第四十話 温泉と白い花
「まったく……北部の沿岸地域にいたと思ったら、今度はルリコン山脈の麓たぁなぁ……」
「ケンケン使わせてくれただけマシでしょ」
「……リィ。そりゃ、わかってるけどよぉ……。でも『ただ行け』って距離じゃねぇだろぉ……」
王国都市での短い滞在の後、一行はコンアイを目指す道中にあった。
ヴァレリオの配慮によりケンケンの使用を許されていたが、休息を入れるたびにクロヴィスは愚痴をこぼし、今も、じっと、カティアに尻尾を"もふもふ"されながら不満を口にしていた。
「たしかに、先王陛下のお言葉ともあれば、のんびり向かうわけにもいかないからなあ……」
ケンケンに手酌で水を与えながら言うランスに、
「それだよっ。先王陛下が、なんでオレたちをコンアイくんだりまでいかせるんだ?」
「そういえば、ランスはチェスナット先生のとこも行ってたし、義叔父様のとこにも行ってたよね? なにか聞いてないの?」
「いや、先生のほうは"こいつ"のことで呼ばれただけだし、ヴァレリオ様には防御魔法について、いろいろと教えて頂いただけだからな」
問いかけたマヘリアに、ランスが真新しい盾を掲げてみせた。
ヴァレリオとは、サイラスについて熱く語り合い、その逸話をたくさん聞けたのだが、リィザとクロヴィスの前ではすこしだけ憚れる思いで、ランスはその話題を避けた。
「それ、先生が作ってくれたやつ? なんかカッコイイねっ」
「ああっ。大きさのわりに軽くて扱いやすい」
「…それ、怖いぐらいの魔力が練り込まれてる」
「……え……っ?」
「………………」
笑顔で盾を振り回してみせたランスだったが、カティアの言葉に思わず手が止まり、盾とカティアの顔を交互に見やった。マヘリアは、そそくさとリィザの後ろに隠れている。
「おいおい。まさか、"試し"もやってねぇのか? いきなりドカーンとか、勘弁してくれよ?」
「……いや、先生は『いつも通り使え』とだけ……。…………どうしよう……」
「…師匠が『いつも通り』って言うなら、それで問題ないと思う。……たぶん」
「たぶんかよっ! 次、なんか出た時は、ランスだけ前衛なっ。最前衛っ」
コンアイは湯治の地でもあることから、そこまで続く街道には、多くの宿場町が点在する。一行は、それらを飛ばし飛ばし進みながらコンアイを目指した。
「……なにぃ……? この、にお~いっ……」
「硫黄の"におい"ですね。源泉のほうから風で運ばれてくるんでしょう」
「……さすがに、オレたちにはキツイな……」
コンアイに到着した一行だったが、鼻の利く獣人には硫黄の"かおり"は刺激が強いらしく、マヘリアとクロヴィスは「鼻栓」をつけるはめになった。
「着いた、はいいけど……」
「ああ。『ただ、行け』と言われただけだからな。この後、どうしたものか……」
「どょうぼうでゅうぶうぼがでで、どりあえどぅおんでんだろ」
「……何? 奥に詰めすぎ」
「ぐぞっ…! 情報収集も兼ねて、とりあえず温泉だろっ!」
一瞬、鼻栓を抜いたクロヴィスが一気にまくし立て、再び鼻栓を詰めた。
「まぁ…、ここまで強行で来てるしね。今日は宿で休もうか」
鼻栓姿で、しきりに頷くマヘリアに、いたずらな視線を向けながら、リィザは宿を探すべく歩き出した。
「はぁ~~~……っ、気持ちぃねぇ~」
「お城のお風呂とは、また違う感じだね」
「…ちょっと熱い」
宿を探した一行は、コンアイでも一二を争う人気の宿に泊まることができた。
旅慣れたクロヴィスとテオと違い、初温泉のリィザたちだったが、特にマヘリアは鼻栓が取れたこともあってか、温泉が気に入ったようだった。
「ここは、あの変な"におい"もしないし、お花のいい匂いがするねっ」
「鼻栓してる顔も、かわいかったのに」
「ねぇぇぇっ。やめてよぉ」
「あはははっ!」
「もぉ~っ。……えっ? …かっ、カティアだいじょうぶっ?」
カティアが真っ赤な顔で、じっと湯に浸かっている。
「…へーき。慣れてきた」
「カティアは、もとの色が白いからね」
「…それより、この花」
温泉には、白い花がいくつも浮かべられていた。枝葉のついたものもあり、良い香りは、主に葉のほうから香ってくるようだった。
「その花は『南十字星』と呼ばれるものです。このあたりでも、限られた地域にしか自生しない珍しい花ですわ」
「…………!?」
「…………わぁっ!」
「…………っ?」
突然話しかけられ驚いて振り向くと、湯の中に、いつの間にか美しい女性が立っていた。
湯に浸かるというのに、長い絹糸のような髪をまとめることもなく、一糸まとわぬ姿を隠そうともしていない。
「………………」
「(す…っ、すごい……)」
「(…………マヘリアのより大きい……)」
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。私はこの、コンアイ附きの神官、ネリダ・アクウェロと申します。エリザベッタ様……と、お見受け致しました」
「…………ええ」
ネリダと名乗った女性は、リィザたちに近づきながら、ゆっくりとその体を湯に沈ませた。美しい髪が、花が開くように水面に広がる。
「……よく、わかったわね……」
「エリザベッタ様方のお噂は、私共、神官の情報網でも知れ渡っておりますので。……それに、こんな何もない場所では、他にすることもありませんし、ね」
「え~っ? 温泉があるのにっ」
「ふふっ、毎日のことですから」
マヘリアの言葉に、ネリダが、同じく美しい手を口元に添えて微笑う。
「……それで?」
「ええ。……実は、最近、コンアイでも魔物が増えてきている気が致しまして」
「………………」
「コンアイから南東に古い神殿があるのですが、私が思うに、どうもそのあたりが発生源ではないか、と」
「……わかった。調べてみるわ」
「有難う御座います。なにぶん、まだ確かなものは何もないので、兵団の方も動いてはくれず……」
「構わないわ。私たちも、来たものの、これからどうするか考えるところだったし」
「……それでは、調査の件、宜しくお願い致します」
コンアイの町について、ひとしきり話した後、リィザたちに恭しく頭を下げたネリダが去っていった。
「きれいな人だったねっ。おねぇさんって感じ」
「…いろいろ"おねぇさん"だった」
「うんうんっ」
体の前で両手の拳を握ったマヘリアが、真剣な顔でしきりに頷いた。
「………………」
「リィリィ? どうしたの?」
「……だいじょうぶ、ちょっとのぼせたかも」
「えぇっ!? 早く上がろっ」
尻尾をぶるぶると震わせ水を飛ばしたり、リィザを扇いだりと、大忙しなマヘリアの横で、リィザは何か真剣な面持ちのままであった。
記 D・L
「お風呂回だとっ!?( `・∞ ・´ )」
と、期待させてしまったみなさん、すみませんでした…。
絶妙なラインで書けない表現力のなさ、ゆえです(´・∞・`;)くっ…




