第三十九話 縁談
ご機嫌なマヘリアと我関せずのカティアを除き、終始足取りの重い一行は、とうとうワカナエに到着した。
ワカナエは東側に大きな川を有し、入り組んだ台地を含む広大な丘陵地帯の上にある街で、過去の城壁そのままの外観はまさに難攻不落の城塞といった趣きであった。
「見て見て! ケンケンが、あんなにたくさんっ!」
「…寄ってく時間あるかな」
マヘリアが指差す先では、ゴツゴツとした岩場に囲まれた窪地を駆け回るケンケンの姿があった。数十頭はおり、世話係とみられる獣人たちの姿もある。
「ほら、あそこっ! 赤ちゃんがいるよっ!」
「…かわいい」
「ぼ…僕たちは、挨拶が済んだらケンケンの養育施設をまわりましょうかっ」
「何言ってんだ、テオ。お前はオレたちといっしょだ。……ずっとな……」
「……ひ…っ……」
母親のまわりを、おぼつかない足取りながら元気に飛び跳ねる赤ちゃんケンケンを見つけたマヘリアとカティア。
二人がキャッキャしていると、これ幸いと、テオが二人のもとへ行こうとしたが、禍々しい笑みを浮かべたクロヴィスにがっちりと肩を組まれ、引き戻されてしまった。
ワカナエの城門を抜けると、すでに来訪の情報を得ていたのかジェイブル伯爵邸の使用人が四名待ち構えており、なかば連行されるように伯爵邸へと導かれた。
「リィザ! クロヴィス!」
一行が邸宅の敷地内に入ると、邸宅のほうから、うら若き可憐な獣人の女性が駆け寄ってくる。
リィザたちの前までやってきたその女性は、眉を下げ、両手を胸にあてているが、息は上がっていない。
「メーちゃん」
「メリナ様」
リィザとクロヴィスが略式ながらも挨拶の姿勢をとろうとすると、突然、獣人の女性がリィザを抱きしめた。
「本当によく来てくれたわ! よく顔を見せて? ……まぁっ。すっかり大人っぽくなってっ。このまなざし…ますます、サイラスお兄様に似てきたわっ。髪も伸びたのね、素敵よ…っ」
「メ…メーちゃん……」
うっとりした様子で、撫でまわすようにリィザの顔を抱えていたが、次の瞬間には目にもとまらぬ速さでクロヴィスの前へと移動していた。
「クロヴィスも、すっかり立派になって……。お兄様が獣人なら、きっとこんなお姿に……っ。……素晴らしいわっ…!!」
「は…はぁ……あはは……」
「あれがメリナ様……想像はしていたが、それ以上だったな。しかし……ずいぶん、お若くみえるが」
「ええ。獣人族も見た目あまり年をとりませんが、通常は、魔族に比べれば全体的に大人っぽい印象ですよね」
「…はやく、"もふもふ"しにいきたい……」
しとやかに、艶やかに、そして優雅に。
くるくると回りながらリィザたちを褒めちぎるメリナの様子を見ながら、ランスたちが思い思いにつぶやいていると、メリナは、尻尾をふりふりしながら順番を待っていたマヘリアの前に移動していた。
「マヘリア! ……美しいわ……! しばらく見ない間に、もうすっかりレディねっ。…まぁっ…尻尾も、こんなに立派になって…っ! ……なんて…なんて素晴らしいの…っ!?」
「え…へへ……メーちゃん、恥ずかしいよ……」
マヘリアが耳ごと撫でつけるように、自らの髪を撫でながら身もだえしていると、マヘリアの尻尾を抱え、まじまじと眺めていたメリナが突然はっとした顔で声を上げる。
「こうしてはいられないわっ。すぐにドレスに着替えましょう! クロヴィス? あなたもいらっしゃいっ」
「メーちゃん……あたしたちは、このままで…」
「何を言っているの、リィザっ。確かに今の恰好も機能的で素敵よ? でも、これだけの素材を前に、見過ごすなんて許されることだと思う? 客間に用意してあるから、すぐに行きましょうっ」
「……してあるんだな、用意」
圧倒されっぱなしのランスだったが、目ざとく、ぼそっとツッコミを入れると、リィザとマヘリアの手をぐいぐい引き邸宅へと歩き出していたメリナが突如立ち止まり、ランスたちのほうへ振り返った。
「……あなた」
「…ッ! ……ぃぃいえっ! なんでもありませんっ!」
ランスたちのほうへと、つかつか歩み寄るメリナ。
直立で固まるランスをよそに、メリナはランスたち三人を順に、上から下へ眺めると、
「なかなかいいわ。あなたたち。特にそこの魔族のあなたっ。とってもいいわっ」
「…え……?」
「全員いらっしゃい!」
言い放ち、踵を返したメリナが片手をあげると、案内していた四人の使用人たちがランスたちを囲み、邸宅の入口へと促した。
「まぁっ……本当に素敵よ、あなたたち……っ」
日も傾きかけたころ、目を細めるメリナの先には、きらびやかなドレスや礼服で着飾り、リィザのドレス姿にご機嫌なマヘリアを除いては、すっかり疲れ果てた様子の一行の姿があった。
「ねぇ、あなた本当にいいわ。このまま、ここで暮らさない?」
「…え? …あの……」
「メーちゃん、カティアはうちの大事な戦力なの。いてくれないと困る」
めずらしく動揺しているカティアの様子に、リィザが間に割って入ろうとしたが、メリナがすかさず、うしろから抱きしめるようにカティアを抱き寄せた。
「だって、こんなに可愛いのよ? 魔物や魔獣の相手なんて、もったいないわ」
「メーちゃん」
「……それならリィザ…あなたが残ってくれる……? それなら私は……」
「……メーちゃん」
「それはそうと、メリナ様。オレたちに何か重要なお話が、おありだったのでは?」
「……そうだったわ! 私としたことが!」
彼女の特徴とも言うべき、すこし大げさな"はっとした顔"の後、カティアを離したメリナは、優雅な所作で居住まいを正した後、凛とした声音で告げた。
「あなた方を、わざわざ呼びつけたのは他でもありません。縁談の話を進めるためよ」
記 A・C D・L
メリナは、いわゆる「おばさんとは呼ばせない」タイプの人なんですが、
「読み取ってもらえるよね(´・∞・` )」という甘え、もとい、信頼のもと、
省きました…(´・∞・` )信頼です




