第百八話 ネクロビートル
「さすがだな」
リエンの奴、索敵の魔法を使って下に人が居ないことを確認してからネクロビートルを倒していた。氷の魔法を使ったのも周辺への被害を最小限に留めつつ確実に倒せるものを瞬時の判断で選択したんだ。しかもあの距離で飛んでいる敵に百発百中だぞ……やはり天才と言わざるを得ないな。
「ふふ、褒めても何も出せないぞ」
嬉しそうに胸を張るリエン。
こんなにすごいのに子どもみたいなところもある。そのギャップが彼女の魅力だ。
「正直助かった。俺は飛び道具を持っていないからな」
投石で数体倒せたかもしれないが、さすがに十匹は無理だ。もしこの場にリエンが居なかったとしたら……バール、場合によってはダフードに深刻な被害が出たかもしれない。
「リエンの攻撃魔法を初めて見ましたけど凄まじい威力と精度ですね」
「ふふ、この程度は攻撃魔法の内には入らないぞセリーナ」
俺は実際に見たことがあるから知っているが、たしかに威力で言えばそうかもしれない。リエン以外の人間にとっては十分過ぎるほどの攻撃魔法だが。
「魔力を無駄に使うわけにはいかなかったからな」
ポツリとつぶやいた言葉が本音だろう。魔物の襲来が今回で終わりなどとてもじゃないが楽観的にはなれない。俺が先行することで露払いをするつもりだったが、飛行型の魔物には手が出せない以上、リエンに任せるしかないのだ。
「すまないがここは任せる」
「ああ、ビートル一匹たりともここから先へは通さない。だから――――」
リエンの表情が引き締まる。
「――――その剣で救えファーガソン、お前の助けを待ってる人がいる」
帝国に滅ぼされた祖国と重ねたのかもしれない。高潔な志ゆえの言葉かもしれない。
「俺はお前の騎士だ。必ずや救って見せるさ。たとえそれがこの世界だとしてもな」
「ふふ、世界とは大きく出たな。チハヤ!!」
「うん、わかってる。行くよドラコ」
『にゃああああああ!!!』
チハヤの頭に乗っていたドラコがまるでネッコのように鳴く。
飛び降りると同時にぐんぐん大きくなるドラコの身体はチハヤを超え、俺を超え、シシリーに近いサイズにまで大きくなる。
ブワサッ
普段は小さくたたまれている翼が大きく広げられると純白の羽根が舞う。
『まま、ふぁーぎー、のって!!』
ある程度大きくなれるとは思っていたが、ここまで大きくなれたのか……。これなら俺とチハヤ、二人乗っても大丈夫そうだ。
「ハッ!!」
チハヤを抱えてドラコの背に飛び乗る。ピンク色の柔らかいふわふわの体毛が気持ち良い。チハヤによれば、毛には痛覚が無いので、思い切り引っ張っても大丈夫らしい。落ちないようにしっかりと長い体毛を束にして掴む。
「しっかり俺に掴まってろよチハヤ」
「うん」
『ミラーメイズ』
リエンが認識阻害魔法をかけてくれる。さすがに竜が飛び立つ姿を見せるのはマズい。
「ファーガソンさん、チハヤさん、気を付けて!!」
「ファーガソン、チハヤ、絶対に無事で戻ってくるのよ」
「ご主人さま、チハヤさま、行ってらっしゃいませ!!」
「ファーガソンさま、チハヤさま、どうかご無事で!!」
ファティア、リュゼ、リリア、ネージュに見送られながらドラコは大空へ飛び立つ。
目指すはヴァレノール、一刻の猶予もない。
「わあっ!! 速いねドラコ!!」
『うん、がんばる』
嬉しそうに一生懸命翼を羽ばたかせるドラコ。
「なあチハヤ」
「なあにファーギー?」
「もう少し……その高度を上げられないのか?」
上空およそ二メートルくらいの高さで滑るように飛んでいるドラコ。高度を上げることが出来れば遠くから町の様子が確認できると思ったのだが――――
「え? 無理だよ、私、高所恐怖症だし」
「そ、そうか……それなら仕方ないな」
スピードは文句なしに十分速い。この分なら日が落ち始める前にヴァレノールに到着できるだろう。
「まだたくさん逃げて来るね……」
「ああ、つまりまだ逃げ遅れた人々や魔物に立ち向かっている人々がいる可能性が高いということだ」
街道に沿って逃げてくる避難民の姿が途切れる様子はない。無事野営場まで辿り着いてくれれば良いが……。
「ねえファーギー。あのでっかい虫」
「ネクロビートルのことか?」
「うん。アレ、もしかしてまだ町にたくさんいるのかな?」
「いるだろうな……おそらくはウジャウジャと」
ネクロビートルは一匹見かけたら三十匹はいると考えなくてはならない。
「嫌ああああ……あれさ、ゴキブリにそっくりなんだよね……帰りたい」
ゴキブリがどんな奴かはわからないが、あのチハヤがこれほど顔色を悪くするなど尋常ではない。おそらく危険で恐ろしい存在なのだろう。
「安心しろ、俺が全て切り刻んでやる」
「おええ……グロすぎ。待って、それはさらにダメージが……」
どういう意味だろう? まさかゴキブリとやらは、切り刻んでも攻撃をしかけてくるのか!?
たしかにそれは恐ろしい。
『まま、どらこがぜんぶたべてあげる』
「めっ!! いけません。お腹を壊しちゃうよ」
『そうなのっ!?』
竜なら大丈夫だと思うが……。
「良いドラコ? ヤツを見つけたら跡形も残さず灰にするのよ」
『うん、わかった。はいにする』
時折上空を飛んで行くネクロビートルが見えるが、今はリエンに任せて俺たちは一刻も早く町に行かなければならない。
「ひいっ!? ドラコ焼き払って!!」
『はい、まま!!』
シャカシャカと地面を走ってくるネクロビートルをドラコがブレスで焼き払う。
地面を進むネクロビートルは倒さねば逃げた人々が危ないからな。
「しかし……解せんな」
「何が?」
「いや、ネクロビートルは辺境の森に生息している魔物なんだが、辺境の近くでもないこんな場所に突然大群で現れるというのが不自然すぎると思ってな」
「ふーん……でも飛べるんなら間違って飛んできたんじゃないの?」
「ネクロビートルはそれほど長距離を飛ぶことはないんだ。おまけに魔力濃度が高い場所を好んで住処にしているからあえてほとんど魔力が存在しない町を襲う理由が薄い」
「そうなんだ……じゃあさ、誰かが連れて来たんじゃないの?」
「それはもっと不自然だな」
待てよ――――誰かが……連れてきた?
ぞくり
背筋に悪寒が走る。
いや、それはありえない……はず。
「どうしたのファーギー、突然黙り込んじゃって?」
「ああ、すまない。ちょっと気になることを思い出したんだ」
「気になること?」
「まあ今回の件とは関係ないとは思うが。実はネクロビートルには別名があってな?」
「別名?」
「『魔王の先兵』それがネクロビートルの別名だ」