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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
54/102

第51話 失われた足跡と新たな一歩


 太陽燦々(さんさん)、夏日和。

 彼方に見ゆる入道雲。


 木漏れ日の中に降り立つは、仲睦まじい二人の女。


「周囲に敵影なし、ですかね」

「マルルが偵察済ですもの。心配要りませんわ」


 空裂を開いた先は、草木生い茂る野山の中であった。

 敵という表現を抜きにしても、二人の他に人影は見当たらない。


 山道といえば、満身創痍の嶺華を支えながら歩いた記憶が思い起こされる。

 だが現在唯たちが居るのは、地下施設の入り口を目指した時の山とは全く別の場所だ。


 地図によれば、ここは敷城市の隣町・綾坂(あやさか)市にある『綾坂森林公園』というエリアらしい。

 森林公園というだけあって、人の手で整備された遊歩道が森を貫いている。

 小川には手すり付きの橋がかかり、ハイキングコースとしても魅力的だ。


『周囲1km四方に他の人間の反応は認められません』


 握りしめた黒い長剣から、優しい母のような声が響く。


「偵察ありがとうございます。ここなら、人目を気にせずのびのび歩けますね」


 敷城市から離れているとはいえ、逃亡者が人混みの中を闊歩するのはリスクが高い。

 そこで、最初は人里離れた自然の中を散策し、後半はなるべく人口が少ないエリアの店を回るデートコースを設定したのだ。


 唯は、隣に立つ彼女の格好を改めて見る。


「嶺華さん、シックなコーデもお似合いですよ」

「あらどうも。さっきも聞きましたけど」

「デートの始まりには必ず相手の容姿を褒める。そういうルールがあるんです」

「ふふ。確かにそういった一言は大事ですわね」


 嶺華は藍色の大人っぽいロングワンピースの上に、白いフード付きパーカーを羽織っていた。

 夏の気候ならばワンピースだけで十分なのだが、黄金色(こがねいろ)の長髪を隠すために無理やりフードを被ってもらっている。


 少女の髪は永遠に眺めていられるほど美しい。

 それ故に、一般人から見ると目立ちすぎるのだ。


 左右非対称な肩を隠すため、パーカーの袖にはいずれの腕も通していない。

 片腕が無いことが知れれば髪色以上に目立ってしまうだろう。

 もちろん、雷龍の機械大剣は置いてきた。


 派手な髪が隠れているせいか、嶺華の格好は全体的に大人っぽい印象だった。

 足元から覗く厚底ブーツが少女の挑戦的な若さを主張しているが。


「唯さんも、格好良い着こなしですわ」


 対する唯は肌着の上から革のジャケットを羽織っている。

 下半身は薄緑のカーゴパンツに迷彩柄のスニーカー。

 淑女スタイルの嶺華に対して、こちらはボーイッシュな型でまとまった。


「えへへ……ありがとうございます」


 彼女の褒め言葉に照れながらも、このコーデに辿り着くまでの苦労を振り返る唯。



 初デートともなれば、ピシっとキメた格好で臨みたい。

 しかし、唯の手元には肌着とAMFの制服しかなかった。

 おしゃれ以前に、制服を着たまま出歩けば逃亡者であることが露見してしまう。


 よって、服を取りに行くための外出なのに、来ていく服が無いという矛盾が発生。

 結局、嶺華の衣類を借りることになったのだが。


 地下施設の一室、またの名をクローゼットルーム。

 そこで目にした嶺華の私服たちは、大変可愛らしいラインナップだった。

 ふわりと広がるスカート、美しい花が繊細に編み込まれた刺繍、量産品ではなさそうな革製品の数々。

 中には淑女の頂点を思わせるゴシックロリータ装備一式まで。

 なんというか、舞踏会やら貴族のお茶会やらに着ていけそうなアイテムばかりだったのである。


 唯自身、乙女服は似合わないと自覚している。

 ましてやフリルの付いたドレスなど、身に纏う勇気は皆無であった。

 試着を勧めてくる嶺華を苦笑いでいなし、クローゼットルームの隅から隅まで探して、やっと着こなせそうな服を見つけたのだ。



「でも意外です。嶺華さんもこういうクール系の服を着るんですね」

