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鎧装イリスアームズ ~超次元に咲く百合~  作者: 秋星ヒカル
第二章 愛憎螺旋 編 
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第48話 グッドモーニング・ロード


 浮上する意識。

 二度目の覚醒。


「ぅ……く…………」


 瞼の封印を破り、唯はやっとの思いで目を開けた。

 睡眠のサイクルを過剰に回しすぎたせいで、筋肉はすっかり緩みきっている。


「流石に、起きなきゃ」


 三度寝の誘惑をお断りするため、力いっぱい手の平を握りしめてみた。

 指先までちゃんと動く。

 熱も下がったようだ。

 唯は身体を捻ってうつ伏せになり、尻を上げて腰を伸ばす。


「ぐぅぅ…………」


 猫のような体勢で背伸びをすると、低い唸り声が喉から漏れた。

 相変わらず部屋は真っ暗で、今が朝か夜かは分からない。


「うぉ!?」


 室内の暗闇が一転、眩しい光が視界を埋め尽くす。


 客人の起床を検知するセンサーでも働いたのか。

 天井の白い電灯が煌々と光を放ったのだ。


 眩しさに涙ぐむ半目を開くと、唯が寝ていたのは6畳ほどの寝室だと分かった。 


「嶺華さんは居ない、か」


 隣で寝息を立てていた少女の姿は見当たらない。

 唯を起こさずに出て行ってしまったようだ。


 今が本当に朝ならば、とりうる行動は朝食だろうか。

 この地下施設がどのくらい広いのかは不明。

 ただ、設備の充実度からして食堂のような部屋があってもおかしくはない。


 とにかく、今はベッドから離れねば。

 生暖かい毛布の上を匍匐前進の要領で這いずり、唯はようやく眠り沼から脱出した。


 彼女を探しに行くのだが、その前にやるべきことがある。


「まず風呂!!」


 寝汗の染み込んだシャツを大至急脱ぎ捨てたい。

 そして、熱いシャワーを浴びるのだ。

 この地下施設には、高級旅館のような大浴場があることが分かっている。


 輝く湯船を思い浮かべながらベッドを降りる。

 ところが。


「おっとと!?」


 一歩足を踏み出した途端、立ちくらみが襲った。

 唯は思わず座り込んでしまう。


「やば…………歩いて行く元気ないかも」


 熱が下がったとは言え、気怠さに包まれた体では歩行もままならない。

 仮に大浴場まで辿り着けたとしても、今のふらふら状態では湯船で溺れてしまう。

 かといって、これ以上寝汗にまみれたまま過ごしたくはない。

 清潔を手に入れるためには、溺死覚悟もやむなしか。


 唯が床の上で迷っていると、天井から声が降ってきた。


『おはようございます。神代唯』


「マルルさん、おはようございます」

『どうかなさいましたか?』


 はきはきとした口調は、ホテルのルームサービスのような雰囲気だ。


「実は、大浴場に行こうと思ったんだけど…………気力がなくて。この部屋にもお風呂とかないんですかね」


 苦笑いしながら聞いてみると、部屋を知り尽くすマルルはさらっと教えてくれた。


『シャワーだけでよろしければ、寝室にも備わっております』

「なんですって!?」


 急に湧きあがる力で起立した唯は、壁に手をつきながら歩きだす。


 手狭な部屋だが、よく見ればビジネスホテルのように機能が詰め込まれた間取りになっていた。

 部屋の入口の近く、トイレに並んでもう一つの扉。

 唯が今一番求めている設備。


「おぉ! シンプルイズベスト!」


 中を覗くと、そこは質素なシャワールームだった。

 お湯を貯める風呂桶こそ無いものの、壁の棚にはシャンプーやボディソープが用意されている。

 ボトルではなく、ボタンを押したら液体が出てくるタイプの装置だ。


「私が使っていいんですか?」

『本艦の設備は自由に使っていただいてかまいません。神代唯はマスター代行ですから』

「ありがとうございます!」


 天井に向かって礼を叫びつつ、汗を吸った衣服を脱ぎ捨てる。

 シャワールームの床に膝をつきながらも、唯はなんとか身を清めることができた。



 ◇◇◇◇◇◇



「ふぅ、さっぱりした」


 無事に清潔感を取り戻した唯。

 温水の刺激で代謝が上がり、弛緩した筋力も徐々に戻りつつある。


 シャワールームを出ると、壁際の机の上に着替えが用意されていた。

 地下施設へ来る際、唯が着ていたAMFの制服一式である。

 またしても綺麗に洗濯され、皺なく畳まれた制服は今すぐ着られる状態だったが。


「マルルさんには感謝だけど……この服はもう嫌だな」


 嶺華を拒絶し、傷つけたAMF。

 その一員であることを示すジャケットに、袖を通す気にはなれなかった。


 だが他に着るものは無く、裸のままという訳にもいかない。

 下着を身に着けた唯は、仕方なくAMF制服のズボンを履いた。

 インナーのシャツを羽織り、ジャケットだけは置いていく。


 湯冷めによる肌寒さを感じつつ、唯は寝室を後にした。



 廊下は相変わらず高級ホテルのような絢爛(けんらん)さだ。


