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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第85話 残霧の潜伏者 II


 公園の草木に影を落とす巨大昆虫。

 人間とかけ離れた容姿でありながら人語を操る鉄塊を、唯は嫌悪感に顔を曇らせながら睨みつけた。


「コード付き…………!」


 本体の姿は見えずとも、声の威圧感は霧の中で遭遇した人影と同じ。

 今度は立体映像ではなく械獣そのものを介して接触してきた。

 ハチ型械獣の頭部にはスピーカーが付いており、不快な羽音よりもさらに大きな音量で男の声を響かせる。


『オレの名はニードル。以後ヨろシク』

「こっちはよろしくするつもり無いけどね」

『マアマア、そう短気にナルナ』


 ニードルと名乗ったコード付きは、詐欺師のように胡散臭い口調で語った。


『まずは祝福を。キャントガムドがヤられたのは予測範囲外だっタ』


 キャントガムド、というのは先ほど戦ったカニ型械獣の名前だろうか。

 アームズの斬撃すら弾く大盾には苦戦させられたが、今はただの鉄くずと成り果てている。


「人間は後悔だけが得意な生き物、だったっけ? 後悔してるのはあんたの方じゃないの?」


 ここへ来る前に言われた台詞をそのまま返してやる唯。

 しかしニードルは自身の戦力を失ったにも関わらず、飄々と笑っていた。


『ハハハ……マサカ。むしろ礼を言いたいくらいダ。素晴らシイ戦闘データを提供してくれてドウモってな』

「無様に敗北したデータがそんなに大事?」

『コレダカラ下等生物ハ……敗北にこそ価値がアルのだよ』


 唯のことを下等生物と呼んでのけたニードルは誇らしげに語った。


『オレたちは無秩序な個ではナイ。同胞が破壊サレタ時のデータを徹底的ニ分析シ、対策スル。その繰り返シこそが進化に繋がルのダ』

「進化ですって?」

『ソウダ。キャントガムドに搭載された試製アメビウムシールドはドウだった? アレは、オマエに破壊サレタ先任者のデータを取り入レて作ったモノダ。パラメータは直前の交戦データで補完シタがな』

「まさか、もう業炎怒鬼の力は解析されて……!」

『あらゆるデータを共有シ、時には下等生物からモ学びを得る。そうしてオレたちは群体トシテ進化してゆクのダ』


 ニードルがとてつもなくおぞましい話をしていると理解し、唯は絶句した。

 械獣たちは、ただ自分たちの力を振りかざして襲ってくるのではない。

 敗北を経験し、対策を考え、次の戦いに活かす。

 その行動は、械獣に対し懸命に抗ってきた人類と同じだ。

 数多の犠牲と引き換えに械獣の倒し方を探り、アームズの開発にこぎ着けた近代史。

 先人たちが残した記録と知恵こそが人類の武器だと信じてきたが、それらは決して人類の専売特許ではなかった。

 むしろ、死に際のデータすら共有できる彼らの方がずっと優れていると言える。


『ソレにしてモ、キャントガムドの攻略は見事であっタ。ククッ、この戦闘データはゼヒ正式版アメビウムシールド開発の参考にさせテもらオウ』


 ケタケタと嬉しそうに笑うニードル。

 唯のマイクを通じて同じ音声を聞いている嶺華は、インカムの向こうでため息をついた。


『腹立たしいですけれど、唯さんの戦闘データが良いように使われているのは事実のようですわ』

『アメビウムシールドは、アームズが攻撃に使用する濃縮次元障壁を中和し、威力を大幅に低下させる兵装であると推測されます』

『業炎怒鬼の剣すら防ぐ鉄壁の盾。あんなものをさらに改良されたら厄介ですわね』

「(くそっ、こっちは必死だったのに……)」


 必死に戦った結果が敵のさらなる強化に繋がってしまったと知り、唇を噛む唯。

 どんな械獣も斬り裂けると信じていた炎の斬撃は既に解析され、対抗手段まで用意されてしまった。

 業炎怒鬼の力が及ばない械獣が出てくる日も近いかもしれない。


『サテ、次ハどんなデータが得らレルか楽しみダ』

「いくらデータを取っても無意味よ。あんたたちが何を作ってきたとしても、私が全部壊すから!」


 唯は敵の手のひらで弄ばれているのが悔しくて、ハッタリを込めて言い返した。

 対するニードルは、そんな唯を嘲笑うかのように呟く。


『壊スだけの力でハ、大事なモノは守れないゼ』

「どういう意味!?」


 唯の質問に答えたのは、械獣の合成音声ではなかった。


「きゃああああ!!!!」


 公園の奥から少女の悲鳴。

 聞き覚えのある声音は、間違いなく妹のものであった。


「梓!?」


 ハチ械獣は今も唯の頭上でホバリングを続けている。

 なのになぜ、愛する妹の甲高い叫び声が聞こえたのか。

 考える暇すら惜しみ、弾かれるように走り出す唯。

 梓が倒れていた場所に駆けつけると、悪い意味で目を疑うような光景が視界に飛び込んできた。

 

