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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第78話 観測不能地帯 III


 濃霧に閉ざされた住宅街の路上。

 冷たくなった無数の屍。

 立ち込める死の香りを風が運んだ。


 つい先ほどまで無風だったのに、ここへきて突然、空気の流れを肌で感じられた。

 嫌な予感がして、咄嗟に身を伏せる唯。

 そしてその予感は的中する。


 ヒュンッ、という風切り音。

 唯の頭上を何かが通過する。


『同じ場所に留まってはいけませんわ!』


 耳元の声に鞭打たれ、唯はバッタのように真横へ跳んだ。

 直後、唯が1秒前まで伏せていた地面から鈍い音が鳴り渡る。

 振り返ると、硬いアスファルトの上に投げ槍のような棒状の物体が突き刺さっていた。


「一体どこから!?」


 唯は長剣の柄を握りしめたまま立ち上がり、辺りを見回した。

 上下左右前後、あらゆる方向が白で埋め尽くされた世界。

 敵がどこにいるかなんて分かるはずがない。

 そう思いつつ顔を上げた時、唯は目撃した。


 霧の海の奥で、黒い人影が蠢くのを。


「あれは……うぐっ!?」


 相手を観察しようと目を凝らした時、唯の体が突如硬直した。

 四肢が痙攣したように震え、思うように動かせない。

 網膜プロジェクターには大量の警告メッセージが溢れ出す。


「な、に…………」


 纏ったアームズのいたるところでエラーが発生。

 多種多様なメッセージの奔流を必死に追いかけるが、見たことのない文言ばかりで、どう対処すればよいかが分からない。

 とにかく機体の制御に不具合が起こりまくっており、そのせいで全身が石のように動かなくなってしまった。

 正体不明の攻撃に晒されている最中にこれはまずい。

 

