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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第69話 消せない傷を上書いて


 目の前の少女は、間もなく死ぬ。

 命を持たぬ人工知能は全く動揺することなく、平然とした声音でそう言ってのけた。


『ですので、至急マスターを手術台の上に載せてください』

「それを早く言ってよ!!」


 裏返った声で叫んだ唯は、慌てて少女の介抱に戻った。

 自分の手が真っ黒に汚れるのも気にせず、粘性のある液体を垂れ流し続ける嶺華をお姫様抱っこで持ち上げる。

 高温になっているのは胸の付近のみで、背中や腰は素手で触れても問題なかった。

 莫大なエネルギーを生み出すコアユニットが埋め込まれているというのに、嶺華の体は軽い。


「…………お手数、おかけしますわね……」

「無理して喋らなくていいですから! 安静にしてて下さい!!」

「あう……」


 思わず語気を荒らげてしまった唯と、しおらしく黙る嶺華。

 唯は強く言い過ぎたかとも思ったが、いきなり余命数時間などと宣告されれば大声にならざるを得ない。

 口をつぐんだ少女を手術台の上に横たえると、台を囲む無数のロボットアームが千手観音のように蠢いた。

 アームの先端形状は単にモノを掴むためのピンチ型に加え、矢じり型や球体など多種多様。

 いずれも地球の医療機関では見たことのない不思議な機械が付属している。


『まずは身体の精密スキャンを開始します』


 天井の声に合わせて、赤いレーザー光やパラボラアンテナのような測定機器が代わる代わる少女の体に向けられていく。

 医療行為というより、機械の点検。

 嶺華は目を開けたままロボットアームに身を任せている。

 整った顔立ちも相まって、まるで工場で製造されるリアルな1分の1スケールの人形のようだ。


「(嶺華さんは、怖くないのかな)」


 ロボットアームの邪魔にならないよう、一歩引いた位置で見守る唯。

 無機質な鉄塊に素肌を(さわ)られることに対し、少女は嫌がる素振りを見せていない。


 人間の医師よりも正確なアームの動きにしばらく圧倒されていると、検査用と思われる機器が引っ込んでいった。

 精密スキャンとやらが終わり、処置は次の段階に進むようだ。


『内蔵コアの状態確認完了。遠隔によるステータスリセットコマンド受付不能。直接操作が必要と結論付けます』

「直接って、メスでも入れるんですか?」


 恐る恐る質問してみる。

 メンテナンスルームの設備があれば、体を貫くほどの大きな傷ですら跡形もなく修復できることは実証済。

 それでも唯は、少女の白い肌が切り裂かれる様子など見たくなかった。


『そのような原始的な手段に意味はありません。マスターの内蔵コアは心臓と接続されており、外部端子の接続は不可能です』


 文字通り、アームズと一心同体。

 人体に血液を巡らせる最重要器官と、機械の鎧に動力を供給する最重要機関が繋がっている。

 心臓疾患を持つ人が装着するペースメーカーと似ているが、コアユニットは兵器だ。

 戦場に立てば自ら急所を敵に晒すことになり、今回のように故障が発生すれば生命の危機に瀕してしまう。

 日常的に整備が必要な機器なのに、人体の中核に埋め込んでしまっているため保守性は最悪。

 外科的手術によって胸を開く方法以外で、どうやってコアユニットをメンテナンスするのだろうか。


 すると唯の疑問に答えるかのように、1本のロボットアームが進み出た。


『内蔵コアの暴走状態を解除するため、マスターの体内にナノマシンを注入します。赤血球と同等サイズのナノマシンが血管を通って胸部のコアまで進み、ステータスリセットコマンドを入力することでコアを平常状態に戻します』

