表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
87/102

第84話 残霧の潜伏者 I


 雑居ビルが見下ろす交差点。

 その中心で骸と化した鋼鉄の異形。

 械獣は完全に機能を停止していた。

 霧に包まれた街にはもう、耳障りな騒音は聞こえない。

 激闘を制した唯は、倒れ伏す巨体の背中から飛び降りた。

 地面に転がる赤黒剣を拾い上げ、無理をさせてしまった刀身を恐る恐る確認する。


「良かった、壊れてはいないみたい」


 網膜プロジェクターに映る長剣のステータスは正常。

 カニ型械獣の大鋏に長剣が挟まれた時は、へし折られてしまうんじゃないかと肝を冷やしたが、炎鬼の剣は相当に頑丈であった。

 刀身が歪んでいないことを確かめた唯は、腰に提げた分厚い鞘に剣を収めた。

 ノコギリのようなギザギザ峰が視界から消えた途端、後頭部を炙られるような熱っぽい感覚がスッと引く。

 代わりに重たい倦怠感がのしかかってきたが、勝利の余韻と思えば悪い気分ではなかった。


「ふぅー、疲れた。でもなんかスッキリしたな」

『…………唯さん』


 唯が気怠げに背伸びをしていると、耳元のインカムから愛しい人の声が響いた。


「あ、嶺華さん!」

『ようやくお返事してくださいましたわね』

「械獣はやっつけましたよ! 見ててくれました?」

『はぁ、ずいぶんと調子のよろしいことで』


 意気揚々と戦果報告をする唯に対し、通話口の少女の声はいささか不機嫌であった。


「どうしたんですか? 途中から嶺華さんの美声が全然聞こえなくて、寂しかったんですよ」

『それはこちらの台詞ですの。何度も話しかけましたのに……唯さんったら、わたくしを無視するなんてひどいですわ!』

「えっ、うそ!? 全く気付きませんでした……ていうか、私には何も聞こえませんでしたけど?」

『ダイレクトコア通信の接続状態は良好です』


 唯が通信の不調を疑おうとするや、間髪入れずに補足するマルル。

 ジャミングの渦中にあっても影響を受けなかったダイレクトコア通信が、今さら不安定になるとは考えにくいか。

 

