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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第95話 生者の呼声


 数刻後、仄暗い夜空の下。

 紫電の龍姫は灰色の大地に堂々と立っていた。

 彼女の足元では、ギチギチ、ガシャガシャという歪な音が弱々しく鳴り響いている。

 ニードル母艦内部への入口。

 紅蓮の鬼が落ちたその穴は今、くすんだ黄色の金属片によって完全に埋め立てられていた。

 唯の後を追いかけようとしたハチ型械獣は次々と嶺華の手で解体され、こうして残骸バリケードの一部と化している。


「さて、これで唯さんを狙う不埒な輩は入れませんわねぇ……わたくしも含めて、ですけれど」


 隙間なく封鎖された穴を見て、嶺華は満足そうに笑った。

 彼女の言った通り、ハチ型械獣の残骸をパンパンに詰め込んだバリケードは械獣どころか人間の子供すら通さない栓となっていた。

 追っ手の心配がなくなった入口に背を向ける黄金色の少女。

 その視線の先では、異形たちが皆怒りを(あらわ)にしている。

 低空を旋回するハチ型械獣ソルム・ビーナの大群。

 高層ビルのようにそびえ立つ巨大械獣ヘルクルモス。

 彼らにとって下等生物でしかない人間に、艦内への侵入を許したことがよほど悔しいのか。

 言葉を発さずとも、嶺華だけでも叩き潰してやるという必死な剣幕がひしひしと伝わってくる。

 外敵を排除するためならば表層の損害はある程度許容しているようで、先ほどからエスカレートしていく攻撃によって鋼鉄の地面はあちこち抉れていた。

 械獣たちの相手はたった一人の少女。

 それも右腕を失い、翼をもがれた不完全な姿だ。

 けれど機械大剣を左腕一本で構える龍の少女の瞳は、敵の軍勢を前にして爛々と輝いていた。


「誰かのために体を張るというのも、悪くないですの」

 

