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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第59話 再建会議


「…………以上が、市街地の復興状況となります」


 AMF関東第三支部、中央塔10階、司令室。

 敷城市で最も高いビルの最上階に位置するこの部屋では、各班の幹部をはじめとする大勢の隊員を集めた会議が行われていた。

 大学の講堂のような扇階段状の机にぎっしりと並ぶ隊員たち。

 部屋の冷房はやや強すぎる勢いで稼働していたが、それでも暑苦しさは拭えない。

 最初の議題を担当した隊員が自席に戻った所で、各々がペットボトル飲料を口にした。


「避難指示を解除してから一気に瓦礫の撤去が進みましたね」

「税金で動く軍人より、民間の解体業者と不動産屋に任せた方が効率がいいんですよ」

「桶は桶屋ってことですね」


 会話を交わすオペレーターたちの表情は以前ほど暗くない。

 敷城市に恐怖をもたらした龍型械獣スラクトリーム、ならびに、それを使役していた人型械獣デリート。

 彼らが息絶えたことにより、市民の暮らしは徐々に正常化しつつあった。


「続きまして、本基地の戦力状況です」


 次の議題を担当するオペレーター・青柳(あおやぎ)が手元のコンソールを操作する。

 司令室の壁に掛けられた大型モニターの表示が切り替わり、彼が用意した資料が映し出された。

 表形式で列挙された数値は、戦車、戦闘機、偵察用ドローンといった軍用無人機の配備数だ。

 赤いフォントで強調された残存数を見て、隊員たちは一斉にため息をついた。

 ほんの数ヶ月前までは100機以上配備されていた無人戦闘機。

 それが今や、正常に運用できる機体の数は一桁しか残っていない。

 無人戦車なども同様に大きく数を減らしていた。


「基地の滑走路は応急舗装工事が完了し、航空機の離着陸が可能な状態になっています。ただ、せっかく建て直した格納庫も入れる機体が無くては……」

「それについては心配ない」


 隊員たちを見渡せる特等席に深く腰掛けた司令官・佐原(さはら)が口を開くと、皆の視線が一斉に彼へと注がれた。


「本部から臨時補正予算の稟議承認が下りた。既に補充機体の発注を進めている」

「司令の仰った通り、無人戦闘機(ヴォイドファイター)が20機、無人戦車(ヴォイドハート)が30両追加で配備される予定です」

「おぉ!」

「珍しく気前がいいですね」

「AMF本部も今回ばかりは被害の甚大さを汲んでくれたようだ。上層部への根回しは大変だったが、なんとか皆が整備する機体を確保できたよ」


 佐原が柔らかい口調で説明すると、司令室に集まった隊員たちは安堵感に包まれる。

 もっとも、AMF本部に提出する稟議書類を作成し、何度突き返されても諦めずに申請文面を直し続け、やっとのことで承認を掴み取ったのは青柳なのだが。

 佐原の演説が士気を高める演出でしかないことを知りながらも、それが重要であることも理解している青柳は何も口を挟まない。

 彼は優秀なオペレーターなのである。


「無人機だけじゃないぞ。ゼネラルエレクトロニクスとの交渉も昨日終わって、コアユニットを1つ調達する約束を取り付けた」

「コアユニットを!?」

「ということは、アームズの再配備まで……!」


 司令室にどよめきが広がる。

 ゼネラルエレクトロニクス社はアームズの動力源であるコアユニット技術を独占する巨大企業だ。

