第七十二話 テオ・ディグベル ―後編―
「テオ……また出かけるの?」
「うん、今回は少し遠出をするから三、四日は帰れないかもしれない」
この町にやってきてから一年半ほどが過ぎた頃、調査は大詰めを迎えていた。
やはり、今回の金の流れは精霊教会内の派閥争いと関わりがあったようだ。
現在実権を握る主流派。強行路線で知られるその派閥だが、もともと金や権力に対する執着の強い奴らで構成されている分、結束は固くはない。
主流派の中で最近頭角を現し始めた新興派閥が、上に取って代わろうと画策した結果の資金集めのようだ。
金の流れから、大筋の人の繋がりは把握できた。あと少しだ。
「ねぇ、最近そんなのばっかり……。この子だっているのに……」
あの後、この女は俺の子を身ごもり、最近出産を終えたばかりだった。
椅子に腰かけ、抱いた赤子に向けていた視線を俺に向ける。
「そんなに大事な仕事なの……? 魔法薬に使う薬草の調査だって言ってたけど……」
「ごめん。教会都市からも報告をせっつかれてるし……それに、この子のためにも頑張らないと」
薬草の調査は、もともと偽装の身分用に用意した設定だ。
俺たちのような者の間では使い古された手だが、広範囲の調査を目立たず行うには最も効果があった。
「……この子の……ため?」
「うん、そうだよ」
「…………き」
女がうつむき何かを言ったが、聞き取れなかった。
時間が惜しい。早いところ切り上げて調査に向かいたい。
「じゃあ、いってくるね」
「……テオ……私のこと……愛してる?」
「もちろんだよ、エラ」
「…………っ」
笑顔で応えてやると、女の目から涙が溢れ出した。
だが、どうやら嬉し涙とは違う表情のようだが――
笑顔のまま考えをめぐらせていると、女が再び口を開いた。
「…………き……嘘つき……」
「エラ?」
「……テオは……あなたは、いつもそう……。いつも同じ笑顔……っ。……ずっと、その笑顔が好きだった……! 変らない笑顔が……! 変らない気持ちを、私だけに向けてくれているような気がして…………嬉しかった……嬉しかったのに……」
「エラ……?」
この女は何を言っている。
「……この子に対してもそう。その笑顔を向けるだけ……。……でも、この子を一度でも抱いたことがある……? 触れた事すらない……!」
赤子の世話など、孤児院では教わらなかった。
慣れないことをして、万が一にも俺自身に疑念を抱かれるようなことでもあれば、せっかくこの町で築いたものが無駄になる。任務にも支障が出かねない。
そう判断してのことだったが、何かを間違えたらしい。
任務外のことに労を惜しむあまり、少々慎重になり過ぎたか。
「ごめん、エラ。……知っての通り、僕は親を知らない。だから、どうしたらいいのか分からなくて、それで…」
「最初は、私もそう思った……ううん、思おうとした。でも違う。……本当は私、気付いてたのに……でも……でも、この子が生まれれば、もしかしたらって……。あなたには何もない…………あなたの中には、何も……!」
「エラ……きっと疲れているんだよ。僕のいない間は、お隣のウェバーさんに頼んでおくから。じゃあ、行ってくるね」
何か言いたげな女を置いて、俺は借家を出た。
どうしたものか。
下手に騒ぎ立てられれば、俺という存在が不必要に周りの連中に認識されることにもなりかねない。
場合によっては、二人とも始末する必要があるか。
今は任務に集中しよう。
どうするかは、帰ってからでいい。
調査は思いのほか成果があった。
企てに関わる全員の名前を把握することが出来たのだ。
すぐに連絡役に報告をいれる。
準備が整い次第、一人も逃さぬよう各地一斉に処理が行われるだろう。
俺は、今回の調査対象に対する処理の段取りをすることになる。
忙しくなりそうだ。
町に戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
この町にいるのも、あとわずかだ。
任務が終わり次第、俺は消える。
あの女には、「教会都市に報告に出向いた後、旅の道中で病死した」と説明がなされれば事足りるだろう。ある程度の金も渡されるはずだ。
借家に近づくと灯りがついていなかった。
もう寝ているのか。
帰った時にかける言葉も、話がこじれた場合においての対処する手段と段取りも、幾通りか用意してあったが、いらぬ気苦労だったようだ。
借家の扉を開くと、中は冷え切っていた。
この数日、人のいた気配を感じない。
灯りを灯し部屋を見渡すと、机の上に置き手紙が残されていた。
赤子を連れ故郷の町に帰るという。
「ふっ」
思わず漏れた笑みの理由はわからない。
自然に笑みが漏れるなど、初めての事だ。
寝室に入り、ベッドに身体を横たえる。
妙に満たされた気分に大きく息を吐くと、そのまま深い眠りについた。
「………………」
――ふん。おかしな夢をみたものだ。
なぜ今頃になって、あの時のことなど。
「……ん?」
荷車が止まっている。
どうかしたのかと尋ねようと御者のほうを見るが、幌の幕が下ろされ、御者の姿は確認できなかった。
下手に動くと傷が痛む。動きたくはない。
「……あの……どうかされたんですかっ?」
御者に声をかけたが、声が返ってきたのは荷車の後部からだった。
「申し訳ありません。私が、お止めしたのです」
振り返ると、長く、絹糸のような髪を垂らした女が立っていた。
「は…はぁ。あの……あなたは?」
女は垂らした両腕の先を前で組み、少し体を横に傾けながら微笑んで言った。
「申し遅れました。私、ネリダ・アクウェロと申します」
もともと「テオ、子供に見えて実は妻子持ち」という、コメディパート用に考えた設定でしたが、いつの間にかこうなっていました Σ(´・∞・`;)なぜだっ
そして、「ほう、ネリダ…新キャラですな ”(´・∞・` )」と思ったあなた!
40話「温泉と白い花」にて出てきた「P」の存在感あふれる謎のおねえさんですよぅ(´・∞・` )
ネリダが何者なのかは次回にて ”(´・∞・` )
「ふ…皆まで言うな、チャウ氏…わかっているさ(´・∞ ・` )」
という素敵すぎる方がいたら…(´・∞・` )果たしているのか…




