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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第56話 宙に満ちる力


 翌朝。

 寝室の壁の小窓から、差し込む光が瞼をノック。

 光といっても、見慣れた太陽が昇っている訳ではない。


 朝日の代わりに、流星の瞬きが降り注いでいる。


 星灯りの下、今が朝だと分かるのは、枕元の目覚まし時計が鳴動しているから。

 唯は心地よい肌触りの布団から身を起こすと、規則正しいアラームを黙らせた。


「ふぁぁ…………よし、起きますか」


 デジタル数字が示す時刻は午前6時。

 AMF基地に出勤する必要はなくなったが、主婦の仕事は続投である。

 愛する彼女に朝食を作る。

 そのために唯は、神代家で暮らしていた頃と同じ時間に起床するのだ。


「梓もちゃんと食べてるかな」


 かつて朝食を一緒に食べていた妹の顔が脳裏をよぎる。

 心配ではあったが、会えないものは仕方がない。

 梓は梓なりに食べているだろう。

 そんなことを祈りつつ、身支度を整える唯であった。



 ◇◇◇◇◇◇



「まぁ! なんとも優しい美味しさですわね」


 朝のセンタールーム。

 唯と共に食卓を囲うのは、大げさなリアクションの少女だ。


「こちらは何という肉ですの? 昨日の鶏肉と違ってほろほろですの。少々塩気が強いですけれど」

「お肉じゃなくて、鮭っていう魚を焼いたものです。単品だとしょっぱいので、ご飯と一緒に食べるとちょうどいいですよ」

「あむ……なんと! 白米が絡むことで旨味が跳ね上がった気がしますわ!」


 焼鮭、白米、野菜スープ。

 西欧風のダイニングテーブルなのに、展開されているのは洋食フルコースなどではなく、スタンダードな和食である。

 魚の骨を全て取り除いてあるのも主婦ポイント高い。


「朝から豪勢な食事を頂いてしまいましたけれど、よろしいんですの? 唯さんは随分早起きしたのではなくて?」

「実はそんなに手間じゃないんです。ご飯は昨日冷凍しておいたものを温めただけですし、スープに入ってる溶き卵は親子丼の余りですし。残り物を活用するのは主婦の基本スキルですから」