 門外不出のアームズ製造能力を提供する見返りに、AMFに対してはぼったくりまがいの金額を請求してくる。

 無人戦闘機の値段と比べて0の数が2つも違う高価なものを手配できたことに、アームズのメンテナンスを担当する隊員は驚愕に目を見開いていた。


「新しいコアユニットが納品され次第、すぐにアームズの調整に取り掛かってもらう。技術班は当面忙しくなるから覚悟しておくように」

「「「了解!」」」


 佐原から直々に檄を飛ばされ、技術班の隊員たちは緊張した面持ちで敬礼した。

 アームズの調整をゼロから行う機会など滅多にないため、彼らにも自ずと気合が入るのだ。

 そんな中、オペレーターの一人・紫村(しむら)がぽつりと呟いた。


「新しいアームズは嬉しい限りですが、肝心の装者がいませんよね。神代(かみしろ)隊員を呼び戻すんですか?」


 司令室の空気が凍りつく。

 AMFを裏切った女の顔を思い出したのか、佐原は不機嫌そうに腕を組んだ。

 カミナリ装者を連れて失踪した彼女は未だに見つかっていない。

 二人は敷城市を襲ったスラクトリームと何らかの関わりがあるとされているが、真相は闇の中だ。


「神代唯と式守影狼(シキモリカゲロウ)は既に除隊されている。奴と再び会えるとすれば、牢屋か棺桶の中になるだろうな」

「は、はぁ」


 冗談なのか判断が付かず、引きつった笑みを浮かべる紫村。

 いずれにせよ前の装者に期待できないことは伝わった。


「本部には装者補充の依頼をかけたんでしょうか?」

「もちろん言うだけ言ってみたさ。だが残念ながら、補充要員の確保は叶わなかった」

「そう、ですよね……」


 せっかく士気が高まりつつあった隊員たちの間に落胆が広がる。

 アームズを纏うことができるのは、コアユニットに対する適合率が極めて高い、選ばれし者のみ。

 それは数万人に一人の確率で先天的に備わる、希少な才能を持つ人材である。

 もちろん適合率の高い人間は連邦政府とAMFにマークされており、世界中のAMF支部で装者の奪い合いが発生している。

 求人票にいくら魅力的な待遇を書き込んだ所で、応募要件を満たせる人間がふらっと現れることはない。

 装者の欠員というのは、お金では解決できない大損失なのだ。


「では、新しいアームズは誰に?」


 アームズの調整は、装者の身体に合わせて兵装を最適化していく作業だ。

 装者がいなければ最適化も何もあったものではない。

 動かせないアームズなど只の文鎮と変わりなかった。


 それなのに、佐原は全く困った素振りを見せずに話を続けた。


「候補者ならいる。そうだろう? 陣内補佐官」

「えっ」


 それまでずっと静観していた陣内美鈴(じんない みすず)は、突然名前を呼ばれて首をかしげた。

 しかし心当たりがあったのか、ハッと息を呑んで聞き返す。


「まさか……あの子(・・・)を装者に!?」

「他の人材を探す時間は無い。次の械獣はいつ現れてもおかしくないからな。

 遅くとも1ヶ月、いや、2週間以内に実戦可能なレベルまで彼女を仕上げろ」


 淡々と投げつけられる佐原の指示に面食らった美鈴は、強い口調で反論した。


「無茶です! 彼女はまだ高校生なんですよ!」

「関東第三支部の管轄区域には400万人の市民が暮らしている。その400万の命が今、丸腰で械獣の前に立たされているという状況なんだぞ。我々の職務を全うするためには、新たなアームズと装者が必要だ」