『マリザヴェール側では途切れることなく業炎怒鬼(ゴウエンドキ)の視点映像を受信できていたことから、神代唯にもこちらの音声が届いていたと推測されます』

「それじゃあ?」

『わたくしの声が聞こえないくらい、唯さんが戦いに夢中になっていただけですの。最後の方なんて、ずっと楽しそうに笑っていましたわ』

「そんな、まさか……」


 嶺華の言う事がにわかに信じられず口元を抑える唯。

 否定材料を探そうとしたが、僅かに上がった口角と喉の乾きが彼女の証言を裏付けてしまう。


「っ、ごめんなさい! 私、またアームズに呑まれて……!!」


 唯は青ざめた顔で謝罪を口にした。

 思い返してみれば、剣を奪われた時からか、それとももっと前、血を吐く妹の姿を見た時からだろうか。

 自分が自分でなくなるような激しい情動がちらほらと顔を出していた気がする。

 痛覚が麻痺し、死と隣り合わせであっても恐怖心を殆ど感じなかった。

 獲物を屠ることに集中しすぎて、耳元で名を呼ぶ声すら認知できない状態。

 それこそが業炎怒鬼の脳波刺激による影響だったのだろう。

 装者の怒りを何倍にも増幅させて力を引き出せる反面、冷静な思考と理性を失わせる諸刃の剣である。


「本当にごめんなさい!」

『…………まあ、今回は械獣を倒せたのですから良しとしますわ。奴らを切り刻むのが楽しいというのは同意しますし』

「私は一切そんなつもりありませんが!」

『何をおっしゃいますの。唯さんは真面目な性格ですけれど、本当は心の中にケダモノを飼っているのですわ。わたくしも薄々分かってきましたの』

「いやいやいや!」

『あら? 別に隠さなくてもいいですわよ。暴れる唯さんも素敵ですわ』

「あわわ……嶺華さんの私に対するイメージが……!」


 嶺華にとんだ誤解(だと信じたい)をされてしまい、頭を抱える唯。

 これ以上、愛する彼女にアブナイ女だと思われては困る。

 戦闘中の言動には気を付けようと決心する唯であった。


『ところで、霧の発生原因は分かりましたの?』

「そういえば……」


 唯はここまで来た目的を思い出し、自分が立っている交差点の周りを見回した。

 辺りにはうっすらと白いもやのような霧の粒子が漂っているものの、建物や公園の様子は十分に視認できる。

 一方で、唯から数十メートル離れると、相変わらず濃霧の壁が包囲していた。

 交差点から延びる道路の向こうに目を凝らすも、霧の奥にある建物は輪郭すら見えない。

 械獣を倒せば霧も一緒に消え去ることを期待していたが、そう単純にはいかないようだ。


「械獣とは別に、霧の発生装置みたいなのが隠されてるってことなのかな?」

『先ほどのコード付きの行方も気になりますわね。いずれにせよ、用心しながら周囲を探してみてくださいまし』

「了解。あ、でも、その前に梓の様子を見に行かなくちゃ」


 唯は嶺華の助言に頷きつつも、まず先に妹が倒れている公園の方へと足を向けた。


『妹さんは械獣にやられたのではないのでしょう? 放っておけばそのうちAMFのお仲間に回収してもらえるのではなくて?』

「軽症って確認できたらそうするつもりだけど、やっぱり心配で」


 梓は外傷が無いのにも関わらず、かなりの出血量だった。

 事態が収束してAMFが来る前に失血死、なんてことになったら悔やみきれない。


『妙な薬を服用しているようでしたわね。一度マリザヴェールで回収して、しっかりメディカルチェックに通した方が良いかもしれませんわ』

「いいんですか!? だって梓は、嶺華さんのことを……」

『妹さんを調べることで唯さんが安心するのなら、わたくしは別に拒みませんの』

「ありがとう嶺華さん!」


 自分に牙を剥いた相手でも受け入れてくれる、嶺華の心の広さには頭が下がる。

 装者としての訓練を受けていなかった梓が短期間でアームズを纏えるようになった理由は謎だ。

 姉として、妹の身体のことは把握しておくべきだろう。

 もしAMFが梓の命を削るような細工をしたのだとしたら、見過ごす訳にはいかない。


「(梓がAMFで敵前逃亡の罪に問われて居場所が無くなったら、マリザヴェールに迎える理由ができるのになぁ)」


 梓を超次元母艦に連れ帰りたくなってきた唯。

 今回の一件で、梓が独力で本物の械獣と戦うのは無理だと分かった。

 次また械獣が出たとして、彼女はまともな戦力とは扱われないだろう。

 人手不足のAMFなら特攻要員として重宝されるかもしれないが、危険な戦闘で命を落とすくらいなら、AMFを辞めさせて唯の手の届く所に置いておきたい。

 そんなことを考えながら歩いていると。


「…………ん?」


 唯の耳、正確には、業炎怒鬼のヘッドギアの集音マイクが、静寂を破る不自然な音を捉えた。


『どうかしまして?』

「なんか、変な音がするような…………」


 公園の入口の前で立ち止まり、耳を澄ませる唯。

 音源は遠い。

 霧の壁の向こうからだろうか、くぐもった音が聞こえてくる。


「なんだろう、この音」

『こちらでも確認しましたわ。コード付きの足音とは違うようですわね』

「うん、もっとこう、連続的な……」


 音は次第に大きくなっている。

 というより、近づいてくる。

 思わず手を顔の前で払いたくなるような、ブブブ……という不快な音が鼓膜をひっきりなしにノックする。

 建物の壁に反響した音を聞いていると、夏の雑木林に迷い込んだような錯覚に陥った。


「これは………………虫の羽音?」


 音圧が一際大きくなる。

 鞘に収めた長剣の柄に手をかける唯。

 その直後。

 濃密な霧の壁を突き破り、何かが飛び出してきた!


