第八十話 ベラーレプス
変だ。
いつもは、まだ薄暗いうちから村の人たちが動き始めるんだ。
……オレは、まだ寝てるけど。
だけど、お祭りの前とか、すごいいたずらを思いついた時とか、早く起きちゃったことがあってその時に見て知ってる。
こんなに日が昇ってるのに静かなわけない。
「朝番」の人だっていない。もう「昼番」との交代時間なぐらいなのに。
なんだか、すごくドキドキして苦しい。
――変だと思ったらまずは動かずに、よく見てよく聴け――
兄ちゃんが言ってた。
見張り台の中は、誰もいない。
兄ちゃんがいないこと以外は、特に変なところはなかった。
下の様子を見てみようかな……?
体をひねって見張り台の手すりに手をかけたところで、急にドキドキが強くなった。
……まずは、「聴いて」からにしよう……。
浮かせかけた腰をまた下ろして、集中する。
本当に静かで何も聞こえない。
この時期は薪に使うための木を切りだし始めるから、朝から昼過ぎまでは村の外からその音が届くんだ。
だけど、斧を打ち込む音も、木が倒れる音も、その時に注意を呼び掛ける大声も、倒した木を引く時の歌も……いつもにぎやかなのに、その――
――乾いた音がした……?
組まれた木が、ずれて落ちた時みたいな……篝火の燃え残りにしては音が大きかったけど……。
どうしよう。
なんだか、すごく怖くなってきた。
兄ちゃんが来るまで待ってようか……。
「う……でも……」
見張り台の手すりに手をかけて、すこしずつ頭を動かす。
すこしずつ。すこしずつ。
ようやく見慣れた景色が見えるようになって、すこし見回してみたけど、だれもいない。
おかしいよ。こんなの。
またゆっくり座って、四つん這いで移動してから、今度は別の方向を見てみる。
「……やっぱり、だれも…………あれ?」
だれか寝てる。
……あそこにも……あっ……あそこにも……。
……え……ちがう……あれって…………。
ど、どうしよう……なんで……。
道には人がたくさん倒れていて、それは村の集会所に近づくほどに増えているように見えた。
赤黒い水たまりの跡みたいなものも、たくさん。
「に…兄ちゃんは……っ?」
兄ちゃんを探しにいかなきゃ。
櫓のはしごを降りる途中、なんだか嫌なニオイがいっぱいした。
はしご越しに見える村は、静かで、いつもの村で、でも知らないところみたいだった。
「うっ……」
はしごを降りきると「嫌なニオイ」がすごくして、振り返ったら大きな黒いかたまりがあった。
血まみれの大きな獣が舌を出して倒れていて、その上にすこし覆いかぶさるようにして、人が倒れている。
その人も血まみれで、山仕事用の大きなナイフを獣に突き立てていた。
「これ……えっと……なんだっけ…………」
狼の魔物……えと…………ベ…ベラ―……ベラーレプス……!
「魔物が……村の中まで……」
いままでも村が襲われたことはあった。
「村の外に仕事に出て、魔物に出くわした」なんて話もよく聞く。
怪我をしたり、中には死んじゃった人もいた。
だけど、村の中に入られたことなんて一度もない。
外が危ないのは知ってる。
でも……でも、村の中でなんて……。
「気持ち……わるい……」
口を押さえながら、魔物といっしょに倒れてる人を見る。
あんまり見ないようにしてたけど、でも、村の人はみんな知ってる。
どうしても気になって。
「あれ……? ……あれ? なん……なんで…っ」
全身血まみれで、頭から流れた血で顔までべったりだったけど……でも、すぐに気付いた。
「なんだよ……! なんで…………に…兄ちゃ…っ……なんだよぉ……!!」
魔物から引き離そうとしたけど、ナイフを握った手がどうしても離れなくて。
そのままなんとか仰向けにするのが精一杯だった。
「兄ちゃん……。…………兄ちゃん!! ……兄…ちゃん……」
ゆすっても、叩いても、兄ちゃんは動かなかった。
なんで。
「なんで兄ちゃんが……」
……こんなのって無いよ……。
「……あ……母ちゃん……父ちゃん」
家に行かなきゃ。
兄ちゃんを置いていくは嫌だけど……。
でも……今は、オレがやらなきゃ……。
腰に差してたナイフを抜く。
ずっと「持ちたい」ってお願いしてたけどダメで。でも、今年から持たせてもらえるようになったんだ。
兄ちゃんのお下がりだけど、それがすごくうれしかった。
「兄ちゃん……ごめん。……でも……でも、すぐ戻ってくるから……」
櫓から家まではすこし遠い。
近道をしていこうと走っていたら、また乾いた音がした。
家が焼け崩れている。
「あそこって、たしか……」
いつもと違い過ぎて、すぐにはわからなかったけど……ガスマンさんの家だ。
……だれかいる?
近寄ろうと、進んですぐに、それが人じゃないことはわかった。
大きな身体。耳がピンと立って。
身体の半分はありそうな尻尾が揺れるたび、銀色に光った。
「……ぎ…っ!!」
……殺してやる…ッ!!
不思議と怖くはなくて。
駆け出した脚は今までで一番速く動いていて、強く握ったナイフの柄は手に吸い付くみたいな感じがした。
大きな尻尾の「そいつ」は、焼き落ちた家を引っ搔き回してるみたいだった。
揺れる尻尾をめがけて走る。
まわりの景色がすごく速く動いてるのに、その一つ一つがしっかり見える――
焼け落ちた家の脇には、人の形をした真っ黒なものが並べられていた。
焼け跡を漁るのに夢中な「大きな尻尾」は、まだオレに気づいてないみたいだ。
こいつらが、兄ちゃんを。
村の人たちを。
――こういう短い武器を使う時は、振り回したって駄目だ。しっかり握って、体ごとぶつかる。 勢いが大事だぞ? ――
ナイフを持たせてもらった時、兄ちゃんが教えてくれた。
子ども扱いされることのほうが多かったけど、あの時は、一人前に扱ってもらってるみたいで、すごくうれしかった。
「ぅぁぁあああああっっ!!!」
大きな尻尾まで数歩のところまで来た時、自然と声が出た。
全身に力が湧いて、オレごと大きな剣になったみたいに感じる。
やった……!
そう思った瞬間、目の前にあったはずの大きな尻尾が、一瞬で視界から消えていた。
前・後編で終える予定だったレイのお話が、やたら伸びています(´・∞・`;)なんじゃもんじゃ
かなり初期から考えてたお話だったので、想像以上に思い入れが強いのかも?(´・∞・` )ふむぅ