「いいえ、その服は着たことありませんわ。わたくしの趣味ではありませんし」

「え、じゃあ誰の?」

「さあ。元からあの部屋には沢山の服がありましたし」

「…………?」


 嶺華は一貫して、今までずっと独りで暮らしてきたと言っている。

 しかし、地下施設には明らかに大人数が生活するための設備が整っていた。

 昔は嶺華以外の人間が住んでいたのだろうか。


「嶺華さんの過去のこと、もう少し詳しく聞いていいですか?」

「構いませんけれど、せっかく美しい自然の中に来たのですし、歩きながら話しましょう」

「そうですね。えーっと、目的地は……こっちです」


 長剣から浮かび上がる拡張ディスプレイに地図を表示させ、進むべき方角を確認する。

 最初の目的地までは、ひたすら1本道を進むだけだ。


 確認を終えた唯は長剣を細長い布袋に入れ、背中に背負う。

 布袋の両端を繋ぐ紐を肩にかければ、スポーツ用具に見えなくもない。


「手、繋ぎませんの?」


「っ! …………はい!!」


 彼女の左手を、ぎこちない動きで握る唯。

 命の危険が無い状態での、念願の初デートが始まった。



 ◇◇◇◇◇◇



「…………というわけで、私はずっと妹と二人暮らしだったんです」


 相手の身の上話を聞き出すなら、まず自分のことから語るべし。

 唯は自分の半生をかいつまんで嶺華に伝えた。


「ふむ。唯さんもご両親との思い出はあまり無いのですわね」

「嶺華さんも?」

「ええ、わたくしの親もいませんわ。お互い『親子愛』というものには縁が無いようですの」


 広大な地下施設をたった一人で住み倒す嶺華。

 当然ながら唯の他に同居家族はいない。


「嶺華さんの親のこととか、聞いちゃってもいいんですか?」


 唯がそうだったように、失った家族のことを聞かれるのは気持ちの良いものではない。

 何歳くらいの時から離別したのか。

 何が理由で。

 もしも心の傷を刺激してしまったらと思うと、根掘り葉掘り聞くのは躊躇われる。


 唯はガラスのアンティークに触れるかの如く、慎重に顔色を伺いながら質問した。


「お気遣い不要ですわ。親のことは何も覚えていませんもの」


 嶺華は全く気にしていない様子であっけらかんと語った。

 とりあえず地雷を踏まなくて良かった、と安堵する唯。


「物心つく前にはもう、ってことですか?」


 唯の場合、両親を喪ったのは7歳の時だった。

 あの時の絶望と悲しみは、記憶の中に強く焼き付けられている。

 嶺華はもっと幼い時に別れたのだろうか。


 だが彼女からは、予想外の答えが返ってきた。



「実はわたくし、5年前までの記憶がありませんの」



「………………………………ええ!?」


 幼いとかではなく。

 記憶喪失。

 孤独に囚われていた少女は、己の半生すら喪っていた。


「ですから、生まれも育ちも全くわかりませんの~~」


 ニコニコと話す嶺華は、人生の一大事に対して何も負い目を感じていないようだった。


「え、だってこの前、空裂の中で育ったって言いましたよね?」

「マルルから聞いた話ですわ。わたくしの記憶ではありませーん」

「な…………」


 目の前の少女は完全に開き直ってしまっている。

 他方、どうやら彼女の空白を知る証言者がいるらしい。

 唯は背中の長剣に話しかけた。


「マルルさん! マルルさんは嶺華さんが記憶喪失ってこと、知ってたんですか?」

『はい。マスターはおよそ5年前、仮死状態から覚醒しました』

「仮死状態??????」


 知っているどころか、さらに驚くべき情報が明らかになった。


『覚醒直後のマスターは歩行不可能なほど衰弱していました。

 その後リハビリテーションプログラムを適用し、戦闘可能な状態にまで回復したのです』

「そうだったんですか…………」


 まず、仮死状態から還ってきた時点で凄まじい生命力だ。

 そこから雷龍のアームズを纏い、軽快に疾駆できるようになるまで、どれほどの苦労があったのだろう。


「言葉を覚えるのにもずいぶん時間がかかりましたの」

「ことば?」

『当時のマスターの脳は記憶へのアクセス能力が著しく損なわれており、いわば初期化状態となっていました。客観的には乳児と同等の自我しかなかったのです』