 稲妻の文様が刻まれた黒いドレスから、唸り声の如き吸気音が轟く。

 機械大剣の表面は輝きを増し、迸る紫電が眩い軌跡を振り撒いてゆく。


「覇龍院嶺華、参りますわッ!」


 戦場で、一匹の龍が咆える。

 たった一人の家族に報いるために。



 ◇◇◇◇◇◇



 一方の唯は、暗いトンネルの中を走っていた。

 光源はアームズ頭部のライトのみ。

 オレンジ色の光に照らされた壁がひたすら後方へと流れていく。

 円筒形のトンネルの直径は縦横共に3メートルほどと狭く、ちょっと飛び跳ねれば炎鬼の角が天井に刺さってしまいそうだ。

 金属やコンクリートと違って柔らかい素材で構成されているのか、トンネル内に唯の足音は反響していなかった。

 壁面にライトの光を近づけてみれば、繊維のように複雑な模様が壁一面にびっしりと這っているのが確認できる。

 まるで昆虫の繭を内側から見たような、有機的とも言える不思議なトンネルだった。

 上下左右に蛇行し、でこぼこと入り組んだトンネルは見通しが悪く、敵がいつ飛び出してきてもおかしくない。

 唯はハチ型械獣の不意打ちに備え、赤黒剣の柄を握りしめながらトンネルを進んでいく。

 前方だけでなく背後にも注意しなければ。

 外で群れていたハチ型械獣たちは皆、嶺華が足止めしてくれているのだろうか。

 彼女の安否を確認したかったが、ニードル母艦全域に展開された障壁のせいで、嶺華とダイレクトコア通信を繋ぐことはできなかった。

 暗いトンネルの中、誰とも連絡を取れない孤立感が余計に不安を掻き立てる。


「(嶺華さん……無茶してないといいけど……)」


 ソルム・ビーナのような小型の械獣だけならば、嶺華一人でもなんとか対処できるだろう。

 しかし、甲板上にはヘルクルモスとかいう巨大すぎる械獣がいる。

 装者二人がかりでも全く歯が立たなかった相手だ。

 嶺華一人で相対(あいたい)し続けることがどれほど危険かは想像に難くない。

 けれど今は、彼女を信じる。

 嶺華が作ってくれているこの時間を無駄にしたくない。

 唯は悪い想像を振り切り、トンネルの奥へと急いだ。


「今度こそ絶対に連れ帰ってやるんだから」


 傾斜のついたトンネルを駆け下りながら、揺るがぬ決意を呟く唯。

 今やるべきは、最速で梓の身柄を確保することだ。

 とはいえニードル母艦は軽く見積もっても数キロメートル単位、人間の街ひとつを丸ごと抱えているような広さがある。

 甲板上を走り回っても終端が見えなかったのに、内部にもこうしたトンネルが通っているとなれば、探索範囲の総面積は途方もない。あてもなく探すのは無謀だ。

 唯一の手がかりは、ニードルの声を撒いていたハチ型械獣。

 あの個体は、ただ襲ってくるだけの他のハチ型とは異なる立ち回りをしていた。

 もしかすると、これからニードル本体の所へ向かうのかもしれない。

 そしてニードルの近くには、きっと梓も。

 少々短絡的な推測だが、他に手がかりは無いのだから、その僅かな可能性に賭けるしかなかった。

 それに今のところ、トンネルは一本道だ。

 このまま道なりに進み続ければ、あの個体と同じ行き先に辿り着くはず。

 そう考えていたのだが。


「そんな……!」


 傾斜や蛇行があったトンネルは平坦な道になり、代わりに幅と高さが拡がった。

 その先に口を開けていたのは、三つの穴。

 分かれ道であった。

 唯は歩みを止め、試しに一番右の穴へとライトの光を向けてみる。

 やはり暗くてはっきりとは見えないが、穴の奥ではさらに複数のトンネルへと分岐しているようだった。

 まるで入り組んだ地下鉄駅のホームのよう。

 当然ながら、唯が追いかけていたハチ型械獣がどの穴に入っていったのかは見当もつかない。

 虱潰しに全ての分岐を探ろうにも、一つ一つの穴の奥は深い暗闇に満ちている。

 甲板上から侵入し、ここに至るまでも相当な距離を走った。

 それぞれの穴がニードル母艦内部の隅々にまで繋がっているのだとしたら、どのルートを選んでも数キロメートル単位の道のりになるかもしれない。

 行先を間違えれば、今いる分岐点まで戻ってくることさえも難しいだろう。

 そして正解ルートの手がかりはゼロ。

 妹を助けたいと願う気持ちが背中を押すが、踏み出す方向が決められない。

 元々薄かった希望が早くも潰えたことを悟り、唯の足はピタリと停止してしまった。


「……っ」


 一刻を争う状況なのに、一歩も動けない。

 乾いた空気の流れが、嘲笑うかのように唯の頬を撫でる。

 トンネルのうちいくつかは通気口を兼ねているのだろうか、時折どこかの穴から風が吹き出しているようだ。

 風の流れを追えば艦の外に出られるかもしれないが、今知りたいのは梓の居場所だ。外に出ては意味がない。

 形も大きさもまばらな無数の穴を前にして、唯は途方に暮れていた。

 その時。


 ………………。


 風の音に混じって、微かに人の声が聞こえた気がした。

 唯は一瞬、焦りすぎた自らの精神が生み出した幻聴かと思った。


 …………お……ち…………!