「そんなことができちゃうんですね……!」


 ナノマシンを医療に利用するという研究は唯の知る地球でも行われている。

 だが、赤血球クラスのサイズで実用化できたという話は聞いたことがない。

 相変わらずのオーバーテクノロジーっぷりに唯は驚くばかりだ。


 目を凝らしてロボットアームの先端をよく見てみると、髪の毛並みに細い針が取り付けられているのが分かる。

 これほど径の狭い針ならば、玉の肌を傷付けることなくナノマシンを血管に送り込めるだろう。


『マスターは腕を真っ直ぐに伸ばし、力を抜いてください』


 額に汗を滲ませる嶺華は首だけを動かし、自身の左腕に近づく極小の名医を視界に捉える。

 天井から響く機械音声に従い、そのまま脱力する…………かと思いきや。


「マルル、まさかその針をわたくしの体に刺すつもりですの……?」

『はい。申し上げた通り、血管内にナノマシンを』

「無理ですわ!!!!」


 嶺華は突然、跳ねるように身を起こした。

 先ほどまで大人しくロボットアームの検査を受け入れていたのに、いきなり手術台の上で暴れだす。


「嶺華さん!? 一体どうしたんですか!?」

「無理! 無理!!」


 針付きのアームから逃れるように身を捩り、そのまま床に転げ落ちる嶺華。

 タールのような黒い液体が唯の頬にまで跳ねた。


「はぁっ、はぁっ…………無理ですの…………!」


 嶺華は汚れた床の上で体を丸め、蒼白な顔で息を乱している。

 彼女の尋常ではない様子に、唯は困惑するしかない。


「マルルさん? ナノマシンって、安全性は大丈夫なんですよね!?」

『はい。拒絶反応等が発生するリスクは0.1パーセント以下です。それに、マスターの身体にナノマシンを使用するのは初めてではありません』

「そっか、そういえば……」


 デリートに敗北し、嶺華がAMFに囚われてしまった時。

 大怪我を負った嶺華に対し、AMFの疑似ウイルス兵器・V-105が追い打ちをかけた。

 その際、医療素人の唯に代わって病状の進行を遅らせた功労者こそ、メンテナンスルームで使用されたナノマシンである。


『内蔵コアの暴走状態を放置することの方が高リスクです。神代唯、直ちにマスターを手術台に戻してください』

「りょ、了解!」


 マルルに促され、再度嶺華の体を持ち上げる唯。

 しかし、少女は唯の腕の中でじたばたと藻掻きだし、危うく落としてしまいそうになる。


「嶺華さん! 落ち着いて下さい! ナノマシンは安全だそうです」

「ナノマシンを使うのは良いですわ。けれどそのアームは嫌ですの。飲み薬などに変更してくださいまし!」

『現状のナノマシンは経口摂取に対応しておらず、本艦施設で調整することも困難です。マスターの生命が危険な状況ですので、選り好みをしている時間はありません』

「あ、う……それは……そうですけれど…………」


 訴えが退けられ、口籠る嶺華の動きが止まる。

 その隙に唯は再び彼女を手術台の上に乗せたのだが、やはり彼女はロボットアームの先端を見て悲鳴を上げた。


「ひぃっ!! やっぱり無理ですの! 注射は、絶対に、嫌…………」


 何故、嶺華がここまで注射に怯えているのか。

 彼女の悲痛な声を聞きながら、唯はある可能性に思い至る。


「もしかして、注射がトラウマに?」


 体を蝕む疑似ウイルス兵器を強制投与され、彼女は生死を彷徨った。

 その際意識は朦朧としていたかもしれないが、無理やり注射を打たれたことや、地獄のような苦痛は体が覚えているのだろう。

 唯が救出したことによって傷は治療され、疑似ウイルスはとっくに除去されている。

 しかし、その忌まわしき記憶までは彼女の中から消すことができなかったのだ。


『処置を開始します』

「まっ、待ってくださいまし!!」


 ロボットアームが少し動いただけで、嶺華の額から大粒の汗が噴き出す。

 肩を縮こまらせてガタガタと震える姿は、まるで処刑執行を告げられた囚人のよう。

 雷龍の威厳など影も形もなく、恐怖に支配された無力な少女がそこにいた。


「嶺華さん、大丈夫です。私が付いてます」


 半ば無意識のうちに、唯の両手は少女の手を握っていた。


「唯さん……」

