第七十話 またいつか
「テオ君……」
「あっ、マヘリアさん」
コーロゼンの兵舎の一室。
マヘリアは、先の戦いで重傷を負ったテオを見舞っていた。
ベッドの上で上体を起こして座るテオの傍らには、ランスの姿もある。
コーロゼンの籠城戦は、その犠牲は決して少ないものではなかったものの、ベッカの魔法具の威力とランスの指揮、カイルの強行軍による援軍の到来もあって、想定よりもはるかに少ない被害で済んでいた。
「………………」
「マヘリア、せっかく来たんだ……さぁ」
テオは兵舎の個室を与えられていた。
マヘリアが部屋の入口でうつむき動けないでいるのを、ランスが傍に寄り、ベッド脇の椅子へと促す。
「……テオ君……ごめんなさい……ごめん……」
テオの傍へと来たところで涙が溢れ、頭を下げるマヘリアに、
「マっ…マヘリアさん……そんな……! ほ、ほら、僕ならすっかり良くなって、この通り全然…ッ……だ…っ…大丈夫ですから……っ!」
慌てて両腕を上げて見せるも、突っ張った胸が痛んで、引きつった笑顔のテオが言った。
「ああ。それに今回の事はマヘリアのせいじゃない。俺が油断したせいだ。一番傍にいた俺がしっかりしていなかったから、あんなことに…」
「違うよ……。ランスが気を取られたのだって、そもそも私があんな状態になったせいで…」
「や、やめてください、二人とも……! あ、あれは僕の油断なんですっ。誰のせいでもありませんよっ」
テオが慌ててとりなすものの、うつむいたマヘリアの表情は晴れないどころか、溢れた涙がポタポタと床に落ちていった。
「あ……え…っと……それに、僕もこうして無事だったわけですし……その……」
「あ、ああ。魔獣も倒せて、コーロゼンだって守りきれた。事前に避難させてたおかげで住民の被害もない。俺たちはよくやったさ」
「そ、そうですよ! だから、その……元気出してください、マヘリアさんっ」
「…………うん」
その後も、テオとランスがあれこれと努めて明るく話をしていたが、椅子に座ったマヘリアは終始うつむいたままであった。
「本当に、ごめんなさい……」と、暗い顔で頭を下げ、帰っていったマヘリアを見送った後、ランスとテオは顔を見合わせた。
「はぁ……。……もぅ、ランスさん、いきなりつまづいてどうするんですかぁ……」
「……すまん。……いや、テオだってずっと、しどろもどろだったぞ」
「だ、だって……。……やっぱり、僕たちには荷が重すぎましたよ……」
「……クロヴィスとテオの二人だと、マヘリアが気にしすぎて負担が大きいと思ったんだが……やっぱりクロヴィスにも、いてもらうべきだったか……」
リィザから事情を聞いた二人が、すこしでもマヘリアの気持ちを軽くしようと事前に話し合ってのことではあったのだが、
「思ってたよりも、ずっと重症だったな……」
「……ええ。リィザさんは詳しく教えてはくれませんでしたけど、原因は、今回の戦いの件だけはなさそうでしたし、ね」
まったく手ごたえを感じられない結果に、顔を見合わせた二人が大きなため息をついた。
「テオ、忘れ物はない?」
「あ、はい、大丈夫です。リィザさん」
それから、しばらく。
コーロゼンの広場に、リィザたち一行の姿があった。
リィザたち五人の向かいには、ケンケン二頭立ての幌付き荷車の前に立つ、テオがいる。
「もうすこしコーロゼンで療養すりゃいいじゃねぇか」
「教会都市からの帰還命令が再三、来てしまっているので……これ以上、無視するわけにもいかなくなっちゃいました……あはは」
「…これ。帰り道、暇だろうから」
「あ、魔法史の……。ありがとうございます、カティアさんっ」
カティアから分厚い本を受け取ったテオが笑顔を向けると、耳を倒し、尻尾を下げたマヘリアが口を開いた。
「テオ君……本当に、ごめんなさい……」
「もう、いつまで言ってるんですかっ。しっかりしてください!」
「……でも」
「もともと、僕は戦闘には向いてないんです。これからは、教会都市に帰って、コンアイにあった神殿の資料漁りに励みますよ! 歴史的発見! 僕は諦めてませんから!」
そう言って胸を張るテオだったが、相変わらずうなだれたままのマヘリアの様子に、ランスがひとつ咳払いをしてから続ける。
「がんばれよ。また南部をまわるようなことがあれば、俺たちも会いに行く」
「はい! それまでには、すごい発見をしておきますよっ」
「あの神殿は、望み薄じゃねぇか?」
「わかってませんね、クロヴィスさん。たとえ、精霊教会がらみの神殿だったとしても、今ではすっかり埋もれてしまった資料を見つけるだけでも、十分価値のあることなんですよ」
「わかんねぇ」
「うん……でしょうね…………あははっ…ちょ……やめて…っ……いたた」
クロヴィスに脇腹を突かれ身悶えするテオだったが、身体をよじらせながら笑ったことで傷が痛んだのか、笑ったり、顔をしかめたりと、忙しい。
テオの傷は、その体の内部を深く損傷するもので、"癒し"の魔法では全快するまでに相当な時間を要するものだった。
今では日常生活を送るには問題ない程度までは回復していたが、戦闘はおろか、旅をするのもままならない状態であったため、精霊教会からの帰還命令が出ていた。
「テオ、今まで本当にありがとう」
「いえ……。僕のほうこそ、これまで御一緒できて光栄でした、リィザさん」
「………………」
「……あははっ。や、やだな、そういう湿っぽいのはナシですよっ。……あっ、僕の後任の方も直に到着すると思いますので、それまではコーロゼンで休んでいてください」
「わかった。……元気でね」
「はいっ。では、みなさん、またいつかお会いしましょう!」
コーロゼンの城壁が小さく見えるほど離れた頃。
後方を眺めながら座るテオは、時折、痛みを堪えて顔をしかめながら、荷車に揺られていた。
魔法史の本をパラパラとめくった後、ぞんざいに投げ捨て鼻を鳴らす。
「……ふん……。まさか、この俺が途中で降りることになるなんてな」
「何か、言いましたかい?」
ケンケンの御者が、少し体を反りながら、首だけを回すようにしてテオに声をかけた。
「いえ、何でもありませんっ」
「揺れちまって申し訳ねぇが、もうしばらく行くと大きな街道に出ますんでね。長旅だ。眠れるようなら、眠っちまったほうがいいですよっ」
「ええ。そうさせてもらいます」
御者の背中に笑みを返した後、組んだ腕で杖を抱えるようにしてから目をつむる。
車輪が石に乗り上げるたび、目をつむったままのテオの頬がほんのわずか引きつった。
記 D・L 特、記 R・A
ようやくここまでやってきましたー \(´・∞・` )わー
テオにスポットライトがっ(´・∞ ・` )
「荷馬車」って書きたいのに馬じゃないから書けません(´・∞・`;)うっ
そして…御者の話し方って、なぜかあんなイメージですw (´・∞・` )なぜなんだぁ




