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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第70話 反省会と隠し事


 緊迫の救命劇から3時間後。

 一人シャワーを浴びてきた唯は、センタールームの自動ドアをくぐった。


 真っ黒な液体のベトベト汚れは綺麗に洗い流され、気分爽快元気いっぱい。

 ……と言いたい所だったが、シャツの下に隠したお腹の火傷がひりひりと痛む。

 攻撃を回避するためとはいえ、業炎怒鬼(ゴウエンドキ)の爆炎を自分に向けたのは我ながら分の悪い賭けだったと思う。

 本音を言えば今すぐ痛み止めを貰って休みたい気分だ。


 けれどソファーに腰掛けていた先客を見つければ、火傷の痛みなど気にしていられない。

 自分とは比べものにならないほど苦しんでいた少女の後ろ姿に、息をつまらせながら声をかける。


「嶺華さん……」

「ごきげんよう。といっても既に夜ですけれど」


 黄金色(こがねいろ)の美髪に手櫛を通しながら、人形のように整った顔立ちの少女が振り返る。

 髪の隙間から覗くうなじは風呂上がりのように瑞々しい。

 彼女が治療を受けたメンテナンスルームにもシャワー機能があったのか、唯と同様さっぱりとした様子で部屋着に身を包んでいる。

 血色もよく、地上から帰ってきた時の瀕死っぷりが嘘だったかのようだ。


「もう動いて大丈夫なんですか?」

「ええ。この通り、身体が軽いですの」


 ソファーから機敏に立ち上がり、その場で優雅にお辞儀してみせる嶺華。

 ふらつくこともなく、ロングスカートの裾をつまむ上品な所作は普段の彼女と遜色ない。

 それでも不安を拭いきれなかった唯は、ソファーを飛び越えて少女に駆け寄ると、華奢な体躯に抱きついた。

 唯のハグを受け止めて尚、微動だにしない体幹は健在。

 火にかけた鉄板のようだった高熱も収まっており、正常な鼓動が巡らせる体温に安堵する。


「良かった…………」

「あらあら、甘えん坊さんですのねぇ」


 耳元で囁かれた穏やかな声音に、唯の肺腑に満ちた不安感はようやく薄れ始めた。


「本当に、本当に心配しましたよ!」

「唯さんのおかげですわ。ちょっと大胆な手管には驚きましたけれど」

「あはは……すいません、つい」

「どうして謝るんですの? もしや、わたくしへの口づけは冗談でしたの?」

「いえいえいえ! 本気です!! 本気のラブです!!!!」

「うふふふ」


 照れ隠しを慌てて訂正する唯と、口元に手を当ててころころ笑う嶺華。

 強引に唇を奪ったのはこちらなのに、何故か唯の方が手玉にとられてしまう。

 彼女の言う通り体調はすっかり快復しているようだ。

 それを裏付けるかのように、天井から優しい母のような声がかけられる。


『神代唯、ご協力に感謝いたします。マスターの内蔵コアはステータスリセットが完了し、平常状態に戻りました』

「マルルさん! 今度こそ嶺華さんの体は治ったんですよね!?」

『はい。日常生活であれば全く支障なく活動できます』

