第百十八話 帝国の影
「ふふふ、とっても似合っているわ、二人とも」
先ほどから魔族の双子がリュゼの着せ替え人形になっている。背格好が近いので、リュゼのドレスがそのまま着られるのだ。
『そ、そうか? こんな服着たこと無いから……』
『きゃああ!! 似合ってるわマキシム。私ね、ずっとアナタにはこういう服を着て欲しかったの』
恥ずかしそうにしているマキシムと、その姿を見て興奮するマギカ。
二人とも着の身着のまま逃げて来たので、当然着替えなんて持っていない。その話をしたら、リュゼが使っていない服が沢山あるからと提供を申し出てくれたのだ。
微笑ましいと言えばその通りなんだが、さすがにちょっと可哀想になってきた。
「リュゼ、マキシムは男の子なんだからその辺で勘弁してやれ」
マキシムの服はアリスターさんに聞いてサイズがあれば購入すれば良いだろう。最悪ヴァレノールに行けば手に入るわけだし。
「え?」
『え?』
『え?』
リュゼ、マキシム、マギカ、そして周りにいた仲間たちが固まる。
「……ん? 何かおかしなこと言ったか?」
『あのね、ファーガソン、ボク……一応女の子なんだけど……』
「……え?」
マキシムは今なんて言ったんだ? え? 女の子? マキシムが?
馬鹿な……名前も格好も話し方も完全に少年そのものじゃないか……!?
ま、まあ、たしかに言われてみれば綺麗な顔しているし髪型以外はマギカにそっくりだから女の子だと言われればそうなのかもしれないが……。
『うう……そんなにショックを受けるほどなんだね……』
「酷いわファーガソン、こんなに可愛い子を男の子扱いするなんて」
いかん……完全に悪者扱いだ。っていうか俺以外全員気付いていたのか。なんてこった。
『ファーガソンさま、マキシムは好きでそういう恰好をしているわけではないのですよ』
マギカの話によれば、魔族の王は男しかなることが出来ない。そして同性の双子は魔力が半減すると云われていて、忌み嫌う文化があるのだとか。
そこでマキシムは男の子として育てられることになった。あくまでも魔王の息子が誕生するまでの繋ぎ、時間稼ぎではあったが。
「なるほどな。リエン、実際に同性の双子というのは魔力が半分になるものなのか?」
魔族と人族とでは違うのかもしれないが。
「ああ、その通りだ。たしかに魔力は半分になるが……魔力消費量も半分になるから実質は変わらないんだ。しかも双子は互いの力を増幅するからフレイガルドではむしろ喜ばれていたぞ」
『リエンさま、私たちもそうなのでしょうか?』
「うん、人族も魔族も基本的には同じはずだ」
『そうか……それじゃあボクはもう男の子として過ごす必要はないんだね』
『そうよ、ここはもう私たちの王国じゃないんですから自由に生きられるのよ』
しっかりと抱き合う双子。ずっと苦労して来たのだろうな。二人にはぬるま湯につかってきた傲慢さが欠片も無い。後ろ盾である母親を失ってからも支え合って生き延びて来たのだから。
「それにしてもさすが魔族の王族だな……二人とも魔法の素養が半端ない。学ぶ気があるのなら、この天才がその魔力の使い方を教えてやるぞ」
『た、頼むよ、ボクはもっと強くなりたいんだ』
『わ、私もお願いします。あんな失敗は二度としたくありません』
あんな失敗か……転移魔法で死にかけたことを言っているんだろうな。
たしかに何処へ飛ばされるかわからない上に、魔力も使い切ってしまうようでは危なくて使えない。
「わかった。まあ私も魔族の魔法には興味があったからな。お互いにメリットがあると思うぞ」
リエンの話だと、転移魔法は人族には伝わっておらず、魔族、それもごく限られた者だけが使えるものではないかと考えているんだとか。
まあ天才のリエンなら使えるようになりそうだが。
「それにしても……またしても帝国ですか。彼らは一体何を考えているんでしょうね……」
セリーナがジッと考え込む。
たしかに奴らは何処にでも手を出しているような気がする。偶然ではなくすべての争いの背後には帝国の存在が常に見え隠れしているように思えてならない。
「そういえば……お父さまが以前気になることを言ってたわね……」
「アルジャンクロー公爵がか? リュゼ」
「うん、泥沼化している北部戦線の背後に帝国が関わっているんじゃないかって疑ってた……」
「そうか……あの公爵がそう言ったのなら信憑性は高いな……」
それならばいつまで経っても決着がつかない理由にもなるか。
「ご主人さま、帝国が世界中から武器や兵器を買い集めているのはご存じですか?」
リリアが横から教えてくれる。
「いや、ある程度は知っていたが、そこまで大規模に動いていたことは知らなかった」
「フランドル商会は帝国と取引はしていないんですが、国内の商会の中には利益に目がくらんで取引しているところも残念ながらあります」
「まあ、それはある程度仕方ないだろうな。だが、情報というのはそういうところから漏れるものだ。悪いことばかりではないだろう」
「そう言っていただけるとありがたいですが……」
ゆっくり旅を続けていたいと思っていたが、どうも帝国がきな臭い。ここ数年は動くことはないと判断していたが……少し認識を修正する必要があるかもしれないな。
それに――――北部戦線も気になってきた。
「何かありましたかファーガソンさま?」
視線を向けるとキョトンとした顔で首を傾げるネージュ。
北部戦線で戦っている相手は亜人連合国。その中には獣人の国家も含まれている。ネージュは小さい頃にリュゼの家に保護されたらしいがおそらくは亜人連合国出身なのだろうな。
獣人は亜人の中でも虐げられ奴隷のように扱われていると聞く。人族の中でも帝国のように徹底的に排除している国家は存在する。
幸いこの国ではそういうことはあまり無いが、かといって歓迎されているわけではない。
「こんなに可愛いのにな」
「ふえっ!? い、いきなり何言ってるんですかっ!?」
しまった……うっかり心の声が漏れてしまったな。