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第百四話 メイドのリンネ


「おはようお嬢さん」


 悩んでいる暇はない。ここは堂々と接するべきだ。


 出来得る限りの笑顔で爽やかに。悪い印象を与えてはいけない。

 

「あ……お、おはようございます!! ファーガソンさま」


 顔を赤らめるメイドのお姉さん。よし、この反応……好感触だ。


 それにしてもさすが代官屋敷のメイドは良く鍛えられているな。最初こそ動揺していたものの、すぐに冷静さを取り戻している。これなら話し合いで何とかなるかもしれない。


「君の名前は?」

「リンネです、ファーガソンさま」


挿絵(By みてみん)


 リンネと名乗ったメイドは、焦げ茶の吸い込まれそうな大きな瞳が印象的な知的美女だ。


「リンネ……か。良い名だな。騎士上がりか?」

「さすがですね。はい、三年ほど騎士団におりましたが、お給料がはるかに良かったので転職を」

「だろうな。身のこなしがまさに騎士のそれだった。やはり戦えるメイドというのは需要が高い」


 騎士は動きの統一感が求められるので非常にわかりやすい。


 身辺警護の任務も可能なメイドというのはどこに行っても重宝される。それを狙ってリンネのように騎士団や冒険者として鍛える子女も一定数いる。


「憧れのファーガソンさまにお会いできるなんて光栄です」

「俺のことを知っていたのか?」

「はい、所属していた当時の騎士団の騎士団長が口癖のように言っていましたから。いかにファーガソンさまが強くて素晴らしいかということを。そのせいで団員は皆ファーガソンさまに憧れていました」


 騎士団長に知り合いいたかな? まさか知らないところで絶賛されていたとは……。


 くっ、言い出しづらい。


「ハハハ、そんな立派なものじゃない。それにしてもリンネのようなメイドがいるなんて代官は女神に愛された幸運の持ち主だな」

「あら……ファーガソンさま、もしかして私に何か頼み事でもあるのですか?」


 あはは、バレバレだったか。さすがに聡いな。



「まあ……な。リンネ、悪いんだが、ここで見たことは忘れてもらえると助かる」

「なんだそんなことでしたらご心配無く……かしこまりました。私は何も見ておりません」


 ふう……意図を酌んでくれる子で助かった。にっこり微笑む姿が慈愛の女神ミローディアのように見えてくる。


「ですが、さすがに記憶までは消せません。墓場まで持ってゆく所存ですが、酔った際など口が軽くなる可能性は否定できません。ファーガソンさまが最高の思い出を作ってくだされば記憶が上書きされると思いますが……」


 リンネの瞳が獲物を狙う狩猟の女神シリンギアのように怪しく光る。


 そう来たか。仕方がない。


「わかった。だが、今朝の俺はちょっと危険かもしれないが」


 セリーナの鉄壁なガードとたっぷりの睡眠のおかげでかつてないほど内なるファーガソンが燃え滾っている。


「ふふ、危険な殿方は大好物です」



◇◇◇



「ファーガソンさま、申し訳ございません。まさかこの私が寝坊するなど……」


 愕然とした表情で土下座するネージュ。気持ちはわかるが俺に謝られてもな。


「気にするなネージュ。ただ今回のことでお前は酒に強くないことがわかったわけだし今後は出来るだけ酒を飲まない方が良いかもしれないな」

「そうですね……まさかの盲点でした」


 酒に弱いというのは護衛としては致命的ではあるが、中途半端に強いよりは逆に危機感が高まって良いかもしれない。慢心は油断を招くからな。


 

 それにしても見事に全員寝ているな。


 俺も含めてここまで他のメンバーが起きてこないとなると……考えられるのは昨日の神聖魔法の影響だろうな。ネージュはあの時部屋に居なかったから単純に酒のせいだろうが。


 リエンいわく、あの時部屋にいた全員に魔法の効果は及んでいたらしい。


 聖女にしか使えないといわれている高位の神聖魔法、聖癒のオリフラムは、本来対象が不特定多数となる大規模治癒魔法なのだという。かつて伝説の聖女は、魔王軍との戦いで疲弊した連合軍をまとめて癒したと伝わっている。おそらくはこの魔法を使ったのだろう。


 その効果は感じていた。俺自身は身体に気になる不具合は無かったが、それでも身体が羽のように軽く感じたし、今も記憶に無いほど調子が良い。体調には人一倍気を使ってきたつもりだったが、蓄積した疲れというものはやはりあったのだと実感した。


 ようするに全員不具合が無くなって深く快眠出来たということだな。悪いことではないが使う場面を気を付けないと危ないかもしれない。



 俺の場合は別の意味でも元気になり過ぎてリンネがダウンしてしまったし……。


 あの後、第二、第三のメイドさんを相手にせざるを得なくなったが、まったく問題なかった。いや……屋敷のメイドが何人も動けなくなったら大問題だな。あとでチハヤに聖癒のオリフラムを使ってもらえば――――いやいや、それはもっとマズいか。


 だが、なぜあんな状況に……まさか最初から仕組まれていたのか!? いや……考え過ぎだな。きっと偶然通りかかったに違いない、うむ。



◇◇◇



「おはようございます、ファーガソンさん」

「おはようセリーナちゃん、昨日はちゃんと眠れた?」


 少し早めにギルドに到着すると、ギルドマスターのマルコとアニタさんが出迎えてくれた。ムードメーカーのアニタさんが職場復帰したことでギルドの雰囲気が明るくなったように感じるのは決して気のせいではないだろう。


「まだ出発まで時間あるでしょ? 美味しいお菓子があるから部屋で食べて行って」


 せっかくのアニタさんの厚意だ。出発まで特段やるべきこともないし、お言葉に甘えるか。


「わーい、お菓子大好き!!」


 チハヤを始め、女の子たちは大喜びだ。



「わああ!! なにこれ綺麗!!」


 応接室で出されたお菓子は、見てびっくり透き通るように透明のお菓子だった。


「クリスタルケーキって言うのよ」


 切り分けられたケーキを皿に乗せて配り始めるアニタさん。


「へええ……見た目はゼリーとか水まんじゅうみたいだけど……」


 どうやらチハヤの世界にも透明のお菓子があるらしい。



 うーん、透明のケーキか……正直味が想像出来ん。水みたいな味がするんじゃないだろうか?

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