「それを聞いて安心しました!」

『ただし、当面の間マスターの装動は禁止とさせていただきます』

「そうなりますよね……」

「ッ!」


 愛する大剣との別居を告げられ、嶺華はショックに目を見開いた。


「…………ステ五郎で肩慣らしするくらいは良いですわよね?」

『ダメです。治療中にお伝えした通り、仮想戦闘シミュレーターを含めて一切アームズを纏ってはいけません』

「ぐぬぬ…………ちょっとでも、ダメですの…………?」


 少女が猫なで声で尋ねても、マルルは甘やかすことはしない。


駆雷龍機(クライリュウキ)との同期が未完了の状態で戦闘を行えば、再び内蔵コアが暴走する危険があります。そうなれば、またナノマシンを注射することになりますよ』

「ひぅっ!?」


 その単語を聞いた瞬間、嶺華の体がビクッと跳ねた。

 体をのけ反らせ、蒼白な顔で視線をあちこちに彷徨わせて動揺している。

 内蔵コア暴走の苦しみに加え、トラウマを刺激する入針は相当堪えたのだろう。

 拳をぎゅっと握りしめながら震える少女を宥めるように、唯は彼女の肩を抱く手に力を込めた。


「仕方ないですよ。ちゃんと剣の修理が終わるまで、気長に待ちましょう」

「はいですの……」


 唯の一言が決定打となり、観念したように頷く嶺華。

 震えは収まったものの、気持ちの切り替えは早々すぐにできなさそうな落ち込み様である。

 装動禁止期間中は鬱憤が溜まらないよう、何か気晴らしを提供してあげる必要があるだろう。


「さて、嶺華さん」


 彼女をソファーに座らせつつ、唯は改まって切り出した。

 膝をつくのは彼女の足元。

 昼間の出来事を思い出しながら、先ほどから薄々言おうと思っていたことを口にする。


「またしても妹がご迷惑おかけし、大変申し訳ありませんでした…………!」


 万全でない嶺華に出撃を強いた、そもそもの原因。

 それは自分たち姉妹にある。

 直接襲ってきたのは梓だが、その動機は唯の行いに起因するもの。

 妹の分も含めて自らに責任があると感じた唯は、ふわふわのカーペットの上に額を擦り付けた。

 全力の土下座である。


「ふむ…………そうですわね。唯さんの妹さんはやんちゃで困ってしまいますの」

「いや、もう本当、仰る通りで…………ごめんなさい…………」

「顔を上げてくださいまし。唯さんは悪くありませんわ」

「けど」

「わたくしたちと敵対する組織が、唯さんが抜けた穴を埋めるために新しい装者を充てがった。ただそれだけのことでしょう」

「嶺華さん……」


 嶺華は唯を責めることも、怒りをぶつけることもしなかった。

 少女の慈悲深さに感謝しつつ、立ち上がる唯。

 彼女の隣に腰掛け、目線が同じ高さになった所で、もう一つの気がかりを声に出してみる。


「それにしても、どうして梓はアームズを纏えたんだろう」

「唯さんの血縁者なのですし、装者の適正があったのではなくて?」

「はい、確かに周りの人と比べれば適合率は高かったんですけど、アームズを纏えるレベルには全然達してなくて。訓練も何も受けていないのに、なんで急に?」

 

