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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第62話 愛が欲しくて藍牙を欲す


 路面いっぱいに広がる白い灰を踏みしめながら、唯の方に近づいてくる少女。

 (だいだい)に色づく夕陽に照らされ、背伸びした影が地に落ちる。


「あず、さ…………?」


 やけにロックな風貌には驚いたが、目を凝らして見ても間違いない。

 唯の前に現れたのは、血の繋がった妹だった。


 オーバーサイズの外套を着込んだ梓は、唯とAMF隊員たちの間へ割って入るように立ち止まる。

 彼女の大きな背中に向けて、リーダー格の男が声をかけた。


「お、お疲れ様です、神代隊員……」


「離れてて」


 たった一言。

 梓の返事を聞いた途端、男は血相を変えて叫んだ。


「ッ! 退避! 今すぐ退避だ!!」

 

 弾かれたように走り出すリーダー格の男。

 すると彼に続き、他の隊員たちも脱兎の如く逃げ出した。

 ライフル銃を地面に置いたまま、梓に背を向けて散り散りに去っていく隊員たち。

 先ほどまでの硬直が嘘のように素早い撤退だった。


「?」


 呆気にとられ、長剣を下ろして首を傾げる唯。

 不可解な状況だが、結果的に梓と二人っきりになることができた。


「とにかく、あんたは無事だったのね」


 妹が、家族が生きている。

 それを確認できただけで、唯は最低限の安心を得た。

 あとは梓の近況を聞ければ、外出の目的は達成だ。


「無事? わたしが?」

「うん。帰ってみたらこんなことになってて、訳わかんなくて。

 梓の身に何かあったんじゃないかって、心配だったんだから。

 無事で本当に良かった!」

「………………そう」


 柔和な笑みを浮かべる唯に対し、妙に落ち着いている梓。


 1ヶ月ぶりの再会。

 妹が生まれた時から、顔を合わせない期間がこれほど空いたことは無い。

 普段の彼女ならば、唯の姿を見ただけで泣きながら胸に飛び込んでくるはずだ。

 しかし、梓の目は厳しく据わったままだった。


 重度のシスコンらしくない反応に違和感を覚えながらも、目の前に広がる我が家の残骸について説明を求める唯。


「それで、一体何があったの? どうして私たちの家が全焼しちゃってる訳?」

「お姉ちゃんのせいだよ」

「へ?」


 戸惑う唯に冷たい視線を向ける梓は、低く掠れたような声で淡々と語った。


「世間はね、お姉ちゃんのことを、わたしたち人類の『敵』だって認識してるの。

 装者でありながら、械獣の(がわ)についた裏切り者。

 もちろん、その妹であるわたしもね」

「っ、それは違うでしょ! 梓は何もしてないじゃない」

「レンタイセキニンって奴? わたしはねぇ、もうこの街では暮らせなくなっちゃったの」

「何を、言ってるの……?」


 激情を腹の底に押し込めたかのような語り口。

 煤けた瓦礫からうっすらと立ち上る白煙が、彼女の話の不穏さに拍車をかけている。

 

