第二十一話 ヤクソクと契約
要塞都市ブーゲンビリアに向かう一行は、その道中、近隣の村や町で幾度となく魔物の群れに遭遇していた。
すでに魔物の数が増えて久しかったこともあってか、小さな村や町の住民は兵団施設のある街に避難しているようだったが、すべての住民が避難できるわけでもなく、その日も住民のほとんどが留まったままの町を襲った魔物の群れを討伐し、歓待を受けつつ、その町で夜を越すこととなった。
「さすがに今日はキツかったな…」
装備を解いたランスが疲労困憊といった様子で倒れ込んだ。
厚い壁や掘りをめぐらせた町ではあったが、小さく古いその町には宿屋といえるようなものもなく、町の集会所を空けてもらい宿をとることになった。
集会所の外では、町唯一の酒場や、そこに入りきらず店前でテーブルを並べた住民たちの歓喜の宴の声が響いている。
「今日だけで三回目だもん。でも町の人が無事でよかったぁ」
「一応の防御施設はあるけど、守りについてるのは町の人だもんね。あたしたちが通りがかってなければ、兵団が来るまで持ちこたえられたかどうか」
「ああ。どうにも手が足りてねぇって感じだな」
テオから"癒し"の魔法を受けていたクロヴィスが、動きを確かめるように腕を大きく回しながら言った。
「おっ。やっぱり携帯魔法陣より効きがいいな」
「携帯魔法陣は、効果が魔法陣の書き手に依るところが大きいですからね。良い物なら、僕の魔法より効果は高いですよ」
「クロが最後? お疲れ様、テオ」
リィザから手渡された飲み物を受け取ると、テオも皆と同じテーブルについた。
「テオ君、攻撃魔法もすごかったよねっ」
「い…いえっ、そんなっ。ほんのお手伝い程度で……」
「そういえば、カティアとテオ君って詠唱の言葉が違うよね? ほら、最後のとこ。カティアは"約束"で、テオ君は"契約"…? だっけ。あれって何が違うの?」
カティアとテオが目を見合わせ、カティアが頷いてみせると、テオが口を開いた。
「魔法というのは、精霊の力を借りて奇跡を起こすものですが、カティアさんたち"魔導士"と、僕たち"神官"とでは、力を借りる相手が違うんです」
「…ここまでは、だいじょうぶ?」
「あ、うんっ」
カティアが訊ねると、自身でも集中力が続いているのがうれしいのか、マヘリアが熱心な様子で耳をパタつかせる。
「魔導士は各自然を司る精霊たちと。神官は教会が崇める精霊神様と。どちらも、その力を借り魔法を発動させるまでに、さまざまな工程を踏むんですが、その工程のたびに対価として魔力を差し出します」
「ふんふん」
「この工程が詠唱にあたるわけなんですが……。精霊とは"約束"、精霊神様とは"契約"と、昔から"決まって"いるんです」
「ふんふん。…………?」
「つまり"何で"なのかは、わからねぇってことだよ」
クロヴィスが肉をほおばりながら口をはさむ。
「そうなんです……。そもそも魔法の起源についても諸説あって……」
「なんでクロがそんなこと知ってるのっ?」
「詠唱はしねぇけど、オレだっていちお魔法が使えるからな。候補生学校いってなくても、基礎くらいは学んでるぞ?」
「?」
「…マヘリア、これも講義でやってる」
「えっ……リィリィは知ってたっ?」
「あたしはその時、マーの寝顔ながめてたから」
「俺は…」
「…ランスはわかるからいい。寝てて」
「お前ら、そんなんでよく卒業できたな……」
「たしか精霊教会では、精霊神と初代大神官との"契約"が魔法の祖ってことになってたよね」
リィザが、膝の上でマヘリアの尻尾をなでながら続けた。
「はい。魔法学は専門ではありませんけど、でも僕は精霊との"約束"のほうが、より原始的な感じがします」
「おいおい、いいのかぁ? 神官がそんなこと言ってて」
「あはは。内緒にしてくださいね」
「…原始的なのは、単に民間的に広まったから、って可能性もあるけど」
「ええ。たしかに魔導士と神官の魔法は系統が違うので、そもそも"どちらが先か"自体、的外れな感じはあります。ただ、"三族戦争"に関する伝承によると、精霊教会が魔法を扱うようになった最古の記述は……あ…」
マヘリアの様子に気付いたテオが、熱を帯び始めた魔法談義を止め、声を抑えた。
いつの間にか寝てしまったマヘリアは、椅子に座ったままで体を揺らすこともなく、ただ目を閉じ瞑想しているようにも見える。
「器用に寝てんなぁ……」
「講義の時もこんな感じだったんですか?」
「うーん…後でおこられそうだから教えられないけど、もっとかわいい感じ、かな」
「…ふ…あれをかわいいって言ったら、マヘリアふくれそうだけど」
「いーのっ。じゃあ、あたしたちは奥の部屋使うから」
「そうですね。もう休みましょう」
集会所の灯りが消えた後も、外のにぎやかな声は続いていた。
記 A・E
ランスが使う防御魔法も、精霊神の魔法です。
すこし後で詠唱の文言も出てきます(´・∞・` )テオが使います




