第八十四話 重ねられた手
「き、聞いてくれっ! 俺は、本当はこんなこと、したくなかったんだ!」
「派手な商人」とシルグレのいるところへ歩く途中、情けない、でも大きな声が響いた。すぐ後で、シルグレの呆れたような声が続く。
「まったく、何を言い出すかと思えば……」
「ほ…本当なんだ…っ! 俺は脅されて、仕方なく……! 生きていくためだったんだよぉ!」
「……お前な……そんな嘘が通用すると…」
「俺は孤児だったんだ……なぁ、わかるだろ? こんな世の中で、孤児が行きつく先なんか兵団か裏稼業しかねぇんだ。俺はただ生きるために必死だっただけなんだよ……!」
「ふんっ。……だから何だ。悪の道に踏み入ったからには、覚悟あってのことだろう。潔く、報いを受けろ」
大剣の柄を握りなおすシルグレを横目に大慌ての「派手な商人」は、ようやく二人に近づいたオレに、すがるような目を向けた。
「ままま待てって……! わかった! 償う! 償わせてくれ! ……なぁ、坊や、俺に出来ることなら何だってする。だから、坊やからも、この旦那に言……っ痛ぇぇぇぇぇ……っ」
知るもんか。
お前が、たとえ、ひどい環境に生まれたんだとしても。
どんなにつらい人生だったとしても。
もし仮に脅されていたとしたって……。
そんなことは、どうでもいい。
「ふー…ッ……ふー…ッ!」
「あ……っが……ッ!」
お前が……! 村を……! 兄ちゃんを……! お前が……!
「ぐ…っ! ぅご……! おい…ッ! こ、このクソガキ……ぁッ!」
「おい、レイ」
お前が……! お前が……!
「か…ッ! くは…ッ! ……畜生……殺るなら、ちゃんと殺れ……! ド素人が……ッ」
「レイ」
シルグレが後ろから、オレの肩と腕を掴んだ。
なんで邪魔するんだよ。
こんなやつ、生きてちゃいけないんだ。
こんなやつが生きてたせいで、みんな死んじゃったんだ。
……でも、シルグレの力がすごくて。
オレの身体は「派手な商人」に突き刺したナイフごと、引き離されていた。
「なんで……なんで邪魔するんだよ……! こいつのせいで! こいつが……!」
「レイ、落ち着け。止めたりはしないさ」
シルグレの大きな手が、ナイフを握ったオレの手を包んだ。
「胸を刺す時は、刃を縦に入れちゃ駄目だ。骨に引っかかる。さっきも、無理に押し込もうとしても全然入らなかっただろ?」
そう……なんだ……?
たしかに、ぜんぜん深く入っていかなくて……。
体重をかけて何度も押し込んだけど……ダメだった。
「こうして、刃を寝かせて……水平に……しっかり握って、ブレさせるなよ?」
「……へっ……何だぁ……? 初めての人殺しも手取り足取りかよ……。いーぃ御身分だぜ……ひゃっはっは……お…………こ…っ…………」
シルグレといっしょに、ゆっくりナイフを刺し入れると、「派手な商人」は何度か小さく身体を弾ませた後で動かなくなった。
それから、ずっとオレは、動かなくなった「派手な商人」の横で座り込んでいた。
血まみれの両手は感覚がなくて、オレの手じゃないみたいだと思った。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
兄ちゃんも、母ちゃんも、父ちゃんも……みんな、みんな死んじゃって、オレだけ生き残って。
悪いやつも、死んだ。
オレが殺した。
誰もいない。
オレの体から伸びてつながっているだけの手を、ただ、ぼんやり見ていたら、真っ赤なナイフに目がいった。
「やめておけ」
シルグレの声がした。
「自分に使うのは案外難しいぞ? ただ痛くて、無駄に気持ち悪い思いをするだけだ」
「……ほっといてよ」
そんなこと、言いたかったわけじゃないのに。
「痛くて、痛くて、ものすごく気持ち悪いのに動けない。つらいぞぉ?」
「ほっといてってば……! シルグレには関係ないだろ! ガキ扱いするなよ! ……痛いのなんて、平気だ! 気持ち悪くたって、つらくたって、そんなの……!」
涙が溢れて止まらなかった。
くやしい。
なんで泣いてるんだ。
怖くなんてない。
でも……すごく怖いんだ。
なにがこんなに怖いんだろう……。
くやしくて、怖くて、恥ずかしくて。
涙といっしょに顔も隠したいのに、手が動かない。
すこし感覚が戻ってきた両手は、それでも、だらりと下げた腕の先で震えてるだけだった。
そのまま、ただ手を見ていたら、オレの横に大きな身体をどっかり落として座ったシルグレが言った。
「レイ。お前、戦士になれ」
このエピソードで、レイの過去のお話は終わるはずだったんですけど、長くなっちゃったので分けました(´;∞;` )もう1話続きます
思い入れのあるキャラ書く時って難しいですね(´・∞・`;)むむん