 梓の双剣と一戦交えた唯は、彼女の力が十分実戦に通用すると確信した。

 唯と別れてからたったひと月で、どうやって械獣と戦える程の力を手にしたのか。

 考えてみればみるほど不可解な事象に首をかしげてしまう。


「以前から唯さんに隠れて鍛錬を積んでいた、とかはありませんの?」

「まさか。梓とはずっと一緒に暮らしてたんです。なのに私が全く気付かないなんて、有り得ませんよ」


 AMFの任務で家を空けることは多々あった。

 だが、梓はいつも笑顔で唯の帰りを待っていてくれた。

 そんな妹が陰で刃を研いでいた、なんて想像できない。


 自信を持って言い切る唯に対し、嶺華はくすりと笑った。


「同居家族とはいえ、隠し事の一つや二つあるのでしょう…………こんな風に」


 そう言うと、彼女はいきなり唯のお腹を平手で叩いた。


「痛ッづッッ!!」


 皮を剥がされるような熱い痛みが弾け、思わず悲鳴を上げる唯。

 さらに嶺華は唯のシャツを強引に捲ろうとする。

 唯は慌ててシャツの裾を押さえつけたが抵抗虚しく、万力のような少女の左手によって火傷痕が露見してしまった。


「あらあらあら。唯さんも怪我をしているではありませんの」

「いや、これは、全然痛くもなんともなくて」

「こんなに腫れていますのに?」

「あう」

「唯さんが取り繕っても、わたくしの目は誤魔化せませんわ」


 いくら強がってみようが、情けない声を出した後では説得力ゼロ。

 厳しく問い詰めるような眼光で睨まれ、唯はやっと正直に白状する。


「うう…………実は、めっちゃ痛いの我慢してました。嶺華さんが死にそうで苦しんでるのに、私が火傷程度で痛がってたら申し訳ないなって」

「はぁ、やはり唯さんは優しすぎますわね」


 褒めるというより呆れたように息を吐いた嶺華は、天井に向けて指示を出す。


「マルル! 処置の準備を」

『承知しました。神代唯に外傷修復を施します』


 外傷修復とは、超次元母艦の設備が提供する高度医療の一つだ。

 培養した本人の細胞塊を吹き付け、傷ついた体組織を新品のように修繕する夢の技術。

 地球の医療ならば痕が残ってしまうような重度の火傷でも、外傷修復に任せれば完璧に治ってしまうだろう。


「そんな大層な治療を私に使っていいんですか? もし貴重な資材を消費するなら、私は包帯と普通の薬で我慢します」

「心配無用ですの。その程度の傷、修復にかかるコストは誤差レベルですわ。気にせず使ってくださいまし」

「え、そうなんですか。ならもっと早く言えばよかった」


 異次元空間を孤独に旅する星船(ほしぶね)において、艦内の資源は無限ではない。

 嶺華の治療に充てるべき医療資源を唯が消費してよいものかと悩んでいたが、杞憂だったようだ。


「でも、外傷修復が使えるなら多少無茶しても大丈夫ってことですよね!」

「…………」

「嶺華さん、どうかしまし……っ痛ッ!!」


 少女は無言のまま、またしても唯のお腹に一発パンチ。

 今度はグーだ。


「な、なにするんですか!?」

「業炎怒鬼の剣は、敵を容赦なく斬り裂き、焼き断つためのもの。そんな剣で自分の体を斬ったらどうなるか、想像できまして?」

「えっと…………」

「最悪そのまま真っ二つですわ! この程度の怪我で済んだのも奇跡ですの!」

「ぐふぅ!」


 嶺華の鉄拳アッパーを喰らいながら、唯はようやく自分が叱られていることに気が付いた。


「それだけではありませんわ。あの後、妹さんの攻撃を無防備に受けていましたわよね。業炎怒鬼のリカバリー性能ならば復帰できたはずですのに、何故やられるがままでしたの?」

「それは、その、私が妹に反撃する資格は無いと思ったので…………ぐぇッ!!」


 痛い所を指摘され、もごもごと口ごもる言い訳は即却下されてしまう。

 病み上がりとは思えない少女の拳が怒気を帯びる。


「それで唯さんが死んでしまったら、わたくしたちの使命も何も果たせなくなってしまいますの! 馬鹿な考えは二度としないでくださいまし!」


 嶺華の言うことは全面的に正しい。

 二人で添い遂げる未来のためにも、唯は倒れる訳にはいかないのだ。

 一時的にとはいえ、正気を失ってしまったことは猛省せざるを得ない。


「分かりました! 分かりました! 私が悪かったです!! すいませんでした!」


 唯が脂汗を浮かべながら両手を上げてギブアップすると、少女はようやく手を止めた。

 その代わり、ジトっとした視線を向けながら釘を刺してくる。


「今度自傷まがいの立ち回りをしたら、許しませんわよ」

「もう絶対しません!」

「約束ですわよ」

「はい! 必ず守るって約束します!!」

「…………よろしい」


 背筋をピンと伸ばして宣誓した所で、やっと少女の声音から棘が消える。

 あんな無茶は本当これきりにしようと、唯は心に決めた。


「あの時は、嶺華さんの雷のおかげで目が覚めました。本当にありがとうございます」

「まったく…………」


 改めて感謝を伝える唯。

 すると、嶺華は少し間を置いてから、ぽつりと呟いた。


「…………わたくしたち、ちょっと似てきたのかもしれませんわね」

「へ? どこがですか?」

「相手のおかげで復活できた所ですの」

「あ……確かに」


 言われてみれば。

 今日は初めてお互いに助け合うことができた。

 唯のピンチに駆けつけてくれたのは嶺華だったし、嶺華のピンチを救ったのは唯だった。

 どちらかが一方的に守るだけじゃない。

 一人が倒れそうになった時、もう一人が手を差し伸べる。

 二人の関係が今までとは少しだけ違っていたことに、唯は心躍らせた。


「私たち、昨日よりずっと仲良くなれたのかもしれませんね!」

「ふふっ、そうですわね」


 込み上げる喜びに頬を緩める唯を見て、嶺華の顔にも今日一番の笑みが浮かんだ。


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