第8話 任務開始
翌朝。
無事に退院できた唯は、自宅に帰る間もなく司令室に呼び出されていた。
「はぁーーー……まったく無能だな、お前」
目の前で堂々と嫌味を吐いてくるのは、この基地の司令官・佐原である。
「命令を無視して無謀な戦闘。貴重な式守影狼の装備をあんなに壊しやがって」
「はい……」
「スペアパーツも無料じゃねえんだぞ。ゼネラルエレクトロニクスの奴ら、自分らが儲かるからってニヤニヤしてやがった」
佐原はとにかく費用対戦果を重視する男だ。
相手が装者であっても容赦なく苦言を呈してくる。
「おまけに重要参考人の『カミナリ装者』をそのまま逃しただと? せめて連れ帰るだろ、普通」
「そんなこと言われても」
「口答えするな!」
佐原の大声に、静まり返る司令室。
オペレーターの一人がちらりと唯の方を見たが、すぐに気まずそうに目を逸らす。
唯の職場、上司との人間関係は最悪である。
「反省してんのか? 装者じゃなかったら営倉にぶちこんでやるところだぞ!」
「はい……申し訳ありません」
唇をかんで謝罪を口にする唯。
嫌味モードの佐原には何を言っても無駄だ。
「反省する気があるなら、お前も遺留物調査に合流しろ。少しは役に立てよな」
「り、了解」
唯は今すぐ殴ってやりたい衝動を抑え込みながら、早足で司令室を脱出した。
◇◇◇◇◇◇
「くっそーーー!! 言いたい放題言いやがって!!!!」
「怪我が治ったのに、ずいぶん荒れてるわね」
美鈴が運転する車の中。
助手席に座る唯は、クソ上司に対する文句をぶち撒けていた。
「だってひどいと思いませんか美鈴さん! 私だって頑張ってるのに!」
「うんうん唯ちゃんは頑張ってるわ」
「べアルゴンまでは私が倒したんですよ! なのにねぎらいの言葉の一つも無いってどういうことですか!!!」
「そうね、あの男はそういう奴だから。いちいち気にしてちゃだめよ」
唯の悪態に淡々と相槌を打つ美鈴。
愚痴を聞いてもらったのは一度や二度ではないが、いつも優しく唯を宥めてくれる。
「はぁ……こんな時も休みにはならないし」
「リハビリには丁度いい任務じゃない。今日は戦う必要がないもの」
唯は美鈴と共に、昨日ドルゲドスと交戦したエリアへと向かっていた。
目的は謎の装者の遺留品捜索。
任務に参加するのは2人だけではない。
美鈴は、自らが指揮権を持つ部隊・戦闘班第二小隊を引き連れてきた。
隊員たちは3台のバンに分乗し、均一の車間距離を空けた車列を形成している。
「人いなさすぎて不気味ですね」
窓の外を見ると、唯たちの車両以外に走っている車はいなかった。
それどころか、歩いている人間が一人も見当たらない。
「船橋地区全域を封鎖してるのよ。AMF隊員以外は立入禁止。民間人はしばらく他の地区で過ごして貰うそうよ」
「全域って……解除までどれくらい時間かかるんですか?」
家に帰れなくなった人が気の毒だ。仕事が止まって困る人も多いだろう。
唯は一日でも早く封鎖を解除して欲しいと思った。
「謎の装者の遺留品が見つかるか、封鎖エリア全域の捜索が終わるまでね」
捜索といっても、船橋地区は広い。
唯が一人増えたところで、人手は足りるのだろうか。
「既に先行隊が捜索を開始してる。17時からは予備隊も合流するわ」
「梓たちも駆り出されるんですか」
「ええ。とにかく大勢集めて、ローラー作戦で終わらせるしかないわね」
「姉妹共々こき使われてるなぁ」
最近は毎日のように梓も出動している。
高校生なのに放課後の自由時間が無い妹が少し可哀想に思えた。
「さ、着いたわよ」
傾いたビルが見えてきた所で車列が停止。
ここまで来る途中、瓦礫で通れない道を何度も迂回したせいか、到着予定時刻を大幅に過ぎている。
繁華街に賑わいが戻るまでには時間がかかりそうだ。
美鈴は道路の真ん中に堂々と車を停めた。
傷んだ建物が倒壊する可能性があるため、開けた場所に停めた方が安全なのだろう。
車を降りた美鈴の前に、ヘルメットを被った隊員が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です! 陣内補佐官!」
「貴方もご苦労さま。はい、差し入れよ」
「ありがとうございます!」
すかさずペットボトルのお茶を渡す美鈴を見て、唯は感嘆する。
「(さすがだな、美鈴さん。良い上司ってのはこういう気遣いが大事だよね)」
比較対象は言うまでもない。唯もこういう上司が欲しかった。
唯は警備の隊員に会釈をすると、立入禁止のテープをくぐり抜ける。
第二小隊の隊員たちも車から降り、美鈴の前に整列した。
「さて、私たち後発隊の担当は駅の南西エリアよ。後から合流する予備隊は北西エリアを担当するわ。エリアが広いから、各自に道路単位で捜索範囲を指定するわね」
美鈴がタブレットを叩くと、唯たちの携帯端末上で地図アプリが起動した。
地図上には一人一人が担当する道路が表示されている。
「捜索対象は謎の装者の遺留品。アームズの破片一つでも、所属や製造元を特定する大きな手がかりになるわ。見落としがないよう気を引き締めて取り掛かること。何か質問は?」
隊員の一人が手を挙げる。
「何も見つからない場合は、いつまで捜索を続ければよろしいでしょうか」
「刻限はそうね……21時になったら今日の捜索は打ち切りとします」
現在時刻は15時を過ぎた所。
6時間も歩き続ければ相当疲れそうだ。
「それでは、行動開始!」
美鈴の号令を受けた隊員たちは、それぞれ担当の道路へと走っていった。
続こうとした唯に、美鈴が声をかける。
「唯ちゃん、もし体の調子が悪かったら休んでいいからね。唯ちゃんの担当は予備班に回すこともできるし」
「ありがとうございます。でも今日は戦闘が無いですし、リハビリのつもりで歩きますよ」
戦闘が無い、というか、今日の唯にはできない。
いつも身につけている式守影狼は整備中のため、基地に置いてきた。
他の隊員と同様、手ぶらという訳だ。
「じゃあ、無理しない程度に頑張ってね」
「了解!」
美鈴の優しさに頭を下げつつ、唯は担当する道路へ向かった。