第六十八話 「赤い前脚」
「…………?」
魔物の得物が今にも振り下ろされようとしていた瞬間――
クロヴィスの半円の耳は、自らの呼吸音とともに、重く、高い、奇妙な風切り音が近づくのを感じていた。
その音が徐々に大きくなったと思った途端、目の前の魔物の頭が「消し飛び」、直後クロヴィスの後方で轟音が鳴り響く。
「……んな……ッ…………な、なんだぁっ……!?」
背後を振り返ると、砂埃が立ち込め、石やら魔物の欠片やらがパラパラと降り注ぐ中、地面に突き立つ大薙刀が見えた。
クロヴィスを囲んでいた魔物たちも、皆、いつの間にか頭を失いゆっくりと倒れ伏す。
「……あ……あれは…………まさか…………は……ハハッ……助かった……ぁ……」
「ぬぅおおおぉぅ! 遠からん者は音にも聞けぇ! 近くば寄って目にも見よォッ!!」
大きく息を吐いたクロヴィスが思わずその場に座り込むと、なじみのある声が戦場を震わせるほど大きく響き渡った。
「我こそはッ! 王国都市騎士団総代騎士にして、サイラス・ウィスタリアが末弟ッ! カイル・アンブルなりィィァァッッ!!!」
「ぬぅぅぅおおおおおおッッッ!!!」
クロヴィスたちから離れた小高い丘の上に、煌びやかな装備に身を固めた一団の姿があった。
五百名ほどのその一団は全員がケンケンに騎乗し、白地に金刺で囲われた旗には真紅で描かれた肉球。
ウィスタリア王国の騎士・兵団を統括する、カイル・アンブルの直轄部隊、「赤い前脚」である。
「……あの……カイル様……? そろそろ、号令を……」
「おおおおおおおおォォッッ!!!」
「カイル様ーっ。おーいっ。……ダメだ、ありゃ。すっかり荒ぶっちゃってるよ。……あの人、たまにああなるんだよなぁ……」
部隊の先頭には、拳を突き上げ雄叫びを上げ続けるカイル。
その後方には獣人の男女が控えていた。
「クルトっ! カイル様に対して、その様な不遜な物言い……!」
「もう、モニカが号令かけちゃいなよ。せっかく強行軍で間に合せたのに、このままじゃみんなやられちまう」
「うっ……」
モニカと呼ばれた獣人の女性が、ちらりとカイルへ視線を向けるが、相変わらずの様子のカイルにがっくりとうなだれた後で、すらりと剣を引き抜いた。
「総員っ……突撃っ!」
「応ッ!!」
五百名ほどの部隊が呼応する声には、一糸の乱れもない。
「先いくぞー」と言い残し部隊とともに駆けていったクルトを恨めしげに見送った後、モニカは、カイルへとケンケンを寄せた。
「カイル様っ? カイル様っ!! ……もぉぉっ! しっかりして下さい!」
モニカがカイルの左手にガブリと嚙みつくと、
「ぬぅぅおおぉぉぁぁああああだだだっっ……!?」
正気を取り戻したカイルが、モニカを見下ろし人懐っこい笑顔を向けた。
「おおっ! すまん! 行くぞっ!」
「もぉ……!」
丘を駆け降りる部隊が自然とふたつに割れ、遅れて駆け降りたカイルたちを通していく。
たちまち先頭に立ったカイルが、大剣を引き抜きざま声を上げた。
「左翼、モニカ! 右翼、クルト! 残りは続けッ!!」
「承りました!」
「りょーかいっ」
丘を駆け降りる部隊は、一つ一つが別の生き物のように三つに分かれていく。
魔物の群れにぶつかると、大木が引き裂かれるような音を響かせながら、縦横無尽に駆け回った。
「えーーーい! ……鋭ッ!」
「応ッ! ……応ッ! ……応ッ!」
ケンケンから降りたモニカ隊が、掛け声に合わせて盾を押し出す。
重装備の一糸乱れぬ動きに魔物は弾かれ、徐々に押し出された背後から、クルト隊の波状突撃が襲った。
モニカ隊のケンケンたちも乗り手の指示なくとも、その背後を守り、魔物を蹂躙していく。
騎士は主に、"上位種の魔物"や"魔獣"など、強力個体に対する連携戦闘に特化している。
それゆえに、集団戦闘においては力が活かせず、"魔物の群れ"との戦闘を主とする兵団員からは、影で邪魔者扱いされることも少なくなかった。
カイルによって、潜在的な階級意識を含む一切の無駄を排して組織された、この直轄部隊は、今では騎士の最精鋭として王国中に知らぬ者はいない存在であった。
「ぬぅおおおッッ!!」
カイルの振るった大剣が、数体の魔物を、根こそぎ刈るようにして切り裂く。
「クロヴィス、無事かぁ! 遅れてすまんな!」
まっすぐクロヴィスたちのもとへ突き進んでいたカイルの分隊は、到着するや、すかさず、周りを囲むように円陣を組んだ。
「カイル様……!」
「ハッハッ! どうした、クロヴィス! 情けない顔をするなっ。あとは我ら……」
クロヴィスに豪快に笑って見せたカイルの表情が、一瞬で変わる。
