第五十三話 ジェマ・グリンヒル
「わー、すごい! すごいよ、リィリィ! ねぇ! すごい!!」
「よかったね、マー」
「……こ…これ…ジェマ様が使ってたペンだって……! こここっちは、創作中に座ってた椅子!? うぉぉぉぉ!」
耳も尻尾もビンビンの興奮状態で展示物をまわるマヘリアに、うれしそうに笑みを浮かべるリィザがついてまわっていた。
すこし離れたところでは、ランスが係の者とすっかり話し込んでいる。
「いつまでかかるんだぁ? はやく出発しねぇと日が暮れちまうぞ」
「まぁまぁ、ワカナエではマヘリアさんも大変でしたし。それに、みなさんうれしそうですよ?」
「まぁ、なぁ」
リィザたちがいる建物の外、テオとともに木陰におかれたテーブルについていたクロヴィスは、マヘリアの興奮の声に、ふっと笑みを漏らす。
木陰の反対側では、一行が乗ってきたケンケンに囲まれ、寄りかかりながら眠るカティアの姿もあった。
ジェイブル伯爵のとりなしもあって、ひとまず縁談の件は保留にはなったものの、メリナとアナベル母娘の猛攻に、リィザたちはすっかり消耗していたのだった。
そんな中、北部地域の港町ビナサンドからの知らせが王国都市宛てに入り、ベッカ・チェスナット経由でワカナエにいたリィザたちに知らせが伝わったことで、ようやく抜け出す口実を得た……のだが。
アナベルがマヘリアと離れたがらず、「生き別れるくらいなら城壁から身を投げる」とまで騒ぎはじめ、最終的にマヘリアが、アオニ村のアニカにしたように切った尻尾の毛を贈ると、毛の束を押し抱き「生涯待ち続ける」と潤んだ瞳で送り出してくれたのだった。
そして現在、西部地域と中央地域の境を通る街道を北上中の一行は、その道中、「グリンヒル記念館」へと立ち寄っていた。
「グリンヒル記念館」は、現在王国中で知らぬ者はいない「サイラス英雄譚」の著者、ジェマ・グリンヒルの功績を称え、彼女がその生涯を過ごした孤児院跡に設立されたもので、かつてはリィザたちの父、サイラスが過ごした場所でもある。
「マーは小さいころから、あの本、好きだったもんなぁ」
「…ランスも、読んだ後、必ずサイラス様の真似してた」
カティアが、ケンケンのお腹にうつぶせで乗っかる形に体勢を変え、クロヴィスの言葉に続いた。起きてはいるようだが、目は開いていない。
「僕も昔、読んだことがありますけど、あれって今思えば、旅の様子がずいぶん詳細に書かれていますよね」
「あー、お袋の話だと、あれは"ここ"の出身者が、"梟"に入ったからだ。幼なじみのよしみで、いろいろと教えてたんだってよ」
「なるほど。それで」
「けどなぁ……。マーたちには悪いけど、オレは、こんなとこに、こんなもん建てる気がしれねぇよ」
「ま…まぁ…あんなことがあった場所ですし、ね……。でも、確か、ここの設立に尽力されたのは、サイラス様だとか……」
「……ホント…なに考えてたんだろな……」
「隻眼」の一行が最後の魔獣を倒し、魔王の封印を保つことに成功した後しばらくして、ジェマのいた孤児院は魔物の襲撃に遭い、子供たちを含め全員が犠牲となった。
魔物の数は大幅に減少していたとはいえ、最後の戦いで王国中の騎士・兵団員の多くを失い再編もままならぬ中、各地域の守りが手薄になっていた最中の悲劇だった。
当時、すでに「サイラス英雄譚」は出版されおり人気を博し始めていたが、その悲劇が知られると、著者の生い立ちも相まって、結果として爆発的に広まる要因のひとつとなっていた。
「見て見て、クロっ。ジェマ様のと同じデザインのペン買っちゃった!」
「なんか…フツーだな。そのへんに売ってるのと何が違うんだ?」
「………………」
「……あ…いや……じゃなくて…っ……マーっ。……ぐっ……このっ……」
クロヴィスの言葉に、答えず、顔すら見ることなく、ウキウキの表情のままのマヘリアが通り過ぎて行った。その後を、目を見開き最上級の"悪い笑み"をクロヴィスに向かって浮かべたリィザが続く。
「ク…クロヴィスさん……」
「…記念館の売店で何か買ってきてあげたら? ペンより高いやつ」
「……カティアっ。……行ってくる! うぉぉぉぉっ」
「カティアー。あんまりクロを甘やかさないでよー」
売店へ駆け込むクロヴィスを見送りながら、リィザが不満の声を上げる。
「…だって。クロヴィスが落ち込むと面倒くさい……」
「あー……たしかになぁ」
「数日、引きずることもありますし、ね」
「そんなの、蹴っ飛ばせばいいんだって」
落ち込んだ時のクロヴィスの様子を思い出し、納得の表情で頷くランスとテオだったが、リィザが事もなげに言うと、その時のクロヴィスの様子も思い出し、顔を見合わせて苦笑し合うのだった。
記 D・L
ジェマに関するお話は、本当は北部地域の章で書くつもりだったんですけど、
ついうっかり書けなくなってしまって…(´;∞;` )ままならないものですね…