「この街は戦場になった。

 人が沢山死んだ。

 生き残っても、自宅や家族を失って、立ち直れないままの避難者が大勢いる。

 元の生活に戻れずに、次に現れる械獣に怯えながら過ごしてる。

 …………その人たちにとって、裏切り者の家族はどう映ったと思う?」


 炭化した柱を睨みつけながら、梓は苦々しく唇を噛んだ。


「皆がわたしを嫌った。わたしを憎んだ。

 わたしはずっと一人で、その人たちの怒りを受けるしかなかったの。

 最初は嫌がらせの電話と手紙だけだったけど、次第にエスカレートしていった。

 家の壁に落書きされたり、石を投げ込まれたりとかね。

 最後は火をつけられて、この有様だよ」


 械獣に襲われたのではなく。

 人間の憎悪によって、梓の家が、生活が奪われた。

 18歳の少女が放火という極悪犯罪の餌食となった。


「ふふふふふ…………どう? 惨めでしょ?」


「そん、な」


 衝撃で言葉を失う唯。 


「お姉ちゃんが帰ってこなくて。お姉ちゃんに会えなくて。

 わたし、すっごく辛くて、寂しかった」


 言われなくても分かる。

 この1ヶ月、梓は地獄のような日々を送っていたのだろう。

 疲れ果て、荒んだ瞳が何よりの証拠だ。

 そして、梓の心身が傷ついた原因は疑う余地もなく、唯の行動にある。

 言い逃れできぬ事実に、唯は地面に膝をついて懺悔した。


「ごめんなさい………………私の、せいだ…………」


 嶺華と共に神代家を訪ねた日。

 あの時、梓を引きずってでも母艦に連れていくべきだった。

 彼女を独りにしてしまったことに後悔が募る。


「お姉ちゃんを責めるつもりはないよ」


 梓は視線を唯に、というより、唯の手に握られた赤黒剣へと戻した。


「悪いのは全部、お姉ちゃんを操ってるあの(・・)女なんだから」


 穏やかだった声音に棘が立つ。


「は? 嶺華さんは私の」

「いいのいいの。もうしゃべらなくていい」


 唯の反論は、拒絶に満ちた作り笑いに封殺される。


「だって…………」


 オーバーサイズの外套を脱ぎ捨てる梓。

 隠されていた彼女の本当の格好が、夕陽の下に晒される。


「ッッッッ!!!?」


 それ(・・)を見た瞬間、唯は激しく混乱した。


 梓が着用していたのはAMFの制服。

 予備隊のものではなく、正規隊員に与えられるものだ。

 しかも、何故か事故に巻き込まれたかのように傷んでいる。

 ロゴマークは色褪せていない新品のようだったが、汚れやほつれがあちこちに目立つ。


 服だけでなく、梓自身の体もボロボロだ。

 特に両手の傷はひどい。

 全ての指に複数枚の絆創膏が貼られ、手のひらには血の滲んだ包帯が巻かれている。

 まるで、剣山に手を突っ込んだような荒れっぷりであった。


 だがしかし。

 唯が最も目を奪われたのは、汚れた衣服でも、痛々しい怪我でもない。


 彼女の腰の両側。

 合皮のベルトで固定された二つの物体。


 見た目は同じ。

 どちらも見覚えのある素材でできた、ずっしりと重そうな筒状のもの。


 それは、鞘に収まった二振りの短剣だった。


「お姉ちゃんは、わたしが、わたしの手で取り戻すから」


 傷だらけの腕を胸の下で交差させ、漆黒の鞘に手をかける梓。

 唯を、正面の()をまっすぐに見つめる瞳は、氷のように冷めている。

 乾いた唇から、絞り出すような低い声で、認証の言葉が紡がれた。



式守景虎(シキモリカゲトラ)、装動」



 閃。

 瞬きよりも速く抜き放たれた双刃が、少女の前で水平に交わる。


 烈。

 刃の軌跡をなぞる光が虚空を傷つけ、二重(ふたえ)の半月を鮮やかに(えが)く。


 迅。

 引き裂かれた世界の隙間から、ビュウと吹き(すさ)ぶ一陣の風。


 土を、砂を、灰を吸い込みながら成長していく上昇気流は、梓を中心に渦を巻く。

 モノクロの竜巻が少女を包み、強まる風の音が地を揺らす。

 暴風の隙間から、青白い光が(あふ)れ出る。


 唖然と眺めていた唯は、気付けば宙を舞っていた。

 竜巻から四方に撒き散らされる突風に殴られ、体がアームズごと後方へ吹き飛ばされたのだ。

 唯に限らず、地面にあったもの全てが暴風に呑まれた。

 側溝の石蓋すらもめくれ上がり、遥か遠くへ転がってゆく。


 よろめきながら立ち上がり、驚嘆に目を見開く唯の視線の先。

 モノクロの竜巻が一気に爆ぜた。

 中から繰り出された数多(あまた)の斬撃が、文字通り風を斬ったのだ。

 暴塵のカーテンを喰い破り、姿を現す鋼の鎧。


 装甲表面の色は、濃い(あい)色だった。

 四肢の先に備わったネコ科を思わせる鋭い爪。

 頭部には丸みを帯びたケモミミ型アンテナ。

 全身を通して見れば、半人半獣のようなシルエットだ。


 素体となっているのは未成熟な18歳の少女。

 ミニスカートのような腰当ての下から覗く太腿は、触れれば折れてしまいそうなほど細い。

 けれど、その小さな両手には、切れ味だけを追い求めたような銀の短剣が握られている。


 装甲から鳴り響く電子音声が、風斬の狩人の名を告げた。



『マッハ・ファング』



 唯がAMF所属時に使用していたアームズ・式守影狼(シキモリカゲロウ)

 旧き相棒と酷似した藍虎(らんこ)のアームズが、唯に対して牙を剥く。


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