「ッ!!」


 いや、幻聴などではない。確かに聞こえた。

 少女の、それも唯の鼓膜に染み付いた声が。


『…………お姉ちゃん!』

「梓!?」


 間違いない。

 械獣に連れ去られ、囚われているはずの妹の声だった。

 その声が唯を呼んでいる。

 妹の命はまだ消えていないという事実に、唯の全身が奮い立った。


「どこにいるの!? 梓ーーーー!!!!」


 声の出どころがどの穴かは判別できなかったため、唯は全てのトンネルの奥に届くようにと大声で叫んだ。


『お姉ちゃん……こっち…………』


 いずれかの穴の奥で唯の声が拾われたのか、返事があった。

 梓の声が聞こえたのと同時、眼前の暗闇に変化が起こった。

 手前にある三つのトンネルのうち、中央の穴の壁面が白く発光し始めたのだ。


「これは……?」


 暗いトンネルに突如として浮かび上がる淡い光。

 壁面を線状に這う様子は、まるでクリスマスツリーに巻き付ける電飾のようだ。

 単にLEDを埋め込んであるという訳ではなく、壁の中からぼんやりと浮き出てくるような、不思議な光であった。

 イルミネーションの点滅パターンが流れていくかのように、壁面の光は連鎖的に広がり、どんどんトンネルの奥へと延びていった。

 その先に分岐路が現れると、また一つの穴だけが選ばれ、その穴の奥へと光の道が繫がってゆく。

 詳しい説明を受けずとも、白い光が迷路の正解を伝えていることは明白だった。


『こっち……こっちへ来て…………』

「梓!? あんた一体どういう状況なの!?」


 彼女がトンネルの発光を操っているのだろうか。

 てっきり自由を奪われているのかと思っていたが、自力で逃走して、逆にニードル母艦の設備の制御を奪ったとでもいうのか。

 そんなオーバーテクノロジーを上回るような芸当が梓にできるとは到底思えないのだが、事実こうして唯を導こうとしている。


『早く……お姉ちゃん…………早く…………』

「分かった! 今行くから!」


 唯は違和感を覚えながらも、妹のSOSを耳にしたならば走り出さずにはいられなかった。

 不要となったアームズ頭部のライトを消灯し、幻想的な光に包まれたトンネルへと愚直に突入する。

 アリの巣のように入り組んだトンネルも、白い光に沿って進めば迷わない。


『お姉ちゃん……会いたい、早く会いたいよ……』


 トンネルの奥へ奥へと進んでいくにつれ、妹の声ははっきりと聞こえるようになってきた。

 同時に、脳裏には疑問も浮かんだ。

 まるでラジオの電波強度が上がっていくかのように変化していく音質。

 そもそも梓の声は穴の向こうから大声で叫んでいる生声ではなく、艦内放送のようにスピーカーを介しているようだった。

 トンネルの随所に小型のスピーカーが埋め込まれているのか、はたまた、トンネルの壁面が僅かに振動して音声を再生しているのかもしれない。

 仕掛けはともかく、透明人間に耳元で囁かれているような不気味な感覚であった。

 白い光と同様、梓がニードル母艦の設備を操っているのだろうか。


「(一体どうなって……? 直接会って確かめるしかないか)」


 妹の身に何が起きているのか疑問は尽きなかったが、唯にできることは白い光に従ってトンネルを進み続けることだけだ。

 曲がりくねった道を駆け抜け、分岐路では壁の光の判断を仰ぎ、また走り出すことの繰り返し。

 何度目かの分岐路に差し掛かり、光が導く穴に入った瞬間、もわっと生暖かい空気に抱きしめられた。

 先ほどまでは乾いた風が流れているだけだったのに、ある境界を跨いだ先からは湿った空気で満たされている。

 雨上がりの森の中を歩いているかのような、明らかに動植物の気配を感じる匂いがした。

 ここが地球であったならば、山中の高速道路のように自然と隣り合わせのトンネルはいくらでもある。

 しかしここは異次元に浮かぶ敵艦の中。地球の自然こそ不自然の代名詞である。

 この先にただ事ではない何かがあると、アームズというよりかは唯の動物的本能が警鐘を鳴らした。


「あそこか……!」


 走る唯の視線の先。

 淡い光の道が、溢れ出す光の塊と合流している。

 トンネルの出口であった。

 それが見えた途端、唯はマラソンのラストスパートの如く加速した。

 慎重や隠密なんて言葉は思い浮かばなかった。

 何が待ち受けているのか予測できない危機感よりも、一秒でも早く妹を助け出したいという想いが圧倒的に勝つ。

 赤黒剣を携えた二角の炎鬼は、長いトンネルの終わりの一歩を踏み出した。


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