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第百二話 私のバルライト


「ところでセリーナは酒が飲めないのか?」


 セリーナは先ほどからバルライトを飲んでいる。未成年というわけではないから酒が苦手なのかもしれない。今後のためにも確認しておいた方が良いだろう。


「いいえファーガソンさま、飲めないわけではないのですが、もし私まで酔ってしまったら、誰が貴方をお守りするのですか!!」


 俺は別に守ってもらわなくても……


「駄目です!! ファーガソンさまを付け狙う女どもの視線がわからないのですか?」


 食事中だというのに完全武装のセリーナが周囲に殺気を飛ばす。


「そ、そうだな……」


 うーむ、この様子だと当分女性と縁が無くなりそうだが、決して悪いことではない。今までがちょっと異常だったのだから。



「それに……バルライトもとても美味しいですからね」


 ピンク色の液体はまるで宝石のようにキラキラと輝いていて、セリーナが口にするたびに輝きを増すようだ。そんなに美味しいのなら……ちょっと飲んでみたいな。


「ほう……どれ、少し飲ませてもらおうか」


 セリーナがグラスをテーブルに置いたので、彼女が飲んでいたバルライトを味見させてもらう。


「美味い!!」


 バールのシュワッとした口当たりの良さはそのままに、苦みよりもやや甘みを強く感じる。すっきりした後味なのでこちらも料理に合う。シトラ水と同じくらいのポテンシャルがありそうだ。


「……あっ!?」


 セリーナが驚いて固まっている。無くなったら注文すれば良いと思っていたのだが、何か悪いことをしてしまったのだろうか?


「す、すまん……その……飲んだらマズかったか?」

「い、いえ……その……間接キス……」


 顔を真っ赤にしてセリーナが逃げてしまった。


 その初々しい反応にこちらまで恥ずかしくなってくる。


 婚約者が可愛らしいのは喜ぶべきことだが、碧眼の刃の時の彼女とはもはや別人だな。



「ファーガソン、私のバルライトも飲んでみなさい」


 なぜかリュゼがやってきてグラスを差し出す。


「今飲んだところなんだが……」

「私のバルライトは香りが違うはずよ」


 そう言われてしまうと断れない。


「わかった、それじゃあ飲ませてもらうよ」


 なにかを期待するように瞳を輝かせるリュゼ。


 監視されているようですごい飲みにくいのだが、それでもリュゼのグラスを空にする。


「うむ、美味いな!! なんというかたしかに香りが違うような気がする」


 当たり前だがセリーナのバルライトと味は全く同じだ。

 

「ふふ、そうでしょう?」


 満足そうに頷くリュゼ。どうやら正解だったらしい。



「ファーガソン、私のバルライトも美味いぞ」


 なぜ競うように俺に飲ませようとするんだリエン。


「そうなのか? 同じように見えるが……」

「ふふん、私のバルライトは味が違う」


 同じバルライトなんだがツッコむのはやはり野暮なのだろう。


「おお……たしかに美味いな。ちょっとリエンの味がする」

「ば、馬鹿っ!! 誤解を招くような言い方するなっ!!」


 どうやら不正解だったらしい……リエンは真っ赤になって逃げてしまった。



「あらあら……これはセリーナちゃんも大変そうね……」


 少し離れたところから一部始終を見ていたアニタさんがクスクス笑っている。


 うーむ、どちらかと言えばこの状況、俺が大変なだけのような気がするんだが? 



「ご主人さま……お待ちください」


 リリアがグラスを持って席にやってくる。


 ……嫌な予感がする。


「ん? どうしたんだリリア」

「私のバルライトは厳選したグラスに職人が魂をこめて丁寧に注いだリリアスペシャルです。特別にご主人さまにも飲ませて差し上げます」


 すっとグラスを差し出すリリア。


 そんなわけないだろうとツッコミたいところだが、そんなにキラキラした仔イッヌのような瞳で期待されたら断れない。


 リリア……お前もか。心の中でツッコミを入れながらバルライトを飲み干す。


「どうですか? 特別な味がしましたか?」

「そうだな……まさしくスペシャルな味がしたよ。ありがとうリリア」 

「ふふ、どういたしまして」


 最近の若い子は何を考えているのかわからない。


「ん? そういえばネージュはどうしたんだ?」


 こういう状況だと真っ先に飛んできそうなものだが……



「にゃああ……もう飲めましぇん……」


 ネージュの奴、思いっきり酔いつぶれてやがる……。



◇◇◇


   

「本当に甘えてしまって良いのかリュゼ?」

「もちろんよ。同じパーティー仲間なんだから遠慮しないでよね」


 今夜の宿はリュゼが宿泊する最高級の場所――――つまり町を治める代官の屋敷だ。


 リュゼの意向だけではなく、マリアから事前に通達されていたこともあって、俺たちも問題なく部屋が割り当てられた。



「……あ、あの……ファーガソンさまと同じ部屋で寝るのですか?」


 セリーナが挙動不審になっている。


「うん、そうだよ。ずっと皆で一緒に寝てる」

「そ、そうなのですか、チハヤ?」

 

「大丈夫ですよセリーナさん、ベッドは広いですから」

「ええ!? いや……そういうことではなくて」


「ファーガソン、一緒にお風呂に入るわよ!!」

「あ、あの……リュゼさまはマズいのでは?」


「諦めろセリーナ。郷に入っては郷に従えだ。すぐに慣れる」

「リエン……そう……ですよね、はい、頑張ります!!」


 待てリエン、その言い方だとまるで俺がそうさせているみたいじゃないか。実際は、一人で寝ようと思ってもいつの間にか寝床に入って来るし、風呂だって勝手に入ってくるからな。


 もう慣れたし、諦めているが。


「なるほど……こうやって仲間意識を高めているのですね……勉強になります!!」


 リリア、何のメモを取っているんだ? 変なことは学ばなくて良いからな。


「しかし……よく代官がこんな無理を受け入れたな」


 公爵令嬢と冒険者を同じ部屋にするなんてあり得ないと思うが。


「あはは、代官の痛いところを突いてやったらあっさりでしたよ」


 ネージュが楽しそうな顔で怖いことを言う。


「トラスはこのことを知っているのか?」

「知ってるわけないじゃないですか~。アハハハハ」


 まだ酔いが醒めてないんじゃないのかネージュ。


 うむ……もう何も考えないようにしよう。なるようにしかならん。



 さて、こういう時はとりあえず風呂にでも入って気分転換でも――――



 ……出来ないな。想像しただけで頭が痛い。


 待てよ……もしかして旅の間ずっとこんな状態……なのか!?


 考えてみれば当然の事実に今更気付いて静かに色んなものを諦めるファーガソンであった。

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