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第6話 ファースト・コンタクト


 ふと気付けば、雨が止んでいた。

 ビルの隙間に浮かんでいた大空裂は消え失せ、銀色の残骸が炎を燻らせる。


 濡れた路面にただ一人、機械大剣を背負う龍。

 3体の巨大械獣を葬った少女は、倒れ伏す唯のもとへと歩いてきた。


 「大丈夫ですの?」


 呆れたように唯の顔を覗き込む少女。


 式守影狼のオーバーヒートは回復し、少しだけなら体を動かせるようになっている。

 唯は立ち上がろうとしたが、肋骨と背中に針を刺されたような痛みが走った。


 「痛……うぅ…………」


 「まったく、格上相手に一人で挑むなんて無謀ですわ。死にたいんですの?」


 見ず知らずの少女にいきなり叱られた。

 無茶だったのは唯も重々承知だ。

 それでも、小さな命を見捨てるのは嫌だった。

 唯は女の子がいたビルを指さしながら声を絞り出す。


「あの中……逃げ遅れた子供が」


「…………なるほど。ちょっと待っていてくださいまし」


 頷いた少女は軽く地面を蹴った。

 急加速する龍の鎧。

 少女は地面すれすれを飛翔し、瞬く間にビルの中へ入っていく。


「(まさか女の子を斬ったりしないよね)」


 一抹の不安を抱く唯だったが、龍の少女はすぐに戻ってきた。

 その手には、唯が見つけた女の子が抱きかかえられている。


「はい、連れてきましたわ。貴方も怪我は無いですわね」


 少女は黒い手甲で女の子の頭を撫でた。

 ゴツゴツした感触に驚いた様子の女の子だったが、敵意の無い声を聞いて安心したようだ。


「あり……がと……」

「あら、どういたしまして」

「お母さんはどこ?」

「…………」


 無言で微笑を浮かべる龍の少女。


 途端に泣き出しそうになった女の子を見て、唯はすかさずフォローを入れる。


「きっと、お母さんもシェルターに避難してると思う。近くのシェルターの場所は分かる?」


 女の子はぶんぶん頷くと、シェルターの方角へ走っていった。


 龍の少女は、女の子の背中をじっと見つめている。


 改めて、二人きり。

 唯は恐る恐る少女に声をかけた。


「あの、ところで……貴方は?」


「人に名を訊ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」


「へ?」

「ふふ、冗談ですわ」


 いたずらっぽく笑う少女は、そっと唯に手を差し伸べてきた。



「わたくしの名は、嶺華(れいか)と申しますの」



 その名を聞いた瞬間。

 その手を取った瞬間。

 見上げた視線が交わった瞬間。


 唯の心臓が、どくんと跳ねた。


 美しい瞳から、柔らかな微笑みから、目が離せない。

 痛くて動けなかったはずなのに、全身が麻痺したように痛みを忘れる。

 今まで生きてきた中で、初めて経験する胸の高鳴り。


 石像のように固まった唯は、ただただ、嶺華に魅入っていた。


「ちょっと。わたくしが名乗ったのですから、貴方の名前も教えてくださいまし」


 呆ける唯に、嶺華は怪訝な目を向けてくる。


「あ……私、神代唯っていいます」


 乾いた舌を慌てて動かすと、消え入りそうな声が出た。

 雰囲気に圧倒されている。

 何か話さないと。アームズのこととか。


「唯さん。貴方は自分の命を捨ててでも、あの子を助けたかったんですの?」


 唯が話題を思いつくよりも先に、嶺華は真剣な眼差しで問いかけてきた。


「死ぬのは嫌です。でも、子供の命を見捨てるなんて、もっと嫌ですから」


「他者のために身を尽くす。それが、貴方の使命ですの?」


 使命、と来たか。

 彼女は唯を見定めようとしているのだろうか。

 小手先の言葉で取り繕うのは苦手。

 ならば、思ったことを真っ直ぐに伝えるだけだ。


「私は使命とか、そんな大層な人間じゃない。ただ、ここで逃げたら、梓の前で胸張れないなって。そう思ったんです」

「梓?」

「あ、ごめんなさい。梓っていうのは、私の妹です」

「妹……それは、唯さんにとって大切なものですの?」


 少女の問いに、唯は迷わず即答した。


「はい。梓は、私の大切な家族です」


「家族…………」


 嶺華はそのまま黙ってしまった。


 会話が途切れる。


「あの、私、変なこと言いました?」


「…………家族のために、戦う。ふーん。ちょっと羨ましいですわ」


 口を開いた嶺華は、どこか他人事のように語った。