「長く眠りすぎて、前のわたくしは消えてしまったのでしょうね」


 唯がイメージする記憶喪失の人間は、自分が記憶喪失であることを他人に伝達できる。

 つまり、記憶が消えても言葉や情緒といった人格の基礎は残っているはずなのだ。


 それが赤子同然にまで戻ってしまったという話。

 にわかに信じがたい。


「嶺華さんはどれくらいの期間眠ってたんですか? というか、なんで嶺華さんは仮死状態に?」


 長剣に問いかける唯。


 脳や体に物理的なダメージを受けたのか、それともなんらかの精神病か。

 目覚めた時のことを知っているなら、その前のことも知っているはず。


 しかし、長剣から響く女性の声は突如として態度を硬化させた。


『開示できません。管理者権限が必要です』

「へ?」

『開示できません。管理者権限が必要です』


 同じ音声の繰り返し。

 不在着信メッセージのように、マルルは唯の質問を取り合ってくれなかった。


「無駄ですわよ。わたくしだって何度も聞きましたもの。マルルは教えてくれませんわ」


 嶺華はとっくに諦めた様子で首を振る。

 5年前以前のことを教えてくれないのなら、以降のことはどうだろうか。


「嶺華さんは5年前に生まれ直した。でもそんな状態から、たった5年でどうやって今の嶺華さんになったんですか?」


 流暢に話し、理性的に振る舞っている嶺華。

 5年前に赤子からやり直したということは、目の前にいる少女の精神年齢は5歳のはず。

 しかし嶺華の言動は思春期を過ぎており、10代後半から20代前半くらいに感じる。


「『ラーニングギア』ですわ」

「?」


 疑問符を浮かべる唯に対し、嶺華は淡々と説明する。


「寝ているだけで知識と経験が脳に書き込まれる装置ですの。あれを使えば『学校』とやらに行かなくても、効率よく勉強ができますのよ」

『ラーニングギアの自動学習により、マスターの脳には未就学児から高校卒業までの学業、および、人格形成に必要な経験がインストールされています』


 マルルの補足を聞いて、唯は軽い立ちくらみのような衝撃を覚えた。


 教養、一般常識。

 普通の人なら小学校・中学校・高校と、義務教育や高等教育で段階的に身につけていく知識や経験。

 それらを、彼女は寝ているだけで獲得してしまったというのか。


「例えば、わたくしは『海』ということばを知っていますし、海の色が青色であることも、海で泳いだ感覚も『覚えて』いますの。

 ……けれど、本物の海を見たことはありませんわ」


 彼女は、確かに唯と違和感なくコミュニケーションできている。

 それらが全て『付け焼き刃』なのだとしたら。


「そんな…………」


 唯の知らないオーバーテクノロジーによって、嶺華はたった一人で多感な10代の経験を身に着けてしまった。

 頭の中をいじくり回され、シミュレーションによって無理やり大人の人格を植え付けられて。

 効率よく成長できる代償に、恩師や友人に出会う機会は得られず、孤独を背負わされて。

 まるで機械に与えられた人生だ。


 虚しすぎる。


 そんな心無い言葉を吐きそうになるが、ぎりぎり喉元で飲み込んだ。

 これから彼女の隣に立つパートナーとして、掛ける言葉はそうじゃない。


「事情は分からないけど、状況は分かりました。

 嶺華さんが『本物』の思い出を全く持っていないのなら…………」


 生きた記憶が無い、空っぽの少女のために、できることは。


「これから私が嶺華さんを色んな所に連れて行きます。

 だから、嶺華さんは『本物』の思い出を作ってください」


 目で見て、耳で聞いて、手で触れて。

 機械で再現できる画像ではなく、生身でしか味わえない情景を。

 唯は、少女に新鮮な景色を見せてあげたくなった。


「唯さん…………ふふふ、ありがとうですの。楽しみにしていますわ」


 嬉しそうに笑う嶺華は、子供のように目をキラキラと輝かせていた。

 大人っぽい顔立ちとのギャップに、唯は思わず口元をほころばせる。


「(これが『萌え』か)」


 唯が少女の顔に見惚れていると、当の少女は突然足を止めた。


「………………あら?」


 嶺華が見上げる視線の先には、何の変哲もない道端の木。


「どうしました?」


「よっと」


