第5話 雷龍
体を捻り、大剣を肩の後ろまで振りかぶる少女。
腰を低く落とした瞬間、少女の姿がかき消えた。
一拍遅れ、唯の耳に届く破裂音。
それが地面を蹴った音だと認識する頃には、唯の背後で少女が大剣を振り抜いていた。
頭上に舞う銀吹雪。
唯を叩き潰そうとしていたドルゲドスの剛腕が、明後日の方向へ吹き飛ぶ。
痛烈な一撃を放った少女は、倒れ伏す唯を一瞥して声をかけてきた。
「ごきげんよう。まだ息はあるようですわね」
鈴の音のような心地よい声色。
吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。
整った顔立ちは、ゾッとするほど美しい。
唯は、何も言葉を発することができなかった。
「死にたくなければ、そのまま伏せていてくださいまし」
少女が械獣に向き直る。
対するドルゲドスは、頭部カメラを少女に釘付けにしていた。
どうやら攻撃目標を唯から龍の少女に変更したようだ。
銀色の右拳を切り落とされたドルゲドスは、怒り狂ったように少女に飛びかかる。
だが、剛腕は空を切った。
少女の位置は……真上。
竜脚装甲が地面を蹴り上げ、黒金の装甲が空に舞い上ったのだ。
目測を誤ったドルゲドスの上空で、振り上げられる機械大剣。
「しゃはァッ!」
重力を味方につけて振り降ろされた剣は、一撃で械獣の次元障壁を叩き斬った。
巨体の左肩を覆う分厚い装甲板が真っ二つに引き裂かれ、バランスを崩したドルゲドスが頭から倒れ込む。
「ふふッ、一気にいきますわッ!!」
少女は間髪入れずに大剣を斬り上げ、人面張り付く頭部を粉砕。
「ふッ! はァ!!」
少女が大剣を軽々と振り回す度、銀色の筋繊維が撒き散らされる。
巨大な械獣の装甲が、ボロボロと剥がされていく。
「まずは一匹ですの」
体を一回転させ、機械大剣を轟速で振り抜く少女。
太刀筋は正確にドルゲドスのコアユニットを捉えた。
銀の刃が輝く立方体を切断。
巨体を支えるエネルギーはたちまち制御を失い、行き場を失ったエネルギーが弾ける。
械獣の体が大爆発に包まれた。
「うそ……」
あまりにも、瞬殺。
過去に装者6人がかりで辛うじて倒したという械獣を、たった1人の少女が斬った。
爆炎の中から、大剣を肩に担いだ少女が無傷で現れる。
「まったく、図体ばかり大きくていけませんわ。頭まで剣が届かないではありませんの」
飄々と呟く少女は、跳躍斬りで10メートル超えの巨体を解体してみせた。
あまりのスケールの違いに、唯は目眩すら覚える。
その時、爆炎の影から新たな鉄塊が飛び出した。
「っ! 危ない!」
唯の声が届くより先に、2体目のドルゲドスが渾身の拳を繰り出していた。
少女の真後ろ、完全な死角からの不意打ち。
回避は間に合わない。
残酷な結末が頭をよぎり、唯は思わず顔を覆った。
直後、金属がひしゃげる轟音が響く。
「そんな……」
強まる雨音が静寂を許さない。
恐る恐る目を開ける唯。
すると唯は、信じられないものを見た。
砕け散る械獣の拳。
振り返ることなく、直立したままの少女。
「ふっふっふ……はははは!!」
高笑いする少女はゆっくりと大剣を構え直し、仰反るドルゲドスに向かって振り返る。
「そんな貧弱な拳、わたくしには届きませんわ!」
激昂したドルゲドスは少女に向かって極太の腕による薙ぎ払いを敢行。
しかし、剛腕は少女の体に触れた部分から真っ二つにへし折れる。
「効かないと……言ってますの!!」
械獣の真下に潜り込んだ少女は竜脚装甲を地面に叩きつけ、跳躍体勢を取る。
今度は只のジャンプではなかった。
ふくらはぎの裏側の位置から、逆関節の副脚が展開。
副脚が伸張し、少女の体が弾丸のように飛び上がった。
天に突き上げられた大剣が械獣の胸元を貫き、そのまま背中まで突き抜ける。
大剣の切っ先には、正確に中心を貫かれたコアユニットが串刺しにされていた。
「これで二匹ですわ」
2度目の大爆発。
爆風を至近距離で受けながら、少女は何食わぬ顔で着地した。
「まさか、あらゆる衝撃を次元障壁で弾き返してるってこと……?」
唯の式守影狼とは比べ物にならないほど濃密な次元障壁。
よく見ると、少女の周囲では空間が歪曲していた。
乱反射する光で黄金色の長髪がキラキラと輝く。
降りしきる雨は龍の装甲を避けるように弾かれていた。
煤に汚れた雨粒が、美しい髪を濡らすことはない。
「さあ、残るは貴方だけですわねぇ!」
最後の1体となったドルゲドスは一旦距離をとると、助走をつけて少女に突進する。
「恐怖を知らぬというのは愚かですわね。少しは生きた獣を見習ったらどうですの?」
最高速度に達した械獣の巨体が少女のもとに到達するが、そこに少女の姿は無い。
前脚を使ってブレーキをかけたドルゲドスの頭部カメラがせわしなく辺りを見回す。
雑居ビルの森に木霊する、軽快な足音。
翼を広げた龍が、ビルの合間を飛び回っていた。
ビルの壁を蹴り上げ、次のビルの壁へ。
翼を模した背部ユニットが精密に蠢動し、歪む大気を推進力に変換。
黒金の装甲が、繁華街を立体的に駆けてゆく。
空中で大剣を構えた少女はドルゲドスの背面を捉えると、一直線に強襲。
ドルゲドスは真横のビルを押し倒しながら身をよじるが、振り抜かれた大剣が胴体を掠めただけで分厚い装甲に亀裂が走った。
「往生際が悪いですわ!!」
地面を滑るように着地した少女が悪態をつく。
ドルゲドスは少女に背を向け、宙に浮かぶ空裂に向かって走り出した。
どうやら脅威の排除不可能と悟ったのか、撤退を選択したようだ。
「あらあらあら?? この期に及んで逃げ出すなど……三下にも程がありますの!!!」
少女は大剣を構え直すと、柄に備わった安全装置のカバーを開いた。
カバーの下から姿を現したのは、白い引き金。
機械大剣から甲高い駆動音が響き、紫電を撒き散らす刀身が爛然と輝く。
「これで決めて差し上げますわ!」
竜脚装甲が力強く地面を蹴り上げる。
背部ユニットが空間を歪め、上空に飛び上がろうとする跳躍力は全て水平方向への推進力に変換された。
地面すれすれを滑空するように駆ける龍。
その姿、稲妻の如き。
瞬く間にドルゲドスに追いついた少女は、白い引き金を引ききった。
機械大剣から流れる電子音声が必殺を告げる。
『サンバースト・レイ』
械獣と少女が交錯する瞬間、機械大剣から光の刃が放たれた。
閃光と共に振り抜かれた刃は空に届かんばかりに伸張し、械獣の巨躯を貫く。
3度目の大爆発。
立ち上る黒煙と雨雲の隙間から覗く太陽が、凛々しく佇む少女を照らした。