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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第60話 ランチタイム・ウォンテッド


 20畳を超える広大な居室。

 二人暮らしには過剰すぎるダイニングキッチンから漂うのは、デミグラスソースの匂い。


「お待たせしましたー!」


 エプロンを付けた神代唯(かみしろ ゆい)は、二人前の昼食を抱えて現れた。

 お皿の上には、キラキラと輝く卵白に包まれたオムライス。


「まぁ! 美味しそうですわ!」


 行儀よくテーブルに着きながら、黄金色(こがねいろ)の長髪の少女が舌鼓(したつづみ)を打った。

 彼女の名は覇龍院嶺華(はりゅういん れいか)

 唯の恋人であり、唯の大切な家族だ。

 ふと目を合わせただけで、彼女の整った顔立ちに見惚れてしまいそうになる。

 フリル付きの黒いワンピースを着ているのも相まって、その美しさは精巧な人形のようだった。

 嶺華と向かい合わせに着席した唯は、スプーンを配膳しながら得意げに胸を張る。


「今日もベストスコアを更新できたので、卵マシマシにしちゃいました!」

「最初は3体倒すだけで日が暮れていましたのに、午前だけで5体のディノトレーナーを倒してしまうなんて。唯さんはもうほとんど業炎怒鬼(ゴウエンドキ)を使いこなしていますわね」