 少女は唯の手を離すと、いきなり木の幹に向かってジャンプした。


「!?」


 厚底ブーツの先を器用に引っ掛けた嶺華は壁キックの要領で跳び上がり、そのまま3メートル上の枝に手を届かせた。


 曲芸のような身体能力に唖然とするしかない。


「取れましたわ。なんですの、これ?」


 少女は無邪気に戻ってくると、左手に掴んだものを唯に見せてきた。

 手の平の上に鎮座していた物体は。


「…………まじですか」


 赤みがかった茶色の体表。

 蠢く6本の足。

 そして、頭から伸びた長い角。


「どう見てもカブトムシですけど!?」


 唯の目が正しければ、少女がフライングキャッチした生物はオスのカブトムシだった。


「確か昆虫の一種ですの! 格好いい角ですわねぇ!!」


 反り上がった角を嬉々として眺める嶺華は、興奮しきった様子で左手を掲げた。

 虫に触れても全く嫌がる素振りを見せていない。

 大人っぽいと評価したばかりだが、今の嶺華は完全に虫取り少年である。

 上品な言動の裏には、案外子供っぽい所もあるのか。


「カブトムシ見るの初めてですか?」

「もちろんですわ! 虫さんをこんなに近くで見たこと自体、わたくしは初めてで…………きゃああッ!?」


 飛翔。

 嶺華に捕まったカブトムシは、翅を広げて悠々と飛び去っていった。


「カッコいい上に飛べるんですの!?」

「あらら……逃げられちゃいまいたね」

「それはいいのですけれど……」


 カブトムシが飛んでいった空を見つめる嶺華は、遠い目をしながら呟いた。


「わたくしもあんな風に飛んでみたいですの」


 焦がれるような少女の願いに、唯はふと首を傾げる。


「嶺華さんだって、アームズで飛んでたじゃないですか」


 駆雷龍機(クライリュウキ)の背部ユニットには、次元障壁を操る翼膜がある。

 その翼を自在に制御することで、嶺華はビルの間を縦横無尽に飛び回っていたはず。


「駆雷龍機はジャンプして滑空するだけですの。

 そうではなくて、わたくしは空を自由に飛んでみたいのですわ」

「なるほど…………」


 重力を捻じ曲げる跳躍であっても、少女は自由に飛んでいるとは思っていなかったらしい。

 さらに嶺華は付け加えた。


「ああそうですわ。マルル! 次は空を飛べる機能を追加しておいてくださいまし」

『承知しました。要件に加えておきます』


 唐突な嶺華のリクエストを当然のように受け付けるマルル。


 片腕を失った嶺華は、もうアームズを纏って戦うことはできない。

 唯はそう思っていたが、彼女にはまだ何か秘密があるのか。


「次って一体何の……」


 言いかけた唯の質問は、少女の手によって制止された。


「(唯さん、あれを)」


 小声の少女が目配せした道の先。

 目を凝らすと、こちらへ歩いてくる人影が見えた。


「(おっと)」


 唯は一瞬、AMFの追手かと思って身構えた。

 だが、軽装の格好を見るにただのハイカーのようだ。


「(アームズの話はしない方がいいかも)」


 ニュース番組を見た限り、唯と嶺華が逃亡中という情報は報じられていないようだった。

 ただし、一般人が未知のテクノロジーの話を耳にしたら、不審に思う可能性はある。

 通報されないためにも、人前で嶺華の生い立ちやアームズについて喋るのは控えるべきだろう。


「……」

「……」


 前から歩いてくる男は、すれ違いざまに嶺華の方をちらりと見た。

 半袖半ズボンの男にとって、真夏に深々とフードを被る少女は不自然に映っただろうか。

 日焼け対策だと思ってくれればよいが。


 唯と嶺華は、男と視線を合わせないように目を伏せる。


「……」

「……」


 声をかけられることはなかった。

 しかし、再び唯たちの進行方向に目を向けると、他にも歩いてくる人の姿がぽつぽつと確認できる。

 公園の入り口が近づいてきたのだ。


「話の続きは、また夜にでも聞かせてください」

「ええ、今はせっかくのお散歩を楽しみませんと」

「そうですね! 嶺華さんとの初デートですから!!」


 小難しい話は後回し。

 唯は思考を切り替え、再び嶺華の手を取った。



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