第百三話 寝坊
「ファーガソンさま、まだ起きてらっしゃいますか?」
夜中、セリーナの声で目が覚める。冒険者としての職業病で、どんな些細な呼びかけでも目が覚めてしまう。生き残るためには必要なことではあるが、普段の日常生活ではその限りではない。
「どうした? 眠れないのかセリーナ」
「はい……このような状況は初めてで……逆によくファーガソンさまは眠れますね?」
言われてみれば、チハヤ、ファティア、リエン、リュゼ、ネージュ、リリアの六人が獲物に群がるキラーアントように俺の身体を占拠している。あまり気にしていなかったが、たしかに客観的に見たら寝苦しいように見えるかもしれないな。慣れてしまえば温かくて気持ちが良いものなんだが。
だがまあ……たしかにセリーナにとって、この状況にいきなり慣れろというのは酷な気がする。夕食会で多少打ち解けたとはいえ、今日初めて知り合った人間と一緒に風呂に入り、同じベッドで眠るというのは簡単ではない。ましてやセリーナは長年一匹ウルフの冒険者として仲間を持たずに生きてきたわけだしな。この状況に困惑するのも無理はない。
「ははは、まあ俺にとっては家族みたいなものだからな。皆良い子たちだし、セリーナもすぐに慣れるさ」
「家族……みたいなもの、ですか」
「ああ、もちろんセリーナもそうだぞ」
「私も家族になれるのでしょうか……」
わずか七歳で親兄弟を失って生きてきたセリーナ。誰よりも幸せになって欲しいと思っている。抱きしめて安心させてやりたいところだが、間接キス事件以来、恥ずかしがって一番離れた位置に寝ているからそれも出来ない。
「あの……もう少し側に行っても良いでしょうか?」
「もちろんだ。おいでセリーナ」
『フギャッ!?』
「ひゃっ!?」
……どうやらセリーナの奴、ネージュを踏んだらしい。幸い酔っぱらっているので目を覚ますことは無かったが。
「ふふ、どうやらファーガソンさまに近づくことすら困難なようです」
ネージュが踏まれた反動で転がって行ったので、その空間に滑り込むセリーナ。
さっきよりはだいぶ近くはなったものの、間にはリュゼとチハヤが寝息を立てている。
「そうでもないさ。ほら」
腕を伸ばして、リュゼとチハヤ、三人まとめて抱きかかえる。
「ひゃあっ!! 近い、近いですファーガソンさま!?」
慌てて逃げようとするセリーナだが、ここまで来て可愛い婚約者を放すわけがない。
「セリーナがちゃんと眠れるまでこうしているからな」
「そ、そんな……こんなの緊張して逆に眠れませんよ……」
チハヤとリュゼは見事に熟睡しているがな。
セリーナの困った顔が可愛くて仕方がないが、たしかに眠れないのは良くないな。さて、どうしたものか。
「う~ん、ファーギーおにぎり食べたい……」
「ひゃんっ!」
寝ぼけたチハヤがセリーナの頬を甘噛みする。
「ううん……ファーガソン……もうこれ以上食べられない」
リュゼが苦しそうにセリーナからチハヤを引きはがす。
「ファーガソンさま……オニギリってなんでしょうね?」
「さあな。きっとチハヤの世界の食べ物だろうが……」
ふふふ、と笑いあう。
「何だか力が抜けちゃいました。こういうのも悪くない気がしてきましたね」
「そうだろ? 実は俺も気に入っているんだ」
ずっと一人の方が気楽だと思っていた。守るべきものが出来ることが怖かったのかもしれない。
だが……こうして寝顔を晒せるほど心を許した仲間がいるというのは癒されるものだ。人間常に気を張っていると疲れてしまうからな。セリーナにもそのことがわかってもらえたら良いなと心から思うよ。
「この屋敷に文句は無いんだが、唯一不満なのはシシリーを外に寝かせていることだな」
ドラコは小さくなってチハヤの頭にひっついて眠っている。一見すると髪留めのようにしか見えない。シシリーだけが外で寝ることになったのだ。
「……たしかに従魔や使い魔は主と寝食を共にすると聞きますね」
テイマーや魔法使いにとって、従魔や使い魔は戦士の武器や防具と同じようなものだ。離れて寝るということはまずありえない。
ただこれに関しては代官が悪いわけではなくて、単純にシシリーがデカすぎて部屋に入らなかっただけなんだけどな。シシリーもドラコみたいに体のサイズを変化させられれば良いんだが、さすがに無理だろうし。
「シシリーのあの密度の高い体毛に寄りかかって寝るのは実に気持ちが良くてな」
「そうなのですか! それは体験するのが楽しみですね」
さすがにシシリーが入る部屋というのは滅多には無いだろうから、セリーナが体験できるのは野営が必要な時だけだな。本来野営は危険で寝苦しいものだが、シシリーが居れば安全だし良い寝床も確保できる。
まさか野営が楽しみになる日が来るとは……リエンには感謝しかない。
「ところでセリーナ――――ああ、もう寝てしまったのか」
今日は朝も早かったし必要以上に色々あったからな。
さて、俺ももう少し寝るとしよう。
セリーナ、リュゼ、チハヤを開放して目を閉じる。
「おやすみセリーナ。夜の女神リュクスよ、貴女の夢の守りがありますように。暁の女神ラクスよ、貴女の光の導きがありますように」
幸い明日はゆっくりの出発だから、メイドが起こしに来るまでゆっくりと眠れる……
いや待て、こんな状況を見られたら――――
いや大丈夫だファーガソン。ここにはネージュとリリアという超優秀なメイドが二人も寝ているんだ。そんなことは当然わかっていて、早起きして対処してくれるはず。
「おはようございます。そろそろ朝食の準備が――――ひいっ!? こ、これは一体……!?」
朝、屋敷のメイドが起こしに来たが――――部屋の中は昨晩のまま。頼みのネージュとリリアも爆睡している。
くっ……まさか全員寝ているだと……!?
完全に想定外だ。そもそもこの俺が起こしに来るまで目が覚めなかったのもおかしい。
これはマズいな。
やましいことは何も無いのだが、さすがにリュゼと一緒に寝ているのはマズい。
いや、同じベッドで一緒に寝ているだけならまだ良かったんだが、よりにもよってリュゼがしっかり俺に抱き着いて寝ているせいで申し開きのしようがない。
何とか誤魔化さなければ……。