『はい。現在の神代唯ならば実戦にも十分耐えうるでしょう』


 二人の生活をサポートするAI・マルルからもお墨付きを貰い、唯はさらに上機嫌になった。


 炎鬼の装甲と身を重ねてから早1ヶ月。

 過酷な修行の日々を乗り越え、唯は赤黒剣の扱いにだいぶ慣れてきた。

 AMF所属時に戦った3メートル級の械獣程度であれば、5分以内に粉砕できる自信がある。


 もちろん嶺華の相方としての主婦活動も怠らない。

 毎日の食事は味気ないペースト状の艦内食に代わり、唯の手料理を振る舞うのが習慣となっていた。


「「いただきます!」」


 手を合わせて声をハモらせる二人。


 ふわふわの羽衣にスプーンを差し込むと、半熟の黄身がとろりと溢れた。

 玉子とライスとデミグラスソース。

 3つが絶妙に混ざりあった香りが鼻孔をくすぐり、口内が待ちきれないと言わんばかりに唾液を分泌する。

 嶺華は興奮した面持ちでスプーンを口へと運んだ。


「~~~~っ! 美味しいですの!!」


 ひと噛みひと噛み咀嚼する度、頬に手を当てながら恍惚とした表情を浮かべる嶺華。

 唯はそんな彼女の笑顔を見ているだけで、訓練の疲れが吹き飛んでしまう。


「ご飯は少し火を入れて炒飯風にしてみたんです。どうですか?」

「パラパラしたお米が半熟卵のトロトロ感を引きてていますわ! 唯さんはやっぱり天才ですの!」

「レシピ本の受け売りですけどねー」

「レシピ通りに美味しく作れるのも、素晴らしい才能ですわ」

「えへへ、ありがとうございます」


 少女にべた褒めされて照れる唯。

 内心ではもっと塩気があった方が良いとか、多少なりとも反省点が思い浮かぶ。

 けれどここは、プロの料理人が営むレストランではない。

 人間が二人しかいない艦内生活では、相手が喜んでくれたら100点満点なのだ。


「サラダも食べて下さいね」

「もちろんですわ!」


 炭水化物だけでなく、栄養バランスもしっかり考えられたメニューに隙は無い。

 唯が和え野菜の載った深皿を差し出すと、嶺華は食器箱に手を伸ばした。

 左手に握られたのは、(うるし)塗りの木製箸。

 嶺華のマイ箸である。

 以前は箸の扱いなど一ミリも知らなかった嶺華だが、最近では毎食一皿は箸で食べるようにしていた。


「嶺華さんも速攻でお箸をマスターしちゃいましたね」

「ふふふ、わたくしは器用なんですの。いつかは唯さんと一緒に、和食を箸だけで食べてみせますわ!」

「楽しみにしてます」


 レタスの上の大豆を箸先で難なくつまむ嶺華の姿を、唯は微笑ましく見守っている。


 右腕を喪失する大怪我を負い、この1ヶ月は剣に触れずに過ごしてきた嶺華。

 唯が長剣を振り回している間も、嶺華自身は一度も戦闘訓練に参加していない。

 しかし、彼女は自分にできることからリハビリを始めていた。

 箸を使う習慣は、利き手、すなわち剣の持ち手を左に移すための訓練だろう。

 唯が業炎怒鬼を使いこなしつつあるのと同じように、嶺華も戦線復帰に向けて少しずつ前進しているのだ。


「レタスはそれで終わりだから、また午後にでも買い出し行ってきますね」

「たまにはわたくしが行ってもいいのですけれど」

「嶺華さんは留守番しててください! …………私の精神安定のために」

「はいはい、言ってみただけですの」


 神代家の一件以来、二人は一度も外出デートをしていなかった。

 地上に出るのは必ず唯一人と決めており、食材の買い出しに限って短時間で行っている。

 嶺華を再び地上に連れ出すのは、もっと時間が経ってからでいい。


「今日はどこの店に行こうか……たまには輸入菓子とかも買ってみようかな。だったら大きめの店だよね…………」


 唯は現在、基地と自宅のある敷城(しきしろ)市に近づくことを自粛している。

 代わりに関東近辺の無人スーパーマーケットをランダムに選定して訪れることで、AMFと鉢合わせる事態は今のところ回避できていた。

 もちろん見ず知らずの街の店がどんな商品を置いているのかなんて知らないが、わざわざ下見に行く必要は無い。

 天井に向けて声をかければ、優秀なサポートAIが直ちに調べてくれるからだ。


「マルルさん! まだ私が行ったことなくて、生鮮食品と輸入食品を両方扱ってる店を探してくれませんか?」

『検索範囲はいかがいたしましょう』

「できれば、30分以内に行ける所でお願い」

『承知しました。該当店舗の検索を開始します』


 唯たちが暮らす超次元母艦・マリザヴェールは、地球上のどこでもない異次元空間に浮遊している。

 地上への往来手段は、剣を振って開く空裂のトンネルだ。

 とはいえ地球上のあらゆる場所と瞬時に接続できる訳ではない。

 異次元空間はいわば世界地図の裏側であり、地図に穴を開けて表に出ようとすれば、自ずと繋がる場所が決まってくる。

 そのため、異次元空間の中であっても地球上の地理は大いに関係あるのだ。

 ちなみにマリザヴェールが停泊している現在位置を地上の座標に当てはめると、敷城市の隣町あたりになるそうだ。


「以前は歩いて15分くらいでしたのに、さらに遠くまで足を伸ばしますのね」

「旧神奈川の外の選択肢も知っておきたくて」


 異次元空間の数メートルは、地上の数十メートルから数百メートルに相当する。

 空裂トンネルを通ることで地上よりも早く移動できるのだが、当然元々の距離が長くなればショートカットの道のりも延びてしまう。

 よって、唯の行動範囲は今までと比べて大きく広がらず、せいぜい関東一帯に絞られていた。


『該当店舗が10件以上ヒットしました。近隣の人口密集度が低い順に読み上げます』


 マルルの声が天井から響き、検索結果が伝えられる……と思いきや。


『…………検索中止。割り込み事象について追加情報を収集中…………』


 いきなり別の調査を始めるマルル。

 なんだか様子がおかしい。


「唯さんを探すAMF部隊の反応でも見つけましたの?」

『いいえ、そうではありませんが、神代唯に関係する情報です』

「え、私? どういうこと?」

『地上に展開していた子機が、放送電波の中に神代唯の名前を確認しました。傍受した映像を表示します』


 寝耳に水な唯は、センタールームにあるホームシアター級の巨大モニターの方に振り返った。

 モニターの電源が自動的に入り、スピーカーからも音声が聞こえてくる。

 画面に映し出されたのは、全国区の民放報道番組だった。


『…………以上、敷城市の復旧作業現場から中継でした。避難指示が解除され瓦礫の撤去等は進んでいますが、市民の平穏な暮らしが戻るにはまだまだ時間がかかる見込みです』


 どうやら今は、械獣災害のトピックを扱うコーナーらしい。

 サムネイル画像は、遠くから撮影されたと思わしき雷雲と竜巻。

 思い出すのも不快な、デリートおよびスラクトリームについてのニュースであった。

 ここ数年間に日本列島で発生した中では最大規模の械獣災害だったためか、お茶の間の興味は未だに続いているようだ。


『ますます凶悪化する械獣の脅威に、我々が抗うことはできるのでしょうか』


 いくつかの械獣事件の写真をスライドショー形式で紹介した後、無責任な締めコメント。

 報道機関というものは、どんなに人が死んでいようと他人事だ。

 AIが自動生成した記事を合成音声で読み上げるだけなのだから、悲観的に語る方が不自然に聞こえるのかもしれないが。

 好き勝手に感情論を展開する人間のコメンテーターなんてものは、とっくの昔に淘汰されている。


『……………………関連するニュースもお伝えします』


 AIキャスターが、淡々と次の原稿を読み上げた。


『AMFは、関東第三支部に所属していた元装者・神代唯の情報に懸賞金を設定すると発表しました。捜索範囲も列島全域に拡大し、指名手配するとのことです。彼女については警察と共同で捜査が進められていましたが、その行方は依然として掴めておらず…………』


