第十話 安すぎる魔道具と怪しすぎる依頼
「ええ~!? またファーギーいなくなっちゃうの?」
「悪いな。これからギルドへ顔を出さなくちゃならないんだ。それに昨日チハヤと約束したお風呂用の魔道具も手に入れなくてはならないし」
「なるほど……いってらっしゃいファーギー。頑張って手に入れてね!!」
途端に機嫌よく送り出してくれるチハヤ。
まあ考えてみれば、湯を沸かす魔道具は風呂だけじゃなく料理にも使えるから、今後ファティアの役にも立つだろうし、そう考えると最優先で欲しいところだ。
「旦那、今日も俺っちがしっかりお二人を案内させていただきやすので、ご安心くだせえ!!」
「うむ、頼んだぞサム」
本当にサムが居てくれて助かったな。
だがチハヤもファティアも自分で自分の身を守れるタイプじゃないから、この先旅を続けるなら対策を考えないといけない。現実的にはギルドで護衛を雇うくらいしか思いつかないが。
金はかかるが、安全には代えられない。問題はサムのような信頼できる冒険者というのが残念ながら貴重だということ。良い人材がいたら、王都まで護衛という形で雇うのも一つの解決策ではあるな。
「おはようございます。ギルドマスターからファーガソン様がいらしたら案内するようにと」
「そうか。案内を頼む」
「かしこまりました」
案内するのになぜ指を絡ませてくるのかわからない……いや、わかっているのだが、今は鉄の意志で気付かないふりをするしかない。
にっこり笑顔で手を振る受付のお姉さんと別れて、ドラゴンのブレスでも耐えられそうな重厚すぎる部屋に入る。
「おはようファーガソン。午前中から来てくれるなんて嬉しいね。さっそくで悪いが入口の鍵を閉めてもらっても?」
「わかった」
さすがエリン。いきなり奥の部屋に案内される。忙しい立場だから一分一秒でも惜しいのだろう。
「ふふ、どうしたファーガソン、私に見惚れたか?」
「ああ、いくら見ても飽きない芸術品のようだ」
ギルドマスターのエリンは相変わらず作り物みたいに美しい。
エルフは総じて見目麗しいものが多いとは聞くが、エリンは俺が知っている中でも際立って美しいと感じる。レディに年齢を尋ねるわけにはいかないが、きっと積み重ねた人生経験のようなものが少なからず作用しているのだろう。
「ハハハ、嬉しいことを言ってくれる。だがな、見ているだけではやはりつまらない。そうだろうファーガソン?」
◇◇◇
「ファーガソン、やはりお前は最高の男だ。本当にここに残る気はないのか? 残ってくれるのなら、喜んでギルドマスターの席は譲るよ?」
「気持ちは嬉しいが、旅は半ば、やるべきことがたくさんあるんだ。すまないな」
「そうか。まあやるべきことが終わって、その気があるならいつでも歓迎するぞ。エルフは長生きだから気も長いんだ」
エリンは本当に魅力的だし、この街も気に入っている。身体が二つあれば、ここに置いて行きたいくらいの気持ちはあるんだが。
「……ちょっといいか?」
「どうしたエリン」
耳元で囁くエリンの声はまるで音楽のようで心地が好い。
「色気のない話ですまない。盗賊団の方なんだが、やはりちょっと面倒なことになりそうでね。ファーガソンの手を借りることになるかもしれない」
「ああ、必要ならいつでも声をかけてくれ」
やはりすんなりとは終わらないか。まあ乗り掛かった舟だし、滞在中なら喜んで協力するつもりではいるが……おっと、忘れないうちに聞いておかないと。
「湯を沸かす魔道具? ああ、あるぞ。ファーガソンは運が良い。私はちょっとした魔道具コレクターでね。条件次第で割安で譲ってあげてもも良いが……」
「本当か!! ぜひ頼むよエリン」
基本的に魔道具は数そのものが少なく、市場には中々出てこない。あるのは型が古い中古や、質の悪い模造品だったりするし割高なことが多い。そのため一般的にはオークションやコネクションを通じて手に入れるものなのだ。
エリンがコレクターであるなら、品質の心配は要らないし、何としても手に入れておきたい。
「ふふ、ならばもう一戦交えてもらおうか。それとも……もう限界かな?」
「安い挑発だなエリン。俺が本当の限界という奴を教えてやろう」
◇◇◇
「ふう……素晴らしいなファーガソン。さすが白銀級だけのことはある。約束通り魔道具は用意しよう」
エリンが用意してくれたコレクションの中から、持ち運びに便利なサイズを選ぶ。さすがギルドマスター、市場では手に入らないレベルの魔道具ばかりで正直ここまでだとは思わなかった。これをたった十万シリカで譲ってもらって本当にいいのだろうか? 割安にもほどがあるぞ。
「ふふ、温度調整できるタイプは珍しいからな。必要魔力も少なくて済むし、きっと旅に役に立ってくれるだろう」
これは本当に良いものを手に入れた。ふふ、チハヤたちが喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「むう……ファーガソン、今他の女のことを考えていたな? よし、もう一回だ!!」
……エルフは淡泊だって聞いていたがデマだろ。
◇◇◇
「お疲れ様でしたファーガソン様、領主より盗賊団の懸賞金二百万シリカ、ならびにギルドからの報奨金五十万シリカが支払われます。現金でお渡ししますか?」
「あ、いや……五十万だけ現金で、残りは口座へ入れておいてくれ」
俺のように旅をしている人間にとっては、ギルドの口座は全世界の支部どこでも利用できるから本当に助かる。とはいえ、入金した支部から離れた地域では残高が反映されるまでに時間がかかる場合もあるから、ある程度の現金はやはり持っておく必要はあるが。
「かしこまりました。他にご用件はございますか? お望みでしたら何なりと……」
「そうだな、少し依頼を見させてもらうよ」
「そうですか……どうぞごゆっくり。ご不明な点があれば何なりとお申し付けくださいませ。必要ならば手取り足取り――――」
ふう……なかなか押しの強い受付嬢だな。嫌いじゃないが今は時間がない。
盗賊団のことがあるからあまり予定を入れるわけにもいかないんだが、今後のためにもどんな依頼が出ているか確認しておく必要はある。報奨金が入ったとはいえ、ここにいる間ずっと休暇気分というわけにもいかない。
「だがまあ、短時間で稼げる効率の良い依頼なんてそうそう……えええっ!? あった!?」
庭の草むしり実質拘束時間半日で十万シリカ……だと!?
しかもこの依頼、冒険者等級が上がれば上がるほど報酬が良いとか……若干心配になるほどの好条件だな。白銀級だと……百万シリカ。怪しい、怪しすぎる。
だが、こうしてギルドで正式に受注されている以上、騙されるという可能性は低い。見逃すにはもったいないほどの報酬だ。
「すまない、この依頼なんだが書いてあることは本当なのか?」
「えっと……ああ、はい、もちろん間違いありません。信頼できる筋からの依頼ですので……むしろ、ファーガソン様にぴったりの依頼かと」
受付嬢の意味深な笑みが気になるが、そこまで言われたら受けてみようかという気になる。
「お受けになりますか? 正午からですので、時間的にも丁度よいかと」
聞けば先着一名、貼りだしたばかりの依頼で、偶然見つけたのは相当ラッキーですよと受付嬢。
せっかくなので受けてみることにした。