「嶺華さんが苦しいのは嫌ですけど、このまま嶺華さんが死んじゃうのはもっと嫌です。処置が終わるまで私がずっと一緒にいますから…………ここは我慢しましょう!」

「でもっ、注射だけは、本当に無理なんですの!」


 首をふるふると振って嫌がる嶺華は細針から1センチでも離れようと、唯の手を振り払って逃げようとする。

 手を離すまいと力を込めながら、唯はどうすれば彼女を救えるのかと思考を巡らせた。


 マルルの言う通り、内蔵コアの暴走を止めるには血管内にナノマシンを注入してもらう他ないだろう。

 だがいくら安全性を説明した所で、彼女の体に刻まれたトラウマは簡単には消えない。

 ならば、彼女の意識を注射から逸らすのはどうか。

 一時的にでも恐怖を忘れさせることができれば。


 即興で作戦を立てた唯は、少女の顔をまっすぐに見つめつつ声を張り上げた。


「そういえば! 明日の朝食は、ハンバーグにしようと思います!」

「へ?」


 いきなり脈略の無い話題を投げつけられ、目を白黒させる嶺華。

 唯は間髪入れず、畳み掛けるように献立の話を掘り下げる。


「嶺華さんはハンバーグって知ってますか?」

「い、いえ……聞いたことありませんわ」

「挽肉を練り固めて焼いた料理なんですけど、これがめちゃくちゃ美味しいんです」

「お肉料理ということは、白米にも合いそうですわね」

「もちろんめっちゃご飯が進みますよ! 味付けは和風とデミグラス、どっちがいいですか!?」

「何が違うんですの?」


 彼女が食いついてきたことに内心喜びつつ、唯は説明を続けた。


「デミグラスは今朝のオムライスにかかってたのと同じです。和風はすりおろした玉ねぎとかを煮込んだソースで、甘じょっぱい感じがお肉と相性抜群ですよ!」

「ふむふむ。どちらも美味しそうで決められませんわ」

「じゃあ両方作るので、食べ比べするのはどうでしょう!」

「まあ、それは楽しみですわ…………ひぃっ」


 味付けの話題に引き込んだ所までは良かったのだが。

 柔肌に針が触れた瞬間、少女の体がビクッと強ばった。


「あ、あ、抜いて…………くださいまし…………!」

「大丈夫! 大丈夫ですから! これは敵じゃなくて、マルルさんの安全な治療です! 毒とか悪いものじゃないです! 嶺華さんの苦しいのを治すための」

「いや…………無理ですの………………!」


 恐怖に染まった嶺華の視線はロボットアームの先端に釘付け。

 唯の料理の話など吹き飛んだ様子で、状況は振り出しに戻ってしまった。


「(何か、他に気を逸らせることは…………)」


 ご飯の話題作戦は失敗。

 一発ギャグでも披露してやろうかと思ったが、唯と会話する余裕の無い状態では何を聞かせても無駄だろう。

 そもそも少女の気を引くようなギャグのレパートリーなど持ち合わせていない。


「(こうなったら…………ええい、ままよ!!)」


 良いアイデアが何も浮かばずに焦った唯は、強行手段の極みに達する。

 彼女が弱音や悲鳴を漏らせぬよう、物理的に口を塞ぐ。


 すなわち、嶺華の唇を奪った。


「んむぅっ!?」


 唯の突然の暴挙に仰天し、カッと目を見開いたままフリーズする嶺華。

 トラウマを刺激されて錯乱する彼女と同じくらい、唯自身も冷静さを欠いていたのかもしれない。

 それほどまでに、唯は少女を助けようと必死だった。


「(嶺華さん…………ごめんなさい…………でも…………)」


 弱った彼女に不意打ちのキスなんて、卑怯だと思う。

 負い目を感じながらも唯は、少女の手をギュッと握りしめる。

 唯を睨む嶺華の目は何か言いたげだったが、敢えて無視。


 彼女の不安をかき消すには、言葉では力不足だ。

 ならば行動で示すのみ。

 唯はただ、自らの温もりを彼女に伝えてゆく。

 ある意味これも肉体言語と言えるのかもしれない。


 …………………………………………。


 永劫とも思える時の狭間にて、無言の口づけが続く。

 ロボットアームがどんな動きをしようとも、唯は決して少女の手を離さなかった。


 やがて諦めたように目を閉じる嶺華。

 少女の強ばった体から、徐々に力が抜けていった。


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