第六十七話 この命に代えても ―後編―
「……はぁ……はぁ…っ…………チッ……しぶてぇんだよ、くそが……」
倒れた「牛の魔物」の上位種の胸から剣を引き抜き、崩れ始めた身体からクロヴィスは飛び降りた。
着地の際にすこしよろけたものの、すかさず襲ってきた魔物を軽やかにかわし双剣を叩き込む。
上位種とはいえ、普段であればさほど時間をかけず倒せるはずであったが、魔獣の能力下にある魔物の群れとの戦闘は、思いのほか消耗を早めていた。
「……けど……魔物の動きも、すこし鈍くなった気がするな……。やっと、かよぉ……」
魔獣さえ見つけてしまえば、リィザならば倒すまでに時間はかからない。
だが、たとえ魔獣の能力下を離れたとしても、消耗した体でマヘリアを庇いながら無数の魔物の群れを相手にしなければならない状況に変わりはなかった。
クロヴィスは、思わず座り込んでしまいそうな自分を奮い立たせ、魔物を切り伏せながらマヘリアのもとへと向かう。
すでに腕の力のみではまともに切れないほど消耗していたため、一撃ごとに身体を大きく使うクロヴィスは、まるでゆらゆらと舞っているようだった。
「……はぁ…っ……チッ……はぁっ……こんのぉ…ッ!! アガット……! ……おい! 無事かよ……っ!」
魔物の肩に食い込み止まった剣を、体を回して無理矢理引き斬ったクロヴィスが声を上げると、視線の先に、下方に向かいしきりに武器を振るう魔物らの姿が見えた。
「……マー!? てめぇらあぁぁッッ!!」
激昂しながらも駆け寄る間に、魔物が武器を振るっていた対象がアガットであったことがわかった。
マヘリアを庇うように覆いかぶさっていたその身体は無残そのもので、ちぎれかかっている部位も見られる。
「うおおぁぁッッ!! ……このッ! このッ!! っざけんじゃねぇぞッ!!!」
アガットに向け武器を振るっていた魔物らを、たちどころに切り伏せ、その身体が崩れかけ死滅しようとする間も、何度も双剣を叩きつけた。
やがて、叩きつけた切っ先が地面に食い込んだ頃、
「……くそ…っ…………離脱ぐらいなら、一人でも出来たくせによ……」
クロヴィスがアガットへと視線を向けた。
その英雄的な行為とは裏腹な、あまりに惨たらしい姿になり果てたかつての仲間に歩み寄る。
「……ありがとう……マーを…守ってくれて……。…………ありがとう…っ……」
消耗は激しく、剣を持ったままでは腕が上がらない。
涙を拭うため上げた腕は中途半端な位置で止まり、どこか不格好なクロヴィスは、ただうつむき全身を震わせていた。
「……チッ。……邪魔すんじゃねぇよ……ったくよ……」
涙で滲んだ視界に、槍を構え向かってくる魔物が見える。
なんてことはない。いつものように躱しざまに薙ぎ払おうと動いたクロヴィスだったが、次の瞬間、脇腹に衝撃が走り、躱そうと動いた方向へと倒れ込んだ。
「……んな……っ!?」
とっさに体を回して転倒こそ免れたものの、体勢を崩したクロヴィスに他の魔物も襲いかかる。
「くっ……そ……! ……やらかした……!」
クロヴィスの動きに、脚がついてこなくなっていた。
脇腹の傷は深手ではなかったが、肉はえぐられ、すこし出血が多い。
「……くっ!」
繰り出された槍を払った剣が弾かれ、クロヴィスの手を離れて落ちた。
残った一本の柄を両手で握り辛うじて切り結ぶものの、上がらない腕では上からの攻撃を受けることはできない。
躱すたびに、「ついてこない脚」が体勢を崩れさせる。
「はぁっ……はぁっ…………チッ、ぅおらぁっ! ……ぐあっ……! ……くそ……や…っべ……! ぐぅぅぅッ!!」
背中を切りつけられ、よろけた右脚を槍で突かれた。体勢を崩し片膝をつく。
動きを封じられた一瞬、二体の魔物がクロヴィスの正面から迫っていた。
振り上げられ、やがて自らへと下ろされる得物を防ごうと、残った一本の剣を頭上に掲げようとする。
だが、片手の時より申し訳程度に上がった剣は、胸の高さで止まった。
「……ちくしょ…ぉ……」
上げた剣はそのままに、だが、こぼれた声は弱々しく、クロヴィスはただ、繰り返す自らの浅い呼吸だけを聞いていた。
後、記 A・C
随行記録班の設定は当初からあったんですが、このお話を考えた時に「やっぱり班員は無事じゃ済まないよなぁ…」ってことで、こんな感じになってしまいました(´・∞・`;)
今まで苦戦はあっても窮地に立たされることはなかったメンバーですが、ようやくって感じです ”(´・∞・` )果たしてクロヴィスは…!
……とか言ってみたり(´・∞・`*)