「流石ですわね。残り物というわりには……十分美味しいですわぁ」


 唯にとっては日常的な朝食なのだが、嶺華は記念日のごちそうのように舌鼓を打っている。


「妹を飽きさせないように、一週間被らない献立を考えてましたからね。これが結構楽しいんですけど」

「毎日違うメニューを!? 唯さん凄すぎですわ!」

「私からしてみれば、部屋からこんな景色を毎日見てる嶺華さんが凄すぎるんですが」


 温かい野菜スープを飲み干しながら、唯は()の外へと目を向けた。


 果ての見えぬ暗黒空。

 太陽の代わりに輝く数多の流星。


 美しさに只々息を呑む、壮大な絶景である。

 今この瞬間も空裂の中を泳いでいるというのに、全く実感が湧いてこない。


「艦っていうわりには、全然揺れないんですね」


 この施設に嶺華を担ぎ込んで来た時は、床と地球が繋がっていないことなど微塵も想像できなかった。

 地球と変わりない重力、しっかりと地に足が着く安定感。

 巨大な軍艦や豪華客船だって、高波や強風が来れば揺れを感じるはずなのに。


「当たり前ですわ。『デンゼルスペース』には波も風もありませんもの」

「『デンゼルスペース』…………って何でしたっけ?」


 どこか聞き覚えがある単語に、記憶の底を掘り返す唯。

 大雨の逃避行の最中、嶺華がそんな単語を口にしていた気がする。


「わたくしたちが滞在している、この空間のことですわ。唯さんの宇宙とは別次元に存在していますのよ」

「別次元…………うーん、ピンと来ないなぁ」


 装者としてアームズを纏う度、目にしてきたはずの空裂世界。

 しかし、その空間が一体何なのかは考えようともしなかった。

 不思議な空間だとは思っていたが、よもやその中に住まう人間がいたとは。


「地球じゃないってことはもしかして…………この世界には私と嶺華さんの二人きりってこと!?」


 誰にも邪魔されない、二人だけの宇宙。

 その甘美な響きに胸をトキめかせる唯だったが、あっさり否定されてしまう。


「まさか。唯さんにも見えるでしょう? 鋼の機械から放たれる輝きが」


 嶺華が指さした先は、不気味なほど透き通った星空の彼方。

 何光年離れているか分からないが、力強く光を放つ点が散りばめられている。


「星が沢山………それしか見えませんけど」

「この世界に恒星などありませんわ。あるのはただ、『デンゼル粒子』の奔流のみ」

「『デンゼル粒子』?」


「知らぬとは言わせませんわ。

 わたくしや唯さんが纏うアームズ。

 そして、唯さんたちが械獣と呼ぶ兵器たち。

 それら全てに共通するエネルギー源が『デンゼル粒子』ですの」


「アームズと械獣のエネルギー源が、同一のもの…………!!」


 彼女が語る内容に驚きつつも、唯はどこか納得していた。


 AMFという組織において、アームズのコア技術は決して開示されない情報であった。

 アームズの開発元であるゼネラルエレクトロニクス社の企業秘密。

 装者であっても一切の情報開示がなされず、動力源についても全くの謎。

 単純にバッテリーの電力という訳でもないし、ガソリンでエンジンを回している訳でもない。

 AMF隊員たちは日々疑問を抱えつつも、表面的な整備だけを行っていた。


「(士気に関わるから、秘密にしておかないといけなかったのか)」


 アームズが本質的には械獣と同じ力であるなどと知れたら、AMFは大騒ぎだろう。

 情報が厳重に隠蔽されるのは当然だ。


『本艦から観測できる光は、デンゼル粒子を使用する機械たちが放ったものです。

 本艦も同様にデンゼル粒子を使用していますので、本艦自体が星の一つと言えるでしょう』


 天井の声・マルルの補足を聞いた唯は、ある恐ろしい考えに至った。


「それってつまり、あの星一つ一つが械獣かもしれないってこと!?」

「人間が呼び出したアームズも混ざっていますけれど…………まあ、敵の方が多いですわね。マリザヴェールのような艦船かもしれませんし、それ一つが巨大な械獣かもしれませんわ」

「地球よりも危険じゃないですか!?」


 彼女と共に駆け落ちた安息の地。

 地球上のあらゆる追手から逃れたと思ったら、数多の械獣住まう世界に来ていた。


「心配要りませんわ。今見える光は長い時間をかけて到達したもの。

 いわば何日、何ヶ月も前に放たれた過去の光ですわね。

 今からあの光の場所まで行けたとしても、そこには既に何もありませんわ」

「でも、光自体は相手からも見えてるんですよね? 私たちの光を追跡する械獣がいたら、いつか追い着かれちゃいませんか?」

「杞憂ですわね。あれだけ遠くの光を見て、どれが敵でどれが味方かなんて区別つきますの?」

「この艦の設備でも区別できないんですか?」

『はい、本艦の索敵レーダーにも有効距離があります』


 オーバーテクノロジー満載の母艦でも、できないことはあるらしい。


「彼らも同じですわ。一つ一つ近づいて、敵かどうか確かめるなんて効率悪すぎて誰もやりませんわよ」

『本艦は現在、慣性航行モードで移動しています。ブースターを点火しない限り、本艦の発する光パターンを敵に識別される可能性は低いでしょう』

「じゃあ、一応安全ってことなんですかね……?」

「偶然鉢合わせる可能性はゼロとは言えませんけれど」

『デンゼルスペース内において、目視圏内まで敵と接近する確率は0.00000001パーセントにも満たないでしょう』

「私の住んでた地球で、たまたま宇宙人と接触するようなもんですか」


 マルルの解説を聞いて、ぼんやりと納得する唯。

 あまりのスケールの大きさでくらくらしてきた。


 一人の少女を助けただけなのに、気が付けば宇宙旅行をしている。

 厳密に言えばここは宇宙ではなく、異次元空間らしいのだが。

 唯にとって未知の世界であることに変わりない。

 ここでは、地球の常識など一切通用しないのだ。


「(とんでもない家に嫁いできちゃったなぁ…………)」


 窓越しに星空を見上げながら、唯は苦笑いするしかなかった。

 尚、入籍はまだまだ先の話である。



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