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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第53話 一時帰宅は隠密に


 森の茶会から数刻後。

 唯と嶺華は、薄暗い星空の世界を歩いていた。


 山も川も建物も無い、どこまでも平坦な空間。

 けれど、行き先を見失うことはない。

 足元で白く輝く道が、進むべき方向を示してくれる。


「いやー、こんなに食品をまとめ買いしたのは初めてです! 冷蔵庫に入りきりますかね?」

「使ってない冷蔵庫はいくつもありますの。余裕ですわ」

「嶺華さんの家って、普通に朝食バイキング付きホテル開業できますよね…………」


 長剣が導くルートを歩きながら、唯は先程の爆買いを振り返る。



 森林公園の喫茶店を出た後、二人は近くのスーパーマーケットに向かった。

 人口密集地からは少し離れた所にあり、売り場面積のかなり広い店。


 バリエーション豊かな食品フロアを見た唯は、目についた食料を片っ端から買い物カゴに放り込んでいった。

 生野菜、米、缶詰、乾麺、調味料、製菓材料、エトセトラ。

 地下施設にはペースト液以外の食材が何も無いのだから、まともな料理を作るためには1から10まで揃える必要がある。


 唯は日持ちするものから生鮮食品まで見境なく手に取った。

 その結果、ショッピングカート3台を曳いてフロアを爆走するショッピングケルベロスが誕生していたのだ。


 店員に見つかったら声を掛けられる程の奇行だったが、その店は自動精算の無人店舗。

 出口の精算機で支払い方法を指定するだけで、通過した商品の合計金額が請求される仕組みだ。

 もしこれが昔ながらの人力レジ打ち方式だったら、商品タグのスキャンだけで1時間くらいかかっただろう。

 加えて、精算機はバッチリ現金対応OK。


 余談だが、せっかく小売店舗の完全無人化を成し遂げたのに、完全キャッシュレス化まではできなかった所が滑稽だ。

 現金を扱うということは、定期的な売上金の回収やお釣りの補充が必要になってくる。

 ごく一部の現金派庶民のために貨幣対応をしなければならない、店舗やメーカーの苦労は計り知れなかった。


 だが、そのおかげでキャッシュレスが使えない唯のような人間が救われる。

 精算機に札束を突っ込んだ唯は、明日からの食料事情改善に心躍らせたのだった。



「それにしても、マルルさんが手配してくれた機械は本当に助かりました」

「あれば『Dキャリー』といいますの。空裂の中限定ですけれど、わたくしの家に荷物を運ぶなら便利な子でしょう?」



 店を出た後、人気(ひとけ)のない店舗裏まで戦利品を運んだ唯。

 買いたいものを粗方買えて満足したのはよいが、すぐに頭を抱えることになる。


 両手ではとても持ちきれない、山積みの食品たち。

 長剣を振るって空裂を開いた所で、嶺華の家まで運び込むのは相当大変。

 特に要冷蔵の生鮮食品は速やかに冷蔵庫に入れたいが、重いカートを押して異次元空間を歩き回るのは骨が折れる。


 そこへ救世主の如く現れたのが、浮遊する白い方舟だった。


 『Dキャリー』――その名の通り、物資運搬を行う機械。

 見た目は、トラックの荷台を空飛ぶ円盤に乗っけたような形。

 それが3台、4台と列を成してやってきた。

 浮いているからといって、積載量が少ないということもない。

 4台のDキャリーが荷物持ちを引き受けてくれたおかげで、唯と嶺華は手ぶらで歩くことができている。


『神代唯の家に着きましたら、再びDキャリーを派遣します』

「ありがとうございます!」


 唯は当初、回収した衣服と日用品はスーツケースに詰め込んで持って帰るつもりだった。

 持ちきれない分は置いてくるしかないと覚悟していたが、Dキャリーがあるなら話は別だ。

 家の中で空裂を開き、Dキャリーの中に好きなだけ放り込めば良いのだ。