 ふかふかの赤い絨毯。

 磨りガラスで覆われたリッチな照明。

 壁にならぶ数多の扉は、全てホテルの客室になっているのだろうか。


「それで、嶺華さんはどこに行ったんですか?」

『マスターは居住区画内、センタールームにおります。案内しますか?』

「お願いします」


 天井のナビに従い、のろのろと廊下を歩く唯。

 初めて来た時は嶺華の心配で頭が一杯だったため、廊下の順路は全く覚えていない。

 唯にとっては未開の道を手探りで進む感覚だった。


『次の角を右です。その後20メートル直進し、左に曲がります。その後……』

「けっこう歩くね!?」


 広いだけでなく、とにかく入り組んでいる。

 迷路のように曲がり角だらけの廊下は、案内がなければ迷子になってしまいそうだ。


「はぁ、はぁ……」


 気怠い体に鞭打って足を動かす。

 息も絶え絶えだが、リハビリにはちょうどいい運動かもしれない。


『突き当りの部屋がセンタールームです』


 ようやく嶺華の待つ場所へと到着。

 両開きの自動ドアが軽快に開き、新しい家族を招き入れる。



 ◇◇◇◇◇◇



「遅いですわ」


 開口一番、嶺華の拗ねたような声が出迎えた。


「すみません、全然起きれなくって」

「ふふ、やっぱりお寝坊さんですこと。まあいいですわ。おはようですの、唯さん」

「おはようございます嶺華さん!」


 彼女と朝の挨拶を交わしただけで、ふらふらだった体に活力が漲る。


「元気そうですわねぇ」


 ジトっとした目を向ける嶺華に対し、唯の胸は高鳴っていた。

 無理もない。

 これから毎日、憧れの彼女に朝から会えるのだ。


「よく考えたら、いきなり同棲開始ってことだよね!?」

「当たり前ですの」


 嶺華と過ごす日々がこの手の中に。

 じわじわと実感が湧いてきて、唯は多幸感に包まれた。


「ところで、ここは何の部屋なんです?」


 改めて室内を見回す唯。

 唯が寝ていた寝室とは比べ物にならないくらい広い部屋だ。


 部屋は大きく2つのエリアに分かれている。


 片方は、カーペットの敷かれた憩いの空間。

 嶺華が体を預けている大きなソファー。

 その前には50インチくらいありそうなモニターと、左右に並ぶスピーカー。

 完全にホームシアターである。


 もう片方は、親しみのあるフローリングのエリアだ。

 10人くらい座れそうなダイニングテーブル。

 奥にあるのはキッチンだろうか。


 ざっくりまとめると、大豪邸のリビングだった。


「ご想像の通りですわよ。食事をしたり、寛いだりするだけの部屋ですわ」

「にしても広いですね……本当に嶺華さんだけで住んでるんですか?」


 その設備の充実ぶりは、一家どころか複数世帯が共同で使えるレベルだ。

 大家族の団欒が聞こえてくるよう。


「わたくしは一人。そう言いましたの」


 彼女が嘘をつく理由は無いだろう。

 つまり本当に一人暮らし。


 長いダイニングテーブルの隅っこに腰掛け、ぼっちで飯を食う嶺華を想像してみる。

 どう考えても、寂しい。


「でも、これからは二人、ですよね!」

「ええ…………そうですわね」


 彼女を励ますように、満面の笑みを浮かべる唯。

 嶺華もちょっぴり嬉しそうに笑った。


「よーし、じゃあまずは…………あ」


 朝ごはんを食べたい。

 その一言を発するより先に、腹の虫がぐぅと鳴った。


「あらあら唯さんったら」

「あはは…………お腹空きました」


 3日間、何も食べていないのだ。

 力が入らないのも無理はない。


「すぐに朝食を用意させますわ。マルル!」

『承知いたしました』


 嶺華が一言命じただけで食事が出てくるらしい。

 便利な施設だ。


 朝食の準備を待つ間、改めて嶺華の体のことを尋ねてみる。


「嶺華さん、その、体の方は大丈夫ですか? V-105の後遺症とか」

「わたくしも十分休息を取りましたわ。体の調子はすっかり元通りですの……………………右腕以外は」


 ソファーから立ち上がり、背筋を伸ばして見せる嶺華。

 気丈に振る舞っているものの、伏せた目には翳りが見え隠れする。


「時々ごわごわした違和感を感じますの。まあでも、今はそれほど痛みませんわね。唯さんが傍にいるからでしょうか」


 少女の可愛らしい台詞を聞いた瞬間、唯は彼女の肩を抱きしめていた。


「いつでも私に頼ってください。私はもう、嶺華さんの手足なんですから」


 一生かけて彼女を支え続ける。

 あの雨の夜から、唯は既に覚悟を決めている。


「頼りにしていますわよ…………と、言いたい所ですけれど」


 嶺華の左腕が、肩に回した唯の手に触れる。


「ご自分を見失うような戦い方は謹んでいただきませんとねぇ」

「それは……」


 ちらりと振り返った嶺華は、唯の目を射抜くような厳しい視線を向けてきた。


「マルルから聞きましたわ。デリートと戦った時、唯さんはとても『楽しそう』だったと」


 どきり。

 唯の脳裏に、戦場の熱が蘇る。



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