「唯さんは、きっと優しい人なのですわね。わたくしだったら、誰かのために身を捧げるなんてできませんもの」


 自分は優しくないと言いたいのか、とは指摘できない唯だった。


「ふふ、まあいいですわ。その優しさを大事にしてくださいまし」

「あ、ありがとうございます?」


 褒められているのだろうか。


「それではわたくしはこれで失礼しますわ。ごきげんよう」


 嶺華は上品にお辞儀をすると、くるりと踵を返した。


「え!? 待って!」


 呼び止める間もなく、龍脚装甲が地面を蹴った。

 軽々とビルを越え、飛び去っていく龍型アームズ。

 嶺華の姿はあっという間に見えなくなった。


 今度こそ一人残される唯。


「(結局、名前しか聞けてないし)」


 嶺華は何者なのか。

 あのアームズは何なのか。

 端から端まで分からない少女だった。


 その時、遠くの空からヘリコプターの回転音が聞こえてきた。


「(AMF医療班のヘリ! 助かった!)」


 やっと帰れる。

 安堵した直後、唯の体が激痛を思い出した。

 どっと押し寄せる疲労感。

 足腰から力が抜け、再び地面に倒れ込む。


 唯は受け身を取ることすらできず、そのまま意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇◇



 AMF関東第三支部。


「式守影狼、回収完了しました」

「損壊率80%超え。パーツはほとんど新品に交換っすね」

「装者は何箇所か骨折しているものの、命に別状なし。このまま医療班エリアに収容します」


 司令室と呼ばれる大部屋では、オペレーターが慌ただしくキーを叩いていた。

 戦闘が終わった後も情報収集に追われ、休憩時間は当分先だ。


 中央の大型モニタには、偵察用ドローンが撮影した映像が何度もリピート再生されていた。

 司令の佐原は、部屋に詰める隊員たちと共に、食い入るようにモニタを見つめている。


 カメラが捉えていたのは、黒銀のアームズを纏った少女の姿だ。

 龍を象ったシルエットが縦横無尽に駆け回り、巨大械獣を屠っていく。


「この移動速度は何だ? ジェットエンジンでも積んでるのか?」

「映像の乱れから推測するに、あの翼のような背部ユニットが空間を歪めているようです」


 佐原の質問に応えるのは、械獣の分析を得意とするオペレーター・紫村(しむら)だ。


「濃密な次元障壁を展開すれば、上方向の跳躍力を横方向の推進力に変換したり、重力や空気抵抗の向きを変えたり……といったことができるはずです。理論上は」

「理論上?」

「この技術はAMFでは実用化されていません。試作機すら作ることはできないでしょう」


 普段アームズの整備に携わっている隊員でも、そんな狂った加速方法は聞いたことがないと首を振った。


「だが現に、実戦投入している奴がいるじゃないか」


 佐原が指差すモニターでは、ビルとビルの合間を自在に駆け回る龍の姿がはっきりと写っている。


「機動力だけではない。奴の次元障壁はドルゲドスの拳を真正面から受け止めて見せた。それに最後の光の刃。一体なんだ、あの狂った出力は? 機動力、防御力、攻撃力……何もかも、我々のアームズ技術を上回っているではないか!」


 危機感をひしひしと語る佐原は、苛立たしそうに机を叩いた。


「一体、どこの組織のアームズなんでしょうか」

「それを大至急突き止めねばならん」


 司令室に推測が飛び交う。


「連邦に所属していない小国が極秘裏に開発していた……とか?」

「連邦政府が毎年アームズ開発にいくら投資してると思ってるんだ。AMFより進んだ技術を持った国なんぞ有り得ない」

「ゼネラルエレクトロニクス社の新型機の実地試験でした、とかですかね?」

「そんな実験するなら、まず我々に一報あるはずだろう」


『ゼネラルエレクトロニクス社』はAMFにアームズを卸している大企業だ。

 本当に新型機を作ったら、お披露目会から大々的にプロモーションがないとおかしい。


「うーん、じゃあ一体……」


 仲良く首をかしげる隊員たち。


 その時、紫村が何かに気付いた。


「あれ、この械獣の壊れ方……」


 大型モニターに映るドルゲドスの残骸。

 恐怖の化身のような体躯は跡形もなく爆散し、黒焦げになった装甲板があちこちに散らばっている。

 まるで巨大な隕石に轢かれたかの如く、木端微塵の破壊痕であった。


 そんな話を、最近どこかで聞いたような。


「世間を騒がせている『カミナリ械獣』の痕跡に似てませんか?」


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