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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第91話 雷槍作戦


 AMF関東第三支部地下、臨時司令室。

 司令室という大層な名前だが、実際には倉庫の空きスペースに会議用の簡易机とコンピューターを雑多に並べただけの部屋だった。

 無秩序に床を這う大量のケーブルは、気が滅入るような現状を表しているよう。

 座り心地の悪いパイプ椅子に腰掛けたオペレーターたちが、仮設モニターに映る観測データを時折眺めては、力ないため息を漏らしている。

 オペレーターに限らず、室内で待機する隊員たちの顔色は総じて疲れ切っていた。

 

 一週間前、大量発生したハチ型械獣の襲撃によって、敷城市全域は完全に制圧されてしまった。

 市民は地下シェルターに避難したままであり、昼間でも地上を歩く人影は皆無だ。

 そして現在、街から人間を追い出した械獣たちが居座っているのは、AMF関東第三支部中央塔。

 臨時司令室の真上であった。

 玉座代わりのヘリポートに腰掛けるのは毒々しいピンク色の女王蜂。

 その女王の周りを多数の働き蜂が飛び回っている。

 ハチ型械獣たちの活動は街の制圧を終えた後も続いていた。

 驚くべきことに、械獣たちは占領した敵陣地を自軍の拠点化するような動きを見せた。

 具体的には、10階建ての中央塔の屋上を土台として、彼らの根城と思わしき建造物を増築したのだ。

 まるでハチの巣作りのような違法建築。

 数日の工期で出来上がったのは、神社の鳥居と西洋の神殿を組み合わせたような悪趣味な櫓だった。

 特に目を引くのは、頂上にそびえ立つ六角形の構造物だ。

 羽のない扇風機を巨大化したようなフレームの内側は、夜空を切り取ったような暗闇で満たされている。

 直径10メートルを超える大穴の正体は、女王蜂を降臨させた空裂であった。

 青空の一部だけがぽっかりと抜け落ちてしまったかのような大穴は、街全体に禍々しい威圧感を与えている。

 ハチ型械獣たちはその空裂を通って、地上と向こう側(・・・・)を好き勝手に行き来しているようだった。


 過去にも、械獣が複数体同時に出現するケースはあった。

 そのような場合、AMFは無人機やミサイルを駆使して械獣たちを分断した上で、装者には一体ずつ撃破させることでなんとか乗り越えてきた。

 しかし、今回ばかりはどうしようもなかった。

 100体を軽く超えるハチ型械獣の大軍勢。

 それもバラバラに暴れるのではなく、軍隊のように統率されている。

 街の防衛を担うAMF基地を真っ先に制圧したことからも、彼らが戦術を持って行動していたのは明らかだ。

 地上の格納庫で待機していた無人機は尽く破壊され、ミサイル発射設備も壊滅。

 関東第三支部の隊員たちはなすすべなく基地の地下に退避した。

 それから一度も陽の光を浴びることのないまま、今もこうして籠城を続けている。


「暑い……エアコン効いてんのか? 早く帰って家の風呂に入りたい」

「贅沢を言うな。交代でシャワーを浴びられるだけマシと思え」

「ていうか、この部屋人口密度高すぎなんだよ」


 避難所兼臨時司令室は、基地の地下4階および5階の倉庫スペースを転用して設置された。

 元々人間が寝泊まりすることなど想定しておらず、床よりも棚が占める面積の方が広い。

 そこへ大勢の隊員が詰め込まれているのだから、室内は秋の季節にそぐわぬ暑苦しさである。

 電気、水道、通信といったライフラインは生きているため、隊員たちは辛うじて命を繋いでいた。

 とはいえ備蓄食料や生活物資は有限だ。

 このまま地下に引き籠っているだけでは、一ヶ月としないうちに皆が飢え死にしてしまう。

 

