第一章 三節
「待たせたね、ベッカ」
北部地域南部の丘陵地帯。その一角にある森の中。
崩れていく古木を背に、師匠が歩いてくる。
「今回のは、どうだったんだ?」
「三族戦争後期のものを『見る』ことが出来た。なかなか興味深かったよ」
「あんなもの見て、どうするんだよ。昔のことなんて見たって、何が変わるわけでもないのに」
「フフ……若いねぇ、ベッカは」
「当たり前だ。あたしはまだ十四だぞ。枯れきったジジィとは違う」
「フフフっ、これは辛辣」
うちの師匠は変わり者だ。
魔物を倒すとたまに出てくる小さな「赤い石」。
師匠はそれを集めて精製しては大きな赤い石を作っていて、そいつを気味の悪ぃ木に「はめる」と妙なものが「見える」。
師匠に言わせると、「語るべき相手を失った記憶」……らしい。
……あのジジィは妙な言い回しが好きだから、たぶんそんなに意味はない。ただの「記憶」だ。
あたしも何度か興味本位で付き合ったことがあるが、内容は大抵二度と見たくないような、ろくでもないものばかりだった。
「さて、今日の晩御飯は何にしようか」
「なぁ、ジィさん。どうやったら魔力量って増えるんだ?」
「イメルダさんが届けてくれたキノコでスープでも作ろうか。燻製肉はどれくらい残って…」
「ジィさん!」
あたしは魔力量が少ない。生まれつきだ。くそが。
師匠に拾われてから、いろんな魔法を教わって……今では王国の魔導士にだって負けない自信がある。
でも、デカいやつを何発も、ってワケにはいかない。
あたしは……ひとりでも戦える力が欲しいんだ。
「ベッカはまだまだ育ちざかりだ。魔力だってこれから少しずつ増やしていけばいい。焦ることはないさ」
「それは並の、だろ? あたしはジィさんぐらいになりたいんだよ」
魔力量は努力次第で増やせる。
でも、それにだって限界はあって……基本が少ないあたしは、普通のやり方じゃ「並の魔導士よりちょっとはマシ」ぐらいにしかなれないだろう。
「私は、生まれつき魔力量が多かったからねぇ。……だが、ベッカ……なぜそこまでこだわるんだい?」
「いいだろ、別に……」
師匠が前、見せてくれた魔法。
魔力をそのものを、体外で物質化して操る。
羽音みたいな音をさせた黒い塊。
師匠の魔力を凝縮させたものだ。精霊の力を借りて使う通常の魔法とは威力が違う。
形や動かし方も自在。
師匠にそれを教えたっていう「ある人」は、もっとすごかったって話だけど――
「たしかに魔力量は並だが……ベッカの才能は私を超えているよ。フフ……あんな出たら目な詠唱で魔法を放つなんて、私でも理屈が分からない。おまけに二つ以上の詠唱を同時に行うことも出来るだろう? ますます分からない」
「……詠唱はあくまで決まりにしか過ぎないんだから、ちゃんとやってれば口から別の言葉が出てたって関係ないだろ? あたし嫌いなんだよ、詠唱の文言。……なんか堅っ苦しいし、言ってることワケわかんないし」
師匠は楽しそうに笑っている。
この〇〇師匠が。笑い事じゃないぞ。
「フフフフッ……いやはや……やはり素晴らしいよ。私はただ、他人より多くの魔力に恵まれ、ちょっと早口が得意だっただけだ。本物の才能とはベッカのもののようなことを言うのだと思うよ」
「ジィさんのは『早口』なんて次元じゃないだろ」
あたしも真似して早くはしてるが、師匠のは早すぎて聞こえない。
あれこそ理屈が分からない。
「それはそうと、騎士候補生学校への入学手続きをしておいたよ。来週までには出立しないと間に合わないぞ」
「……あぁっ!? 何だよ、それ! あたしはヤダって言ったろ!! 『それはそうと』じゃねぇよ! 脈絡考えろよ! ……だいたい、来週って……勝手に決めんなっ!」
「フフ、ベッカは追い詰めないと動けない子だからね。これでもレディの支度に考慮した時間は用意したつもりだ」
「なにがレディだ、〇〇ジジィ! あたしは行かないからな!!」
冗談じゃない! あたしは……!
「ベッカ、キミには仲間が必要だ」
「なんだよ! あたし一人じゃ…!」
「魔力量の話をしているんじゃない。……仲間とはいいものだよ、ベッカ。多くの人とのつながりは、それだけキミ自身に成長を与えてくれる。私は『天才』かつ長生きで、様々な価値観も持ってはいるが……所詮は『一人』だ。いろいろな考え方に触れてきなさい」
「はんっ! なにが『天才』だ! 自分で言うな! だいたい、騎士候補生学校なんて、お貴族の〇〇ガキ共やらエリート様やらの集まりなんだろ? そんな所にいたって得られるのは、そいつらへの殺意ぐらいだろうさ」
「それが、今年はなかなか面白いことになりそうでね。運命のめぐり合わせとは、実に不思議なものだよ」
「またワケの分かんねぇこと言いやがって! あたしは……!」
あたしは……。
「フフ……ベッカは優しい子だ。大丈夫、キミが立派な魔導士になることで恩返しをしてくれるまでは、ちゃんと生きているつもりだ」
「…………そんなこと言ってねぇだろ」
……知ったような口をききやがって……キライだ……。
「ベッカ、キミは私を超えるよ。保証しよう」
「……なんだよ、それ。なんでそんなことが分かるんだよ……」
「分かるさ。私は『天才』ラモーヴ・フォーサイスだからね」
「自分で言うな! この自惚れジジィ! あたしがいなきゃ、家の片付けひとつ出来ないくせして! 本と草に埋もれてろ!」
「フフフ、これは辛辣」
やめた、やめた……! あたしらしくもない!
「なってやるよ。ジィさんを超えてやる。 "超"天才魔導士、ベッカ・チェスナット様になって、ジィさんを小間使いにしてやるよ! それまで家事の勉強でもしてろ!」
「フフ、楽しみだ」
なんだその顔。
まったく……。
「ところで、今日の晩御飯だが……」
「……あー……燻製肉は、この間使い切ったろ? いいよ、帰りがけなんか買ってあたしが作る。……そもそもジィさんが作ったメシなんか食えたもんじゃない」
「ベッカの作る料理はうまい。楽しみだ」
「なんだよ、それ。いつも食ってるだろ」
あたしがいなくなって、ちゃんとやっていけるのかよ。
……後でレシピでも、まとめておくか……。
まったく……世話の焼けるジィさんだ。
テオのお話でラモーヴの件に触れたので、「ベッカの場合」書きました ”(´・∞・` )久しぶりー
見出しの「"超"天才魔導士」の謎がついに解明されました!(´・∞ ・` )ぱーん!
…謎ってこともないんですけど、師匠・弟子モノ好きなので、書いててちょっと楽しかったです(´・∞・`*)
「えっ!? ベッカってラモーヴの弟子だったの!? Σ(´・∞・`;)」
と、いうあなたっ \(´・∞・` )
「ベッカ・チェスナットの場合、5章2節」と「55話」にて匂わせております \(´・∞・` )チェックだGO!