「な…………!!」


 緑の生垣の向こうで、くすんだ黄色い物体が蠢いている。

 その背中には折り畳まれた半透明の翅。

 六本の脚を擁する節足動物のシルエットは、上空に居座る異形と一致する。

 

 ハチ型械獣が、もう一体出現していた。


「ひぃ……やめて…………痛いッ!」


 ニ体目のハチ型械獣は茂みの中に隠れていた梓を引きずり出し、その大顎で彼女の腹に噛みついた。

 鋭い牙に挟まれ、藍色の装甲からバチバチと火花が散る。


「離してよ! このッ、このッ……うあッ!?」


 梓は両手に握った短剣で何度もハチ型械獣の大顎を叩くが、硬い牙はびくともしない。

 力の差は一目瞭然。

 急ごしらえの機体と新米装者はあまりにも無力で、一方的な蹂躙が行われようとしていた。


「梓から離れろ!」


 妹を押さえつける械獣に向かって飛びかかろうとする唯。

 しかし、そこで唯の背後から、


『敵に背中を見セテいいのカナ?』


 囁くような合成音声。

 その音を、耳を(つんざ)く羽音がかき消した。

 上空で待機していたハチ型械獣が急降下してきた。

 唯がそう認識できたのは、吹き飛ばされて土の上を転がった後であった。


「がッッ………………は…………!!」


 強烈な衝撃で呼吸が詰まる。

 起き上がろうとしても手足に力が入らない。

 そして脇腹のあたりには、じっとりと生暖かい感触があった。


「痛ッ……つぅ………………!」


 花壇の緑葉にポタポタと滴る紅。

 唯は、血を流していた。

 それ即ち、アームズの次元障壁が破られたことを意味する。


「なん、で?」


 鈍い痛みを堪えながら疑問符を浮かべる唯。

 業炎怒鬼の次元障壁はとにかく堅牢で、スラクトリームの破壊光線を受けた時も唯の体にはかすり傷一つ無かった。

 今だって、カニ型械獣との戦いで消耗しているとはいえ、網膜プロジェクターに表示された次元障壁残量には50%以上の余裕がある。

 それなのに、小柄な昆虫械獣の攻撃は装者の肉体に傷を負わせた。

 受け入れがたい事実に唯は激しく混乱する。


『我々は学びを求メ、進化すると言っタだろウ。濃縮した次元障壁を一点に集中させれば、強固な次元障壁に守られた内側にダメージを与えられル。オマエが実践してきたことダ』

「そんな……」


 ニードルの言葉を聞いて、唯の中で戦いの記憶が駆け巡った。

 次元障壁を纏わせた刃で敵を斬ったこと。

 赤熱の爆杭で敵の守りを崩したこと。

 炎鬼の衝角で敵を貫き葬ったこと。

 ハチ型械獣が披露したのは、唯が今まで振るってきた力の一端だ。

 防御面だけでなく攻撃面でも、唯の力が敵に利用されている。

 想像を絶する械獣の進化速度に、剣を握る手が震えた。


『唯さん! 戯言に惑わされている場合ではありませんわ!』


 膝をついて(すく)む唯を叩き起こしたのは、力を託してくれた少女の声。


「そうだ、今は梓を……」


 唯がここでやらなければならないのは、人類を代表して平伏することではない。

 この世界でただ一人の肉親を守ることだ。

 