「本部への救援要請を出してからもう一週間ですよ! 救援部隊はまだ来ないんですか!?」

「あまり期待しない方がいい」

「装者が数人来たところで、あれだけの数の械獣相手に何ができるっていうんだ。全滅する可能性の方が高いだろう」

「じゃあ、本部は俺たちを見捨てるってことかよ!」

「くそっ! こんな状況になったのは全部神代姉妹のせいだ!」

「おい、その名前を出すなよ。考えないようにしてたんだから」


 関東第三支部に所属していた装者二人の話題が出ると、隊員たちの顔が一斉に曇った。

 械獣少女と共に姿を消した神代唯は言わずもがな。

 新しく装者に任命された神代梓も、一週間前の出撃中に行方不明となってしまった。

 電波障害を引き起こす濃霧は消えたのだが、その後も敷城市内に式守景虎の反応は無い。

 たとえ殉職していたとしても、アームズは残るはず。

 それが全く検知されず、市内のどの監視カメラにも死体や残骸が映っていなかった。

 ハチ型械獣に掌握された街から、たった一人で、人類側のカメラやレーダーも全て避けつつ脱出したとは考えにくい。

 となれば、姉と同じく械獣側に寝返ったのではないか、との疑惑が生じるのは自然な流れだった。

 AMF本部の対応が鈍いのは、二人も謀反者を出した支部に対する制裁ではと邪推する隊員もいた。

 真相がどうであれ、まず間違いないのは、助けが来ない限りこの地下空間にいる全員が命を落とすという結末だ。

 劣悪な生活環境も相まって、司令室にはネガティブな感情が毒ガスのように充満していた。

 そんな中、オペレーターの一人が生気の薄れた瞳でモニターを見上げた時である。


「っ! 敷城市内に空裂反応!」


 地上で稼働を続けていた空裂レーダーが新たな反応を捉えた。

 ただでさえ困窮した状況なのに、さらに追加の械獣が現れたというのか。

 臨時司令室に絶望的な緊張が走る。

 仮設モニターに地上のカメラ映像が大写しになり、室内のスピーカーに音声が接続される。

 直後、ドオオォォン! という凄まじい轟音が鳴り響いた。

 スピーカー越しでも、腹の底から揺さぶられるような感覚が隊員たちに伝播する。

 それはまるで、嵐の中に轟く雷鳴のようであった。


「新たな空裂反応、消失しました……」

「なんだと!?」

「光学映像を確認します!」


 コンソールを操作するオペレーターは地上カメラの録画データを巻き戻し、空裂の反応を検知した僅かな時間の映像をコマ送り再生する。

 該当のフレームに辿りついた時、隊員たちは息を呑んだ。

 捉えられていたのは、地面すれすれを駆け抜ける、横向きの稲妻であった。

 家々の合間を縫うようにして、黒い影が超低空軌道で飛翔している。

 映像をコマ送りにしてようやく残像が視認できるという、猛烈な速度である。

 そんな不自然的な雷は、ハチ型械獣たちが建設した六角形の構造物を射抜く矢の如く、空裂の中へと吸い込まれていった。



 ◇◇◇◇◇◇



 仄暗い夜空に覆われた世界だった。

 どこまでも続く灰色の地平線。

 昼も夜も無い空間に、硬い金属でできた平坦な大地が広がっている。

 色褪せた風景は、草木が芽生えることを拒んでいた。

 

 そんな無機質な世界の片隅にて。

 円筒形の太い槍のような物体が、灰色の地面へと突き刺さった。

 弾道ミサイルを思わせる勢いで突入してきたが、着弾しても爆発はしない。

 鐘楼を打ち鳴らしたような甲高い音が、だだっ広い空間に響き渡る。

 静寂を引き裂いて侵入した異物に対し、この世界の住人たちは過敏に反応した。

 住人たちの全長は3メートルから4メートル、外見はくすんだ黄色の昆虫フォルム。

 ヘリコプターの飛行音を何倍にも重ね合わせたような羽音を撒き散らし、次々と飛来するのはハチ型械獣ソルム・ビーナである。

 槍の周囲に群がった械獣たちは、腫れ物を扱うかのように物体を観察していた。

 どこからやってきたのか。

 何故、地面に突き刺さるまでに迎撃できなかったのか。

 械獣たちは突然現れた正体不明の物体に困惑しているようだった。

 まずは敵性かどうかを判断しようと、一体のハチ型械獣がミサイルもどきに触れようとした時。

 槍の表面を覆う装甲板が花弁のように開いた。

 咲いた、というより、内側から蹴破られたと言った方が正確である。


「ごきげんよう。殴り込みに参りましたわ!」

「私の妹を返してもらう……!!」


 蕾を割って現れたのは、それぞれ雷龍と炎鬼の鎧を纏った女たちであった。


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