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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第57話 目標


 朝食の片付けを終え、ふかふかソファーで食休め。

 唯と嶺華の二人は、改めて今の状況を整理していた。


「嶺華さんは、本当に自分が何者か分からないんですか?」

「ええ。わたくしには過去の記憶がありませんわ…………ただ一つの場面を除いて」

「夢の話、ですか」

「そうですの。あの夢……いえ、唯一残っている記憶。それだけが、わたくしの進むべき道を示す手掛かりですの」


 嶺華が何度も繰り返し見ていたという明晰夢。

 その夢の中では、寝たきりの嶺華の前に謎の男が現れ、神託のように使命を与えるという。


「奴らの兵器を全て破壊する。わたくしの使命はまだ終わっていない」

「嶺華さんは、その…………また械獣と戦いたいんですか?」


 その身体で、とは恐ろしくて聞けなかった。

 けれど心配になって口を挟んだ唯。

 対して、嶺華は迷わず答えた。


「無論ですわ。戦いの果てに、きっとわたくしの過去がありますの。

 使命を果たし、戦い抜くことこそがわたくしの生きる価値。

 失われた過去に辿りつくまで、剣を置くわけには参りませんわ」


 握りしめた左手を見つめる嶺華。

 一度は折れかけた心も、今は持ち直している。

 片腕を失ったくらいで立ち止まる彼女ではない。


 唯としては、彼女の意志を尊重することにした。


「嶺華さんが戦うなら、私にも手伝わせてください。械獣を倒すことは私たちの世界を守ることにも繋がりますから」

「いいんですの? 唯さんは、件の組織から抜け出してきた身でしょう」


 確かに唯はAMFに反逆し、現在は追われる身の上だ。

 人前に立つことはできないし、市民のために戦う義務も職責も無い。


 だがこのまま剣を手放すかと問われると、(いな)だ。


「械獣が出現して暴れたら民間人に被害が出る。

 今の関東第三支部には装者がいないから、誰かが戦わないと大勢の人が死ぬ。

 AMFに従う気はないけど、関係ない人たちを見殺しにするのは、きっと駄目だと思う」


 突き動かすのは、力を持つ者の責任感か。

 組織から逃げた唯だったが、械獣との戦いから逃げる気は無かった。


「敵は多い。きっと長い道のりになりますけれど…………本当に、最後までわたくしに付き合ってくれるんですの?」

「嶺華さんと一緒に居られるなら、いつまでもどこまでもついて行きます!」


 赤黒剣を託された時から、唯の覚悟はとうに決まっている。


「ふふふ、それではよろしくお願いしますわ。唯さんと業炎怒鬼(ゴウエンドキ)がいれば心強いですの」

 