血まみれの死体の下からのぞく、見事な銀色の尻尾に気付いたからであった。
「…………マヘリアは、どうした……ッ!!」
「……無…事です……っ。…………うちの者が、守り通してくれました……」
カイルの噴き出す、突風のような殺気に気圧されながらもクロヴィスが答えると、
「そうか……」
いくぶん表情を和らげたカイルがケンケンを降り、アガットの亡骸へと歩み寄った。
片膝をつくと、無残な斬り跡に触れ、その血で濡れた指で自らの両ほほに三本、線を引く。
そして、アンブル家の紋章をあしらったマントを外しアガットにかけると、再びケンケンのもとへ戻って騎乗した。
毛を逆立てた尻尾を時折、ブンッと振りながら、背を向けたカイルが訊ねる。
「クロヴィス、その者の名はっ!」
「……あ…アガット……アガット・エボニー……!」
クロヴィスが答え終わるか終わらないかの瞬間でケンケンを駆ったカイルが、大剣を一振りすると、魔物が三体、壊れた人形のような動きで跳ねあがる。
高く飛び、やがて落ちてきた魔物を切り刻むと、降り注ぐ血と肉片を浴びながらカイルが大音声を上げた。
「西部獣人、カイル・アンブルの名において! 我が爪! 我が牙が、敵の血肉を捧げん! ……我らが同胞ッ! 誇り高き、アガット・エボニーにッ!!」
「アガット・エボニーに!!」
カイルの声に呼応した「赤い前脚」の騎士たちの一糸乱れぬ声が戦場に響く。
それに伴い、「戦場の音」もさらに激しさを増したようだった。
「……よかったな…‥騎士格扱いだぜ? アガット……」
クロヴィスが、その手が血で濡れるのも構わず、アガットの頭を撫でるように手を添えた。
「ミネルヴァの梟」は形式上、兵団員格として扱われる。
だが、非戦闘要員という特性や再興に至った経緯などから、兵団員からは同格扱いに対する反発を受けることも多かった。
「クロっ!」
「赤い前脚」の騎士二名が付き、治療を受けていると、リィザたちが魔物を蹴散らしながらやってきた。
「リィ……あやうく死ぬかと思ったぞ…………って、聞いてねぇ……」
リィザは、横たわるマヘリアの腕を持ち上げたり、身体をひっくり返したりしながら隅々まで確認しているようだ。
「……アガット。ごめん、遅くなって…………ありがとう……」
ひとしきり確認が済んだ後で、リィザは、アガットの「頬のあたり」に手を添えて
つぶやく。
カイルのマントがかけられたアガットの亡骸の横では、リィザたちに付き従っていたもう一人の随行記録班員ドロレスが、ぺったりと座り込み、両手で顔を覆って全身を震わせていた。
「…だいじょうぶ?」
忙しないリィザの様子に苦笑を浮かべていると、足を投げ出し地面に座るクロヴィスのもとへ、疲れた様子のカティアが歩み寄る。
「ああ。全身傷だらけだけどな。……カティアこそ、ボロボロじゃねぇか。ケガは?」
「…へーき。普通なら覚醒の力に寄ってくるはずの魔獣が、かえって隠れちゃって。それに気付くまで時間がかかっちゃった」
「なるほどなぁ……。『常に安全な場に身を置く』なら、それも当然か。力無しで、あの数相手にしてりゃ、そりゃ時間も……っぐきゅぅ……」
クロヴィスが上を向き大きなため息をつくと、突然、首が絞めつけられ、思わず妙な声が漏れた
「お…おい……リィ……」
「……遅くなった」
クロヴィスの首に腕を回したリィザの表情は見えない。
だが、わずかに震える体に気付くと、クロヴィスはそっとリィザの髪を撫でた。
「……ありがと……マーを守ってくれて…………ごめん……」
「……いいって。…………それに……アガットのおかげだ……」
「……うん」
カイルたちから遅れて、兵団の大部隊も到着したようだった。
雪崩を打って丘を駆け降り、コーロゼンを包囲している魔物の群れへと向かっていく。
「……帰ろうぜ、リィ。今日は、いろいろありすぎて疲れちまった」
無言でうなづくリィザの頭を撫でながら、クロヴィスは続々と丘から駆け降りる増援部隊を、どこかぼんやりと眺めていた。
後、記 A・C
「あん!?なんでカイルが!?(´゜∞゜` )」
と、思われたことでしょう ”(´・∞・` )なんと57話「お耳パタパタ」にて、こっそり触れております
「は!?そもそもカイルって誰!?(´゜∞゜` )」
という方は、14話「宣誓」をー \(´・∞・` )48話「メーちゃん」でも名前のみ、すこし出てきますよぅ
カイルの名乗り、「ルブルムペイズ」の戦闘における掛け声など、作者の「時代小説好き」が出た回でした ”(´・∞・`*)
そして、随行記録班員「D・L」こと「ドロレス・レグホーン」初登場です \(´・∞・` )