「十分承知しています。しかし、そもそも装者としての基礎訓練すら受けていない彼女では適合率が低すぎます。2週間でコアユニットとの同調なんて不可能です!」

「私が無策で言っていると思うのかね?」


 佐原が忠実な部下・青柳に目配せすると、司令室の大型モニターには科学論文のような紙面が表示された。

 美鈴の手元のタブレット端末にも同じ内容の文書ファイルが送信される。

 表紙に記された文書のタイトルを見て、美鈴は怪訝な顔をしながらそれを読み上げた。


「『シンクロアッパー計画』…………?」


 タブレット端末に視線を這わせ、斜め読みで素早く内容を拾い上げていく美鈴。

 資料はやはり論文形式となっており、提唱する理論とそれを裏付ける実験の結果がこと細かにまとめられている。


「コアユニットに対する適合率を外的刺激で引き上げる、ですって!?」


 美鈴の慄くような声が響き渡り、司令室は騒然となった。

 彼女に続いて他の隊員たちも自らの携帯端末でファイルを確認し、各々が今日一番の驚きを口にする。


「適合率が足りない人間でもアームズを纏えるようになるのか!?」

「そんなことが実現できたら、防衛史に残る革命が起きるぞ……!」


 しかし文書を読み進めていく途中で、美鈴は眉間にしわを寄せた。

 ページをスクロールする手の動きは遅くなり、彼女の表情はどんどん曇っていく。


「シンクロアッパー計画は、休職中の岡田補佐官がこそこそ進めていた研究開発を正式採用したものだ」

「なるほど。道理でこんな不穏な研究が今になって出てきた訳ね」


 研究の背景を聞かされ、美鈴は嫌な予感が的中したと言わんばかりに唸った。

 医療倫理よりも成果を重視し、時には非人道的なゲテモノを生み出してきた岡田の研究。

 医者である美鈴には一切知らせずに進められてきた理由にも合点がいく。


 「陣内補佐官にはこの研究の引き継ぎを頼みたい。やってくれるかね?」


 佐原の質問に対し、資料の最終ページまで読み終えた美鈴はタブレット端末を掲げて言い放った。


「これは使えないわ」


 美鈴が指差したのは、いくつかの試験結果の総括が記されたページ。

 その中でも特に目を引いたのは、結論の最後に太字で記載された一文だった。


 安全性に課題あり。


「装者の才能を伸ばすのではなく、コアユニット側の認識を誤魔化すだけ。アームズの出力を引き上げられたとしても、装者の身体にはとてつもない負荷がかかるわ。常人が『シンクロアッパー』を使うのは自殺行為ね」

「だが、素の適合率が人一倍高い彼女(・・)なら耐えられる。違うか?」

「そんな生易しいものじゃない。そもそも人体には有害すぎるの。械獣が出る度に『シンクロアッパー』を使えば、適合率が多少高かろうが、あっという間に廃人になるでしょうね」


 AMF関東第三支部の頼れる女医・美鈴が述べた見解に、浮かれムードだった隊員たちは冷水を掛けられたかのように静まり返る。

 それでも、佐原の要求は変わらなかった。


「岡田の研究が未完成なのは分かっている。足りない所があるから、そこをなんとかするのが陣内補佐官の仕事だと言っているのだ」

「なんとかって……」

「これは上層部からも承認を得た計画だ。そのための予算も出ているのだからな」


 具体的な手段は曖昧に、ただ結果だけを求めてくる横暴な指示に美鈴は絶句した。

 シンクロアッパー計画の実行は既に決定事項。

 美鈴の意見など(はな)から求められていない。

 特等席から偉そうに見下ろす佐原は、美鈴を諭すような口調で告げた。


「とにかく今は『シンクロアッパー』を完成させることに専念しろ」

「……………………了解」


 パチンという音と共に、タブレット端末のカバーが乱暴に閉じられる。

 白衣の美女は、ハイヒールを苛立たしげに鳴らしながら司令室を後にした。

 まだ会議は終わっていない。

 だが、かつてないほど険しい形相の彼女を、誰も引き止めることはできなかった。


 廊下を足早に通り抜け、待機していたエレベーターに駆け込む美鈴。

 パネルが壊れそうな勢いで『閉』ボタン叩いた後、彼女は短く息を吐いた。


「拒否権は…………無いわよねぇ」


 美鈴だって、関東第三支部で2番目に偉い役職者として、装者不在問題の深刻さは理解している。

 司令の佐原、そして、もっと上にいるAMF本部の意向に背くことはできない。

 たとえ、一人の若者の未来を潰すことになっても。


「まったく、この組織は人の命をなんだと思ってるのかしら」


 美鈴の忌々しげな呟きは、下降するエレベーターの中で腐り果てるだけだった。


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