第百十七話 カルチャーショック
「ここからは歩いて行こう」
さすがにドラコに乗ったまま夜営地に入るわけにはいかない。少し手前で降りて後は徒歩だ。
「ええっ!? お腹空いたよファーギー、もう一歩も歩けない」
そういえばリエンが言っていたな、魔法を使うとめちゃくちゃ腹が減ると。脳が飢餓状態になるとか難しいことを言っていたが……。
「安心しろ、チハヤはお姫様抱っこしてやる」
「さすがファーギーわかってる」
本当に一歩も歩かないチハヤを抱きかかえると、何やら視線を感じる。
「……もしかしてお前たちも乗りたいのか?」
こくこく頷く双子。
くっ、そんな期待に満ちた瞳で見つめないでくれ。
『わーい!! 高い、高いよ』
『ちょ、ちょっと怖いですね……捕まっても良いでしょうか?』
お前たち本当に魔王の子どもなのか?
まあ楽しそうだから何よりだが。
「おお、お帰りなさいファーガソン殿、ご無事で何より」
腹は減っているが、まずはアリスターさんへの報告が最優先だ。
「こちらも大きな被害はなかったようだな?」
「ええ、怪我人の手当ても終わっておりますし、先程避難民の方々にも夕食を配り終えたところです」
夜営地には美味そうな香りが満ちている。
人々も温かい食事をとることで大分落ち着いたのだろう。あちらこちらから談笑する声が聞こえてくる。もちろん不安が無くなったわけではないが、少なくともここに居れば温かい食事と安全が確保されているというのが大きい。少しでも気を紛らわせないと身体よりも先に心がやられてしまうからな。
「ひとまず町を襲った脅威は完全に取り除いたから、避難民の人々にはもう戻っても大丈夫だと伝えてくれ。それと詳しい報告は食事の後にしてもらえると助かる。皆腹を空かせているんでな」
「それは素晴らしいですね。人々にはすぐに伝えましょう。もちろん食事を先にすませていただければ。ファティアさんが多めに作っているはずですので」
「皆さんお帰りなさい!!」
ファティアが真っ先にこちらを見つけて駆け寄ってくる。
「ただいまファティア」
「ファティア~、お腹空いたよおお!!」
「あはは、チハヤは腹ペコさんですね。あれ? その子たちは?」
「ああ、新しい仲間のマキシムとマギカだ。二人の分の食事も頼めるか?」
『マキシムだよ』
『マギカですファティアさま』
「わあっ!! なんて可愛いのでしょう。はい、今食事用意しますね」
ジュワアアア
熱く熱した油の中に切り分けられた食材が投入される。
香ばしい匂いが広がって涎が止まらない。
「新鮮な食材を揚げたてでいただくことは何にも勝る贅沢ですからね」
ファティアは頃合いを見ながら手際よく皿に盛り付け手渡してゆく。
「ちゃんと下味は付けてありますので、そのまま食べても美味しいですが、お好みでシトラを絞ってかけたり、塩を振ってみてください」
俺も含めて皆ろくに話を聞いていない。
とにかく一秒でも早く食べることに必死だ。
「うわっ!? ナニコレめっちゃ美味しいいいいいい!!!」
チハヤが叫び声を上げれば――――
『はああっ!? 美味しい……美味しいよコレ……こんな美味しいモノ生まれて初めて食べた』
『はうう……幸せです……こんな美味しいものがこの世に存在したとは……死ななくて良かったです』
双子も涙を流しながら一心不乱に食べ続けている。
俺も食べてみるか。
サクッ
ジュワアアア
「美味い……軽い食感なのに濃厚な旨味……揚げてあることでいくらでも食べれてしまいそうだ」
「ふふ、そうでしょう? やっぱり鮮度が良いと全然違いますよね? 皆さんにも大好評だったんですよ」
ファティアが嬉しそうに笑う。
彼女にとって作った料理を美味しいと言ってもらえることは最高の喜びだろう。
「まだまだたくさんありますからね、じゃんじゃん揚げていきますから無くなったらお皿持ってきてください」
人間本当に美味しいものを食べるときは無言になるというが、まさに今がそんな感じだ。黙々と平らげ皿を持ってファティアの元へ向かう。そんな作業がしばらく続いた。
「ふう……ようやく落ち着いてきたよ。ねえファティア、そういえばこれって何のお肉なの?」
チハヤがようやく口を開いてファティアにたずねる。
そう言えば何の食材か聞いてなかったな。
「ああ、コレですか? アブラムシですよ。ワイルドボアの三倍の栄養がある大自然の恵みです」
……アブラムシ? 聞いたことないが、ワイルドボアの三倍の栄養は凄まじいな。
「へ、へえ……変わった名前のお肉だね? まさかだけど、アブラムシって虫じゃないよね? たぶんアブ=ラムシーっていう羊に似た魔物だよね? そうだと言って!!」
チハヤの顔色が悪い。そういや虫が苦手だったか。
「え? 虫ですけど」
「嫌あああああああああ!!!」
チハヤが膝から崩れ落ちる。ファティアが悪いわけじゃないが、チハヤが少し気の毒だな。
「ま、まあそんなに落ち込むな。今までだって普通に食べていたわけだし、意識しなければ美味いものだぞ?」
「ちょっと待って!! 今まで食べたものの中にも虫があったの!?」
ぎりぎりぎり
動転しているチハヤがすごい力で首を絞めてくる。
おいおい、なんて力だ。チハヤの奴、普通に戦闘も行けるんじゃないのか?
「チハヤさん、向こうの世界ではわかりませんが、この世界では食材の半分は虫由来のものです。最初は抵抗があるかもしれませんが、少しずつ慣れていきますよ」
ファティアの言う通りだ。獣系の魔物は狩るのに非常に手間がかかるし危険だ。それに比べて虫系の魔物の中には危険を冒すことなく捕まえられるものが多く数も安定している。
「そ、それもそうか……。よく考えてみれば、キラービーシロップだって虫由来だもんね。エビやカニだって虫みたいなものだし……イナゴの佃煮は好きだったし」
何やらブツブツ言っているが、前向きに受け入れようとする姿勢は素晴らしい。
「ところでファティア、アブラムシとはどんな虫なんだ? 聞いたことがないんだが」
「ああ、アブラムシっていうのは私の故郷での呼び名です。この辺りだとなんて言うんでしたっけ? えっと……ああ、ネクロビートル!! そうです、アレですよアレ」
食べ切れずにまだまだ残っている真っ黒な塊を指さすファティア。
「ネクロビートル……だと!? あれ食えるのか!?」
『……ものすごいカルチャーショックだよマギカ』
『せっかく人族の地に来たというのに最初に食べたのがアレとは……』
双子もかなりショックを受けている。
はっ!? マズい、チハヤ――――
「…………」
可哀想に泡吹いて気絶している。余程ショックだったんだろう。消し炭にするぐらい嫌っていたからな。