『よそ見シナイほうがいいゼ』


 妹の姿を探す唯の眼前に、くすんだ黄色の異形が割り込んだ。

 ハチ型械獣は地面すれすれをホバリングしながら唯に迫り、その下腹部を突き出してくる。

 嶺華でなくとも背筋が凍る、極太の針による恐怖の刺突。

 今しがた唯の鎧を貫いてみせた攻撃だ。


「くうぅッ!!」


 唯は長剣の刀身を械獣の横っ腹に滑らせ、針の先端がアームズに触れるのは辛うじて回避。

 だが手首には重たい感触がビリビリと伝わった。

 体を無理に捻ったことで脇腹の痛みが増幅し、額には脂汗が浮かぶ。


『さっきマデの威勢はドウした?』


 愉しそうな合成音声と共に、さらに連続の刺突が襲いかかる。

 唯は極太の針をいなすのに精一杯で、梓の方へ一歩も近づくことができない。


「やだやだぁ! 離して!!」


 茂みの向こうで悲痛な声を上げる梓。

 彼女に噛みついたハチ型械獣が半透明の翅を広げると、ブブブという不快な羽音が鳴り始める。

 そして械獣は梓を咥えたまま、ゆっくりと上昇していく。


「まずいっ! 梓ぁ!!」

『オマエの相手はまずこっちダ。キャントガムドに続キ、ソルム・ビーナとの戦闘データも取らせてモらウ』

「邪魔しないで!!」


 心底どうでもいいハチ型械獣の正式名称を聞きながら、唯は焦りに焦った。

 負傷した唯の力では、唯を足止めする械獣を振り払うことができない。

 このままでは妹を、大切な家族を失ってしまう。

 それだけは絶対に嫌だ。



「業炎怒鬼! 私にもっと力をッッ!!」



 願いを口にした直後、首筋をチクリという痒みが撫でた。


 目覚める焔。

 骨髄に押し寄せる温かい波。

 肌が灼けるような熱が体の中心から末端へと伝わってゆく。

 脇腹の痛みが消える代わりに、四肢に力が漲った。


『唯――さ――――!』


 耳元で呼びかける嶺華の声が、遥か彼方に遠ざかる。

 まるで時間の流れが遅くなったかのように、唯の五感が研ぎ澄まされる。

 眼前のハチ型械獣から突き出される下腹部の刺突はスローモーションのように見えた。


「すぅっ……」


 唯は右足を一歩引いて半身になると、極太の針の予測軌道から僅かに外れた。

 そのまま針の先端を凝視しつつ、右腕を振り上げ、肩甲骨を可動域の限界まで引き絞る。

 そして右拳を握りしめながら一息に脇を締めると、械獣の下腹部めがけて真上から肘を落とした。


「はぁッ!」


 根本から砕ける異形の尖槍。

 ハチ型械獣の下腹部が地面に激突し、花壇の畝へと突き刺さる。


「おりゃあッ!!」


 唯はすかさず右足をぶん回し、ハチ型械獣の胴体をサッカーボールのように蹴っ飛ばした。

 直径3メートルの鉄塊が、倒壊したトイレ棟の瓦礫の中へとゴールイン。

 械獣は六本の脚をギシギシとバタつかせていたが、すぐには起き上がれないようだ。

 どの道、針を失った械獣が唯に致命傷を与えることはできないだろう。

 唯はダウンした械獣にそれ以上構うことはせず、梓の元へと走る。

 しかしその時には既に、藍色の鎧を纏う少女は大地から引き離されていた。


「いやああああああ!!!!」


 空から悲壮な叫びが降り注ぐ。

 梓を咥えたハチ型械獣は5メートル、6メートルと、どんどん高度を上げつつ公園から離れていった。


「逃さないッ!!」


 ジャンプでは到底届かない高度まで飛ばれても、唯は諦めなかった。

 ハチ型械獣の影を追って公園を飛び出し、カニ型械獣の残骸の横を通り抜ける。

 空飛ぶ異形の進路上には、並び立つ二棟のビルがあった。


「(ビルの屋上からなら届く!)」


 ビルに向かって猛ダッシュした唯は、建物の敷地を囲うフェンスをよじ登り、側面の非常階段へと不法侵入する。

 律儀に階段を一段一段登るのでは遅すぎる。

 唯は非常階段の手すりに足をかけると、隣り合うビルの壁に向かってジャンプした。

 ぶつかる間際に壁面を蹴り上げ、元いたビル側に舞い戻る。

 着地したのは二階の踊り場。

 再び反対側の壁へと跳躍し、突き出した窓枠の縁に爪先を引っ掛けて三階へ。

 二棟の壁を交互に蹴り上げて強引にビルをよじ登っていく唯。

 あっという間に五階建てのビルの屋上にたどり着く。


「(間に合った!)」


 ハチ型械獣は唯の目線とちょうど同じ高さを飛行していた。

 ビルとの距離はそう離れていない。

 唯は一旦屋上の端まで移動すると、狙いを定めながら腰を低くする。

 スタートを待つ短距離走の選手のような姿勢。

 背部装甲の吸気音が号砲代わりに(いなな)き、四肢に満ちたエネルギーが解き放たれる。


「うおおおッッ!!!」


 骨ばった形状の脚部装甲がコンクリートを踏み砕く。

 屋上の床面に炎鬼の足跡が刻まれるほどの膂力を発揮し、ビルを横切る械獣へと一直線に走り出す。

 たった数メートルの助走で弾丸のようなスピードに達した唯は、ダンッという轟音と共に、ビルの屋上から空へと跳んだ。


 二角の鬼は翼など持たぬ。

 けれど、家族を守るためならば。

 重力なんて振り切ってやる。


「あずさあああああああああああ!!!!!!」


 異形に囚われた妹に向かって手を伸ばす。

 勢いよく跳躍した唯の速度は、ハチ型械獣の飛行速度を上回っていた。

 このまま梓の体にしがみつき、藍色の鎧を咥えている大顎をへし折った後、梓を抱きかかえたまま離脱することができれば成功だ。

 くすんだ黄色の胴体が目前に迫り、救出のイメージが確信へと変わる。

 唯の手が藍虎に届くまで、あと10センチメートル。

 愛する妹の手を掴もうとした、その刹那。


 真横から、恨みがましい羽音が襲った。


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