だな。うん……美味い。甘さもそこまでではないし、シトラの酸っぱさとの相性が抜群だ」
「ありがとうございます。琥珀水は薬として貴族の方々が愛飲しているものを参考により飲みやすくしたものなのです。ちなみに琥珀酒という当店自慢のお酒もございますので、後程お持ちいたしますね」
酒もあるのか。それは楽しみだな。
「まずはこちらからお召し上がりください」
最初に運ばれてきたのは、薄切りにしたホワイトボアをシンプルに焼いただけのもの。
なるほど……これなら味の違いがよくわかる。
「これは……」
「甘い~!! とろけます!!」
そうなのだ。ファティアの言う通り、脂が甘くてあっという間に溶けてしまう。
それに肉自体の旨味の濃さが全然違う。
「これは……ホワイトボアに木の実を食べさせているのでは?」
「おお、よくおわかりになりましたね……その通りです。主にアブラ実を食べさせております」
チハヤの指摘に店主が驚く。
なるほど……この脂の乗りはそういうことか。なんという贅沢な……。
しかしそれだけ手間をかける価値は――――たしかにある。
「ホワイトボアは脂が美味しいので、野菜を炒めるのに使うとそれだけで最高の料理になるのですよ」
続いて運ばれてきた野菜炒めの美味いこと!! ホワイトボアの脂が野菜に染み込んでめちゃくちゃ美味い。
「こちらは塩漬けにして一年ほど乾燥させたホワイトボアを薄切りにしたハムです。琥珀酒に合わせてお召し上がりください」
くう……これは美味い。甘みと塩気が混然一体となって、そこに優しい深みのある琥珀酒のまろやかな風味が合わさって口の中がとんでもないことになっている。
「こちらの琥珀酒は樽に三年寝かせたものになります」
それにしてもハムを一年もかけて作るのか。酒は三年。なんという美食への執念。
金持ちの見栄だけの自己満足料理が出て来るのかと思えば、良い意味で期待を裏切られたよ。素晴らしいね。
聞けば店主は元王宮に勤める料理人だったらしい。宮廷料理を学んだ後、故郷に戻って立ち上げたのがこの店なんだとか。なるほど、納得の腕前だ。
「メインディッシュはナフとトマーテを使ったチーズはさみ焼きです」
「あの……このナフとトマーテって、あまり見たことない野菜ですね?」
「はい、最近外国から輸入されるようになったばかりで、流通量も少ないんですが、チーズとの相性が抜群なんですよ」
ほう……新しい野菜か。一体どんな味が……
「……美味い」
なんだこれ……美味すぎるだろ!! ナフとトマーテ、チーズと殺人的に相性が良すぎる!!
肉単体で食べた時よりもホワイトボアの旨味が引き立てられているじゃないか!!
しかもかかっているソースがまた絶品なんだよな。
「ふむ……なるほど……このソースにもキラービーシロップが使われているのですね……」
終始真剣な表情で黙々と食べ続けていたファティアがぼそっとつぶやく。
おお、ソースにもキラービーシロップが使われていたのか。さすがだな全然わからなかった。
食べるだけの俺たちと違って、彼女は料理人。結果としてレパートリーが増えるなら良い投資ということになったかもしれない。
「いやあ……美味かったでさあ……」
「うん、美味しかったね」
四人で二十万シリカ。たしかに滅多に食べに来れる店ではないけれど、その価値は十分にあったな。
「ファーガソンさん、あのナフとトマーテ、大いに可能性を感じました。見かけたらぜひ買いましょう!!」
「それは良いな。ぜひそうしよう……って、さっきから何を笑っているんだチハヤ?」
「あははは、だって……ナフとトマーテって……あはははは可笑しい」
よくわからないが野菜のネーミングがチハヤのツボに入ったらしい。