「ッッ!!!?」


 唯は咄嗟に、公園の茂みの中へと飛び込んだ。

 その背後を凄まじいスピードで謎の物体が通過する。

 唯は剣を抜き放ちつつ、茂みから顔を出す。

 そして目撃した。

 高速で上空を旋回する、くすんだ黄色の異形を。


 全長約3メートル。

 二本の触角が生えた頭部に、二対の鋭い牙を擁する大顎。

 細身な上半身に対して、風船のように膨れた下半身。

 そして、腹部の先端から突き出した太い針。

 昆虫系の六本脚を持つ身体構造が何を模しているのか、唯にはひと目で分かった。


「今度はハチ型械獣だっていうの!?」


 半透明の翅を高速で動かし、宙に浮かぶ鉄塊。

 地球にいるミツバチをそのまま巨大化させたような異形が空を飛んでいた。

 コード付き、カニ型械獣に続き、本日三体目の械獣である。


「まじか……さっき結構体力使っちゃったんですけど!」

『一度撤退するのもありですわよ』

「いや、戦います。複数体と戦うシチュは仮想戦闘シミュレーターで何回もやりましたし。それに、梓を守らないと!」


 唯が今ここで立ち去ったら、械獣は真っ先に梓を襲うだろう。

 戦意喪失した彼女が勝てる械獣などいない。

 身柄を誰が回収するかは一旦置いておくとしても、彼女を助けるには目の前の械獣を倒すしかなかった。


『ならば気を引き締めてくださいまし』

「嶺華さんも引き続きサポートお願い!」

『お任せくださいな』


 唯は嶺華に支えてもらえる幸せを噛みしめつつ、械獣の方を向いて赤黒剣を構えた。

 連戦は想定外。

 だが、炎鬼のアームズはまだまだ戦えるとばかりに吸気音を唸らせる。

 チリチリと脳裏を焼くような刺激が疲労を忘れさせ、心地よい高揚感が再び心身に満ちていく。


「(っと、いけない! 冷静に、冷静に…………)」


 唯は何も考えずに駆け出したくなる衝動を抑えつつ、空飛ぶ械獣を見上げた。


「どんな攻撃が来る……?」

『ミサイルのような飛び道具があれば、姿を晒す前に使用していた可能性が高いでしょう』

『見たところ遠距離武器は搭載していないようですわね』

「ってことは近接特化? さっきみたいに高速で近づいてきて、あの太い針でブスリ、とかかな」

『ひぃっ! 想像しただけで最悪ですわ!』


 針と聞いてトラウマを刺激された嶺華が声を震わせて慄いた。

 そんな少女の反応に苦笑いを浮かべつつ、唯は上空からの素早い強襲を警戒する。

 ハチ型械獣は唯の斜め上、街路樹よりも高い位置で滞空していた。

 半透明の翅を高速で羽ばたかせることによる安定したホバリング。

 ヘリコプターとはまた違う、耳に残りそうな不快な羽音をひたすら撒き散らしている様は公害そのものだ。

 さっさと叩き落としてやりたいが、残念ながら唯の纏う業炎怒鬼には飛行能力が無い。

 だが、こちらが飛べないからといって、空飛ぶ械獣に手も足も出ないということはない。


「(落ち着いて、降りてくるまで我慢、我慢)」


 過去に遭遇したカラス型械獣との戦いを思い出す唯。

 あの時は、唯に攻撃してきた敵の足を逆に捕まえて、至近距離で攻撃を浴びせることにより撃破した。

 今回も同じように、唯を襲うため降下してきた所を狙えば勝機はある。

 唯はどんな角度からの攻撃も受け止められるよう、長剣を体に引き寄せて構えた。


 …………。

 …………。


 地上と空中で睨み合う両者。

 ハチ型械獣の頭部にある複眼のような器官は、唯をじっと観察するように見下ろしている。

 

「(あれ? 何もしてこないの?)」


 しばらく待ってみたが、ハチ型械獣はただ滞空しているだけで、唯に攻撃はしてこなかった。

 地上から5メートルほど浮いた状態をドローンのように維持している。

 唯が隙を見せるのを待っているのかもしれない。


『敵の手の内が分からないのが嫌ですわね』

「さっきみたいに、こっちから仕掛けて反応を見てみます」


 唯は体を捻り、長剣を持つ腕を腰の後ろまで回す。

 ねじれた体を元に戻す勢いと共に、剣を居合抜刀の如く斬り上げる。

 柄のトリガーを引き絞ると、剣の太刀筋から爆炎が放たれた。


『プロミネンスラッシュ』


 漂う霧を熱波が裂く。

 半月状の炎が上空の異形へとまっすぐに飛ぶ。

 そのまま直撃するかに思われたが、爆炎の弧がヒットする間際、ハチ型械獣が動いた。

 羽音の音程が高くなったのと同時、それまで同じ位置で滞空していた械獣の姿が突如として掻き消えた。


「速い!?」


 残像を置き去りにする瞬間移動のような飛行。

 唯の放った炎は誰もいない空で燃え尽きる。

 目線を横に動かすと、ハチ型械獣は唯のいる公園とは反対側の歩道の上で悠然と旋回していた。

 軽自動車ほどの鉄塊が、瞬きをする僅かな間に片側二車線道路の端から端までを跨いでしまったのだ。


「くっ、あれじゃ手出しできない!」

『わたくしの駆雷龍機(クライリュウキ)ですら、あの速度には追いつけないかもしれませんわね。唯さんの業炎怒鬼ではもっと難しいですわ。素直に降りてくるのを待ちますの』

「ですよね……」


 すぐ目の前に械獣がいるのに、ただ突っ立っていることしかできないのがもどかしい。

 唯が困り顔で敵影を眺めていると、ハチ型械獣は唯の頭上へゆっくりと舞い戻ってきた。

 反撃が来るかと思って身構えたが、依然として仕掛けてくる気配は無い。


「(どうする……?)」


 こちらの攻撃を当てることはできず、かといって警戒を解く訳にもいかず、剣を構えたまま械獣を見上げる唯。

 するとその時、昆虫の複眼のような器官の奥で、妖しげな光がチカチカと瞬いた。


『フッフッフ、また会ったなア』


 停滞しかけた状況を破ったのは、械獣から発せられた合成音声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