「嶺華さんの家で暮らすなら、しばらくは驚きっぱなしかも……」


 Dキャリーに限らず、不思議な機械が次々と飛び出す地下施設。

 今までの唯の生活には存在しなかった、オーバーテクノロジーの数々。

 文明レベルの違う暮らし方に適応できるか、不安と楽しみが半分ずつだ。


「わたくしにとっては、唯さんがあんなに美味しいものを食べていたことの方が衝撃ですわ」

「それなら任せてください。これからは私が嶺華さんのご飯を作るんですから」


 ハイテク住居に足りないもの。

 それは食卓の華である。


「ふふふ。唯さんの料理の腕がわたくしの妻にふさわしいかどうか、しっかり審査してあげますわ」

「うわ~プレッシャーかけてきますね…………けど、頑張りますよ!」


 食材はしこたま買った。

 あれほどの量ならば、2週間以上は様々なレシピを繰り出せるだろう。

 こちとら現役自炊女子。

 唯は自分の料理を美味しそうに食べる嶺華の姿を妄想し、口角を上げた。



「もうすぐ着きますわよ」

「油断しないように行きましょう」


 喋りながら歩いている内に、白い道の終端が見えてきた。

 光が途切れている場所で空裂を開けば、目的地に着く。


 自宅に寄るだけといっても、楽観的に構えてはいられない。

 二人は逃亡者なのだ。

 唯の家がAMFにマークされていた場合、隊員が待ち伏せしている可能性は十分ある。


 さらに、すぐ近所にはAMF関東第三支部。

 マルルの話によれば、隊員たちは械獣被害にあった地区に駆り出されているらしい。

 だとしても、基地がもぬけの殻ということは無いだろう。

 異次元空間を出た瞬間にAMF隊員と鉢合わせ、なんてことになったら最悪だ。


「誰もいませんようにっ!」


 唯は祈りながら、鞘に収まったままの長剣を振り下ろす。

 赤黒剣の力は鞘越しでも衰えることなく、暗闇の世界に傷を付ける。


 太刀筋を追う光の亀裂。

 溢れ出す陽光が眩しい。


 空裂はすぐさま広がり、地表に繋がる門を作る。

 隙間から建物の壁らしきものが見えた。


 長剣ナビの目的地は、あえて神代家から1kmほど離れた座標を設定してある。

 そこからは警戒を厳にして地上を進む行程だ。

 万が一待ち伏せが多ければ泣く泣く引き返すつもりであった。


「本当に空裂反応は検知されないんですよね?」

『はい。業炎怒鬼の力で開いた空裂ならば、AMFのセンサー群に検知される可能性は極めて低いでしょう』


 事前にマルルから説明を受けてはいたが、改めて確認しておく唯。


 械獣が異次元空間から出現する際、AMFは即座にその空裂を検知することができる。

 AMF各支部の担当地域には網の目のようにセンサーが敷設されているためだ。

 センサーが監視しているのは主に気圧。

 空裂が発生した時特有の気圧変化を捉え次第、基地へ警報が飛ぶようになっている。


 しかし全ての空裂を検知できる訳では無い。

 マルル曰く、そこらの械獣よりも高性能な機材を使うことでAMFの監視網を回避できるらしい。

 実際、デリートや嶺華が現れた時の空裂は検知されなかった。


 業炎怒鬼も同じならば、AMFに感知されることなく地上と空裂世界を行き来できるということだ。


「先程のお散歩でも見つからなかったのですから、敵はわたくし達に気付いていないのでしょう。ならば心配無用ですの」

「そうですよね…………でも、基地の近くだとドキドキしちゃうなぁ」

「ここで二の足を踏んでいても仕方ありませんわ。覚悟を決めて出ませんと」

「……分かりました、行きましょう」


 唯は彼女の言葉を信じ、星空の世界から抜け出した。



 ◇◇◇◇◇◇



 日差しと熱波が肌に滲みる。

 靴底からじわじわ感じる、高温のアスファルトによる熱烈なお出迎え。

 自然豊かな公園とはうって変わって、都市部の夏は暑苦しい。


 空裂を出るや否や、唯は素早く辺りを見回した。


「……………………誰もいない、みたいです」