 気合十分な唯に対し、少女はにっこりと微笑んだ。


「ところで今更なんですが。嶺華さんの敵って、『械獣』って何なんですかね?」


 デリートは倒した。

 けれど、地球全土に出現し続ける械獣たちが、全て彼の仕業だったとは考えにくい。

 地球人がアームズ装者を束ねる組織を作ったように、械獣たちにも組織があるのか。


「敵の名は『バラル』。地球に械獣を送り込んでいる元凶ですわ」


「あ、名前は分かってるんですね」

「マルルが教えてくれましたの」


 一世紀も前から人類を苦しめていた敵。

 それでいて、AMFが尻尾すら掴めなかった黒幕。

 その名を告げられ、唯の心がざわめく。


「マルルさん。その『バラル』とかいう存在について詳しくお聞きしても?」


 敵の正体、そして械獣を送り込んでくる目的とは。

 はやる気持ちを抑えつつ、唯は何かを知っているらしき天井の声に解説を求めた。


『敵勢力は、正式には『バラル連邦』と呼称されています』

「連邦!? 人間と同じように社会的な生物がいるってことですか!?」


 高度な知能を持った生命体が集まれば、群れ、村、町、そして、国が出来上がる。

 その国が集まったものが連邦と呼ばれるのだから、擁する生命体は相当数いるということになる。


 当然ながらそのような名前の集団は、唯の知る地球上には存在しない。

 つまり。


「地球外生命体……」


 母なる大地の外から来たる者たち。

 人類の間で『宇宙人』と呼ばれる存在。

 彼らがこのデンゼルスペースに住んでいるとすれば、『異次元人』という呼び方が正解か。

 とにかく、地球以外の世界に文明があることは間違いない。


「その『バラル連邦』ってどこにあるんですか? 住んでる人は? 地球人よりも多いんですか?」


 思い浮かんだいくつかの質問を矢継ぎ早に繰り出す唯。

 しかし、天井から返ってきた答えはたった一言。


『その情報の開示には、管理者権限が必要です』


「またですか!? 権限って……マルルさんは私たちの味方なんですよね? だったら敵のことは教えてくれないと困るんですけど」

『権限がありません』

「えぇーーそこをなんとか」

『権限がありません』


 昨日と全く同じ。

 声色は優しいままなのに、態度は石のように硬い。

 何度聞いてみても、天井の声は同じ回答を機械的に繰り返すだけだ。


「無駄ですわ。権限のことになるとマルルは一切譲歩しませんの」

「むむむ…………納得いかないけど、嶺華さんがそう言うなら」


 嶺華のやれやれ顔を見て、唯は仕方なく追求を止めた。


「とにかく、わたくしたちの方針は決まっていますの。

 敵がどこから来るのか不明。ですから、地球に現れた械獣共を片っ端から叩き潰す。これを地道に繰り返すしかありませんわ」

「今までとあんまり変わらないんですね」

「ええ。そのために今、一番にやるべきことがありますの」


 そう言うと、嶺華はいつの間に手にしていたのか、黒い鞘に収まった長剣を唯に差し出した。

 紛うことなき、本物の業炎怒鬼である。


「唯さん。わたくしと共に戦うというのなら、まずはこの業炎怒鬼の力を使いこなして頂かなければなりません」

「うっ」


 少女からずっしりとした重みを受け取った途端、炎のアームズを纏った初陣を思い出す。

 それは猛烈な破壊衝動に襲われた記憶だ。

 械獣を殴り、蹴りつけ、投げ飛ばし。

 さらに、追手のAMF隊員たちを炎の斬撃で次々と焼き払った。

 AMF補佐官の岡田を斬ったことは後悔していないが、激情のあまり嶺華の存在を一時(いっとき)忘れてしまったことは後悔している。


「業炎怒鬼に備わった攻撃性強化機構。すなわち、脳波刺激と薬剤投与。後者はできるだけ使わないとして、問題は前者ですわ」

「装者を興奮させて、戦闘に集中させる……そんな機能、本当に要りますかね?」


 元々は、嶺華の駆雷龍機では勝てない敵を討ち滅ぼすための力。

 圧倒的な攻撃力と引き換えに、装者の心身を激しく消耗させる。

 おまけに戦闘後は爆睡必須のバックファイア。

 デメリットは到底無視できない。


「そのおかげで、唯さんがデリートに押し勝てたのも事実でしょう」

「まあそうかもしれませんけど」


 あの時は『集中力が上がる』なんて生易しいものではなかった。


 強烈な快楽に溺れる感覚。

 破壊衝動を増長させる脳波刺激は、普段は理性に隠されている人間の残虐性を引き出してしまう。

 同時に、己の中に暴力的な性状が隠れていることに気付かされ、嫌悪すら覚える。


「身体は戦闘に集中し、けれども心は冷静に。感情をコントロールすることができれば、業炎怒鬼は唯さんの力を純粋に引き上げてくれますの」

「『感情をコントロール』……マルルさんも言ってたことですよね」


 言うは易し、成すは難。

 そもそも、自分の感情を普段から100%コントロールできている人間などいない。

 喜び、哀しみ、怒り。

 自分の感情を制御する力を伸ばすには、どうすればいいのか。

 滝行? 瞑想?

 ぱっと思い浮かぶアイデアは、下らないものばかり。

 だがしかし、これを克服しなければ、嶺華を守りながら戦うことなどできない。


「頑張ってはみますけど…………うーん、どうしたものか」


 頭を抱えて思い悩む唯に対し、嶺華は優しく微笑んだ。


「そう難しく考える必要はありませんわ。昨日お伝えしたように、アームズの機体制御は『慣れ』が肝心ですの。頭を捻るのではなく、剣を振る。つまりは訓練あるのみですわね」

『本艦には仮想戦闘シミュレーターが設置されています。神代唯も自由に使って頂いて構いません』

「仮想戦闘?」


 またもや聞き慣れぬ単語に聞き返す唯。


 AMFに居た頃の訓練は、アームズの負荷に耐えることが主目的だった。

 アームズを纏って走り回り、ハリボテのようなデコイ相手に剣を振ることはあっても、械獣との直接戦闘はぶっつけ本番。

 机上の戦闘シミュレーション映像を見せられても、実際の械獣相手には通用しなかった。

 天井の声が言う『仮想戦闘』は、そういったAMFの非実戦的な訓練に対する解になるのかどうか。


 疑る唯の質問に答える代わりに、嶺華は手を上げて合図した。


「マルル。今すぐシミュレーターを起動なさい」

『承知いたしました』

「え? うわっ!!?」


 一切の説明無しに、いきなり視界が闇に包まれた。


 地面が消失してしまったかのような浮遊感。

 背中に手を回しても、さっきまで座っていたソファーの感触はヒットしない。


「嶺華さん!?」


 暗闇の中、彼女の姿を探す唯。

 瞳孔を開きかけた直後、今度は眩い光が辺りを覆う。


 唯は光量の落差に驚き、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。



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