 無駄に音質の良いスピーカーから発せられた音声を唯の鼓膜が捉え、脳が意味を理解した瞬間。


「はああああああああああ!!!!????」


 唯は絶叫していた。


 公共の電波に乗り、大画面にでかでかと映し出された顔写真。

 紛うことなき、唯本人のご尊顔である。

 今よりちょっとだけ若く見えるのは、高校を卒業してAMFに入隊した直後に撮影した写真だからか。


「あらあら、唯さんも有名人ですのね」

「悪い意味でね!」

「AMFに追われるのは、今に始まったことではないでしょう」

「いや、うん…………覚悟はしてたつもりだけど…………うわーー! まじかーーーー!! ショック…………!!」


 唯は頭を抱えてくねくねと体を揺らす謎の踊りを披露しながら天を仰いだ。


 AMF基地の襲撃、および、隊員への傷害行為。

 唯がとった行動に対して、まあ当然といえば当然の結果。

 (よわい)二十にして、全国指名手配である。

 同年代における不名誉レベルの高さは日本一かもしれない。

 正確に言えば日本国という狭い枠組みは消滅済のため、列島一という表現になるか。

 海の向こうへ逃げてやろうかと思う唯だったが、すぐに無意味と悟って項垂れる。

 世界中の警察組織は連邦政府の指揮下に置かれており、治外法権という概念はもはや存在しない。

 大陸に逃げようが、地中海に逃げようが、唯がお尋ね者であることは変わらないのである。

 とにかくこれで、敷城市に限らず世界中どこに居ても気が抜けなくなってしまった。


「それにしたって、未来ある若者の顔写真をモザイクかけずに全国放送しますか普通? 人権への配慮とか無いのか?」


 報道機関への憤りを露わにする唯。

 その様子を見て困惑したような表情を浮かべながら、嶺華が聞いてくる。


「結局お買い物はどうしますの?」

「うぐぐ……食材のストックが少ないから行きたいんだけど、外に出ていいものか…………迷うなぁ」


 買い出しの難易度は今までの比ではないだろう。

 無人の店舗であっても、監視カメラに顔を撮られたらアウト。

 レジで精算を済ませる頃には装甲車が駆けつけてしまう。

 マスクで口元だけ隠してどうにかなるか。

 目元もキャップやサングラスで隠す必要があるのだろうか。

 いよいよ変質者っぽいファッションを意識しだした所で、唯はふと、もう一人の家族のことを思い出した。


「そういえば、梓は大丈夫なのかな」


 指名手配犯の身内ともなれば、学校でもAMFでも、さぞかし肩身が狭いだろう。

 特に、高校生活の方が心配だ。

 3年生の期間は残り半年とはいえ、卒業までは同じ教室に通わなくてはならない。

 多感な10代の生徒たちが、クラスメイトの家族が指名手配犯だと知ったらどんな反応をするのやら。

 梓がバッシングや嫌がらせを受けていないか心配になってきた。

 多少の陰口程度には屈しない妹だが、今は唯と離れて一人きり。

 いくら梓の気が強いといっても、悩みを抱え込んでしまうかもしれない。

 美鈴あたりに相談できていれば良いのだが。


「気になるなら、こっそり顔を出してくれば良いではありませんの」

「うーん、でも、今の状況で敷城市に行くのはまずいですよね…………」


 全国ニュースで話題沸騰中の街に、突然本人登場。

 そんなことになれば、唯はまさに『犯人は現場に戻ってくる』を体現する存在になってしまう。


「いっそのこと堂々と業炎怒鬼を持って歩くのはいかがでして?」

「まさかの開き直り作戦!?」

「業炎怒鬼があれば、誰も唯さんに手出ししてこないはずですわ」

『現状、AMF関東第三支部に業炎怒鬼を撃破可能な兵器は存在しません。帯刀した状態であれば問題なく自宅の偵察を行えるでしょう』

「マルルさんまで!?」


 嶺華のアイデアは突飛に思えたが、いわゆる抑止力論的なものに当てはめれば納得できる。

 冷静沈着な天井の声にも背中を押され、唯の臆病風は引っ込んだ。


「…………分かりました。お言葉に甘えさせてもらって、妹の様子を見てきます」


 下手に騒ぎを起こすつもりはない。

 今度は一人で、尚且つ自宅から荷物を回収する目的もなく、ただ単純に梓が元気でやっているかを確認するだけ。

 たとえAMF隊員に取り囲まれたとしても、業炎怒鬼を纏ってしまえば大丈夫。

 銃弾だろうが戦車の砲弾だろうが、アームズの次元障壁を貫くことはできないからだ。

 それに、暴走して人間に襲いかかる心配も無用。

 この1ヶ月間、唯はひたすら破壊衝動をコントロールする訓練を積んできた。

 今の唯ならば、血に飢えた赤黒剣を『抑止力』として運用できるだろう。


『地上を歩くための環境迷彩もご用意しました。出発前に着替えることを推奨します』

「環境迷彩?」

『変装用の衣装です。神代唯が着用すれば、通行人経由の通報リスクを減らせるでしょう』

「なるほど! 助かります!」


 ここまで手厚いサポートを受けられる指名手配犯も珍しい。

 マルルはAIでありながら、気配りの精度はプロの執事並みだ。


「余裕があれば買い物もよろしくですの。今日の夕飯は、わたくしがまだ食べたことのないお料理を所望しますわ」

「了解です!」

『お気をつけて』

「行ってらっしゃいませ~」


 ニコニコと手を振る龍の少女に見送られ、唯は長剣と共に出立した。


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