 すると、取り乱す唯を差し置いて、炎鬼の装甲に変化が起こった。

 頭部から生えた二本の反り返る角。

 その角がチカチカと明滅を始めたのだ。


『コアパルスジャマーキャンセラーの自動発動を確認。神代唯、リカバリーを』

「くっ、了解!」


 インカムから響くマルルの声に頷き、網膜プロジェクターに浮かび上がるリカバリープログラムを指示通りに実行していく。

 視線操作でいくつかのコマンドを入力すると、鎧の痙攣が少しずつ収まってきた。


 コアパルスジャマーキャンセラー。

 アームズの自由を奪うジャミングウェーブ・コアパルスジャマーを打ち消す機能である。

 装者の天敵とも言える力を振りかざす械獣に対抗するため、業炎怒鬼(ゴウエンドキ)に搭載された波動防壁。

 その機能が発動したということは、今まさに同じようなジャミングウェーブを浴びせられているということだ。

 つまり、眼前でゆらめく黒い影は。


「(まさか、こいつがコード付き!?)」


 黒い影の向こうで、投げ槍の穂先がギラリと輝いた。

 紅蓮のアームズは唯の反射神経よりも早く反応し、網膜プロジェクターに赤色のマーカーを表示する。

 各種センサーの情報から導き出した攻撃予測によって、唯を貫かんとする槍の軌道を教えてくれたのだ。


 唯に向かって一直線に槍が飛来する。

 ほぼ同じタイミングで、手足の自由が戻った。


「はあッ!」


 制御を取り戻した腕で長剣を振るい、迫りくる槍を間一髪の所で弾く。

 手のひらを開閉させてアームズが正常動作に戻ったことを確認した唯は、霧の奥を睨みつけた。


 四方八方を白で塗りつぶされた世界に、ぼんやりと浮かび上がる黒い影。

 濃密な霧のせいで唯が物体を視認できる範囲は僅か1メートル以内のはずだが、黒い影だけは例外だった。

 唯のいる位置からの距離は、ぱっと見5メートルほど離れているように見える。

 体の色や顔のパーツはよく分からない。

 なんとなく人型に見える塊が、白いスクリーンの上でゆらゆらと揺らめいている。

 輪郭すらもぼやけていて、まるで下手くそな影絵芝居を見ているかのよう。

 しかし表情が読めずとも、向けられた敵意だけは明確である。

 次なる槍の投擲に備えて剣を構える唯。


 だが飛んできたのは槍ではなく、言葉(・・)だった。


「ホウ、今のを避ケルとハ。同胞ヲ破壊した二本角の地球人ってのはオマエだな」


 複数の男の声を重ね合わせたような合成音声。

 その音が唯の鼓膜に届いた瞬間、不快な記憶が鮮明に蘇る。

 対話可能な高い知性と悪意を示してみせた人型械獣・デリート。

 唯の前に立つ影は、間違いなくそれと同質の威圧感を放っていた。


「やっぱりコード付き……!」

「地球人のくせにソノ呼び名を知っテいる……イリスの奴ラに何か吹き込マレタのか」


 黒い影は流暢な日本語で語りかけてきた。

 明らかに人ならざるモノなのに、人間と同じ言語を操る。

 その様は、脳が拒絶したくなるような不気味さを醸し出していた。

 コード付きとの遭遇は初めてではないにせよ、本能的な恐怖が唯の中から湧き上がる。 

 それに『イリス』なんて単語は聞いたことがない。


「…………、」


 口の中が乾く。

 息を吸っても、何という言葉を発せばよいか分からなかった。

 足元に転がるAMF隊員たちの遺体が無言で警鐘を鳴らす。

 適当なことを言って相手を刺激すれば、どんな恐ろしい結果が待っているか。

 嶺華の言った通り、コード付きは炎鬼の次元障壁を打ち破る手札を隠し持っているかもしれない。

 未知数すぎる相手の力量に怯える唯は、剣を構えたまま固まった。

 黒い影もその場を動かず、唯の反応を伺っているようだ。


「…………」

「…………」


 睨み合う炎鬼と黒い影。

 紅蓮の装甲の下でじんわりと汗が滲む。

 唯が動揺を悟られぬよう黙りこくっていると、耳元のインカムから少女の声が響いた。


『唯さん。絶対に防御の構えを解いてはいけませんわ。その上で、わたくしから提案ですの』


 ヘッドギアの視点映像を共有しているであろう嶺華は、ヒソヒソ声で唯に助言してくれる。


『コード付きはコアパルスジャマーを無効化され、攻め手に迷っているはずですわ。ですから今のうちに唯さんから仕掛けてはいかがですの?』

「(嶺華さん!? 先走りすぎません!?)」


 唯はマイクが辛うじて拾えるくらいの小声で応答する。

 正面突破大好きな彼女らしい提案だが、いささかリスクが高いような気がした。


『慎重になるのも重要ですが、唯さんが纏っている鎧は業炎怒鬼。多少の攻撃は受け流せるはずですわ』

「(でも、こっちの装甲を抜かれるかもしれないって)」

『それはあくまで可能性の話ですの。ここでコード付きを排除できれば、直近の問題は全部解決するのです。ならば勝負に出る価値はありますの。もちろん深追いは厳禁ですけれど』


 唯は霧の中に潜り込んだ目的を思い出す。

 霧の発生原因の調査と、梓と械獣の接触阻止。

 前者の霧を発生させた犯人は、きっとこの人型械獣だろう。

 こいつさえ倒せば後者の目的も達成され、梓やその他大勢の人々の命は助かる。

 街を覆う霧がすぐに消えてくれるかは分からないが、発生装置を探し出して破壊するとか、やり方は後でじっくり調べればよい。

 いきなり本丸が目の前に現れたこの状況は、唯にとってある意味チャンスとも取れた。

 唯の纏う業炎怒鬼にはコード付きの撃破実績がある。

 此度の相手も、全く勝ち目がない訳ではないだろう。


「(……分かりました。やってみます)」


 希望的観測も含みつつ、唯は一戦交える覚悟を決める。


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