 最初の関門はクリア。

 空裂から出る所を誰かに見られる事態は回避。


 亀裂の中に声を掛けると、嶺華がピョンと跳ねて飛び出してきた。


「あら、ずいぶん静かな所に出られましたわね」


 二人が降り立ったのは住宅街の路地裏。

 大通りからは距離があり、近隣住民以外は通らないような場所だ。


『周囲の人感スキャン完了。現在地から神代唯の自宅までの区間に、人間は確認できません』

「歩行者ゼロ? そんなことある?」

「運が良いではありませんの」


 長剣の柄に浮かび上がる表示を見ると、現在時刻は午後1時を回った所。

 この季節で最も暑い時間帯にわざわざ出かける人は少ないということか。


『ただし、建物の中はスキャンできておりません。ご注意を』

「了解」


 マルルの忠告を聞きながら、背中の布袋に長剣を包む。

 願わくば、このまま誰とも遭遇せずに家まで辿り着きたい。


「それで、唯さんの家はどちらですの?」

「こっちです」


 唯は嶺華を連れ、自宅の方角へと走り出した。


 ここからはスピード勝負だ。

 滞在時間が長ければ長いほど、見つかるリスクが増していく。


 通行人が少ない状況はラッキーだが、いつまで続くか分からない。

 もしも、ちょっとコンビニへ行くために誰かが出てきたら。

 すぐ横にある住宅のドアは、いつ開いてもおかしくない。


「できるだけ静かに走りましょう」

「善処しますわ」


 そうは言いつつも、二人の履いているカジュアルな靴で足音を完全に消すのは不可能。

 せめてバタバタと大きな音を立てないよう、競歩みたいな早歩きスタイルで家路を急ぐ。

 厚底ブーツの嶺華はスニーカーの唯よりも走りずらいはずだが、唯のペースに軽々とついてきている。

 龍の体幹が為せる技か。


「次はこっちの道です」


 唯にとっては見知った近所。

 通行量が少ない道はなんとなく頭に入っている。

 大通りに出ることは避け、細い裏道を選んで進む。


「それにしても、唯さんの街は静かですわねぇ。本当に人が住んでいるんですの?」

「うーん、少しくらい人が歩いててもおかしくないんですが…………」


 異様なほど静かな街の雰囲気に首をかしげる唯。

 いくら酷暑とはいえ、人の気配が無さすぎるのも不自然だ。


 外出しなくても、家の中で生活していれば物音や話し声が漏れ聞こえるはず。

 なのに、それが全く無い。


 嶺華の言う通り、本当に街から人が消えてしまったように思えてくる。



「この角の向こうが私の家です」


 想定よりもずっと早く、唯の家の前まで到着。

 人目を避けながらこそこそ進むつもりだったが、そもそも人が居なかったためすんなり着いてしまった。


「(…………見張りとかはいないっぽい?)」


 建物の陰に身を隠し、念入りに自宅周辺を索敵する唯。

 懸念していたAMF隊員の姿は見当たらない。

 通行人の影も無し。


 いつも通り、見慣れた一戸建てが唯の帰りを待っていた。


「(ここが唯さんのお家ですの? ずいぶんと小さいですわね)」

「(嶺華さんの家が大きいんですよ)」


 彼女のスケール感に苦笑しつつ、玄関へ向かう。

 静まり返る住宅街の雰囲気につられて、二人の声のボリュームは自然と小さくなっている。

 

 ドアノブに手をかけた瞬間、唯は顔を引きつらせた。


「(っ! 開いてる…………!)」


 玄関のドアに、鍵がかかっていない。


 梓が閉め忘れただけなのか。

 それとも、中に誰かいるのか。

 本当にAMF隊員が待ち伏せしているパターンだったら。


 嫌な想像が頭をよぎり、心拍数が上がってゆく。


「(お気をつけて)」

「(もちろんです)」


 ゆっくり、静かに、慎重に。

 唯は警戒心を最大限に高めながら、慣れ親しんだ自宅のドアノブを回した。



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