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サザンクロスの花をキミに  作者: 黒舌チャウ
テオ・ディグベル

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第七十三話  ネリダという女

「……ああ! たしかコンアイの!」


「ええ。その折は大変お世話になりました。ディグベルさんとお話しするのは初めてですね」



 コンアイの温泉宿に泊まった時、例の神殿の情報をくれた神官か。



 女が乗り込み、御者のいるほうへと礼の言葉をかけると、荷車は再びゆっくりと動き出した。



「コンアイ附き神官のあなたが、なぜこんな所に? 配置換えですか?」



 学術的調査で旅をしているならともかく、土地附きの神官は、めったなことでは異動しない。


 あるとすれば……。



「ディグベルさんの後任として、コーロゼンに向かうところなのです。その前にご挨拶と、通常の引継ぎ以外に何か注意点があれば伺っておこうかと思いまして」



 ……やはりそういうことか。



 「俺たち」のような存在は、情報の秘匿のために個々人での接触が行われることはない。

 引継ぎがあったとしても、書面や連絡役を通して行う。

 「俺たち」が必要以上に顔を合わせることなど、通常では、無いことだ。 



「そうでしたか! それは、わざわざ」



 だが、今回は「勇者一行の一員」としての俺の後任。

 秘匿も何もない状況と任務の重要性を考えれば、あり得ない話ではない。

 俺が、この女の立場でも同じことをする。


 とはいえ、確認は必要だろう。



「注意事項は、引継ぎ用にまとめた報告書以外のものは特にありません。皆さんとてもいい方たちばかりなので、ネリダさんもすぐになじめると思います」


「そうでしたか。大変なお役目なので、不安になってしまって……」


「いえいえ、僕でも同じことをしていたと思いますよ。……それはそうと、せっかくお近づきなれたんです。すこし話し相手になって頂けますか? 報告でご存じでしょうが、不覚をとりまして……。傷の痛みを紛らわせるためにも」


「ええ、もちろん。もともと次の町までは御一緒するつもりでいましたし、そこからゆっくりコーロゼンへ向かっても十分間に合うように出て参りましたので」



 俺が帰投することは報告が上がっているはずだが、日程と経路は報告すらしていない。

 秘密裏に動いていたわけではないが、あっさりと見つけ出したことも含め、なかなかそつがない女のようだ。



「ネリダさんは、コンアイにはいつから?」


「研修からずっと、ですから……七年にはなるでしょうか」


「そうでしたか。……それでは、あまり教会都市(シロツバル)のことには、お詳しくないですよね……」


「いえ。コンアイには王国中から湯治の方々がたくさんいらっしゃいますし、教会都市(シロツバル)からも大勢いらっしゃいます。そういった方々から、お話を伺うのが楽しみで。自然と情報通になってしまうんですよ?」



 「温泉以外は何もない所ですから」と、下唇をなぞるようにして手を添えた女が微笑(わら)った。



「あははっ、なるほど。……実は、新しく神官長補佐になった方のお名前を失念してしまいまして……。帰ってから報告に伺わなければならないので、思い出せず困っていたんです」


「……えーと、確か、サヴィル・コーエン様でしたね」


「ああ……! そうです、そうです! もとは、魔法学室の室長をされていたとか」


「ふふっ、それは別の補佐の方ですよ? コーエン様は、歴史学が御専門です」


「あははっ、そうでしたっ。 ま…参ったなぁ……! 内緒にしてくださいね?」


「ふふっ、どうしましょう」


「いやだなぁ、あまりいじめないでくださいよっ」



 サヴィル・コーエンという神官は存在しない。

 

 この名はかつて、特務隊の前身となった組織、その初代の長の名だ。


 大昔であった当時も表舞台に立つことはなく、現在でもその名を伝え聞く者は上層部のごく一部と、「俺たち」のような人間だけだ。


 この会話の流れも、「俺たち」を識別するための合言葉のようなもの。



 ネリダ・アクウェロという女――


 どうやら、俺の後任というのは間違いないようだ。




「それにしても良かった。ネリダさんのような方が後任になってくれるなら、僕も安心して帰れ……っ……つぅ……」



 また、車輪が小石に乗り上げたか。


 振動で傷が痛む。


 煩わしいこと、この上ない。



「痛みますか……?」


「あ……ええ……すこし。携帯魔法陣は貼っているんですけど、体の内部の損傷は時間がかかりますから……」


「おつらそうですね……。そうだ……! いい物が……」



 女が、自らの荷物をあさり始めると、



「これ、以前コンアイにいらっしゃった技術部の方から頂いた物なんです」



 小さな粒を包んだ紙を広げてみせた。



「……これは?」


「魔法具の一種だそうで。なんでも、"癒し"の魔法を体内から発動させる物だとか」

 


 ……そんな話は聞いたことはないが、携帯魔法陣の小型版といったところか……? 確かに、あそこの連中なら作りかねない。


 先日、ビナサンドでの「亡霊狩り」の折に使われた、魔法を無効化するローブを作るようなイカレた連中だ。


 ……だいたい、精霊神の加護を謳い、その力を借りた魔法で成り立っていながら、魔法を無効化するなどと…………いや……このさい、そんなことはどうでもいい。


 

 こんな物、飲……っ。



 ……またか……どれだけ乗り上げれば気が済むんだ。


 道が悪…っ……すぎる……。



「だ……大丈夫ですか……?」


「……え…ええ。……なんと…っ…か……あはは……」



 ……チッ。どうしたものか。



「御不審に感じるのも無理はありませんが……。そうですわ……! それならば、これを半分に割って、私がその片割れを飲みます。……それでいかがでしょうか?」



 ……「上」が俺を始末する理由はない。


 仮にあったとしても、わざわざこんな回りくどい手段を取らずとも片は付く。



 ぐ……! 何より、正直この痛みは何とかしたい……。

 

 揺れ過ぎだ……!



「す…すみません。そうして頂けると助かります……」


「はいっ。では……」



 女は明るく笑うと、包み紙から二粒取り出し、一粒ずつを分かりやすく離して置いた後で、二つに割ってみせた。



「お好きな方をどうぞ」



 女に促され、それぞれの粒の片割れを選び取ると、残った方をつまんだ女がそのままそれを口へと運び、飲み下す。


 飲んだことを確認させるためだろう。女が口を開いてみせる。



「ご配慮、感謝します。では、頂戴します」



 正直、不審だったのはこの女よりも、この粒の効果のほうだったのだが……今の状況では背に腹は代えられない。



 俺は、先に飲んだ女の様子をしばし伺った後で、割れた粒を飲み下した。



  

構想当初では、

「テオはコ―ロゼン戦で犠牲となり、その後任としてネリダが加わる」

という流れだったんですが、ちょっとドラマチックにしたい欲が出てしまいましたw (´・∞・` )


次回は、初(?)の伏線回収回となっています \(´・∞・` )ちょっとだけだよ?

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