第4話 降臨
ぽつり、ぽつり。
空に立ち込めた暗雲から雨が降り出した。
雨粒がコアユニットに当たる度、蒸発した水滴がじゅうじゅうと音を立てる。
倒れ込んだまま起き上がることができない唯の前に、銀色の巨躯が迫る。
「(あ、これ詰んだわ)」
死の予感が明確になっていくにつれ、冷静な思考が戻ってくる。
唯の脳が最後の最期に再生したのは、今までの人生を振り返る走馬灯だった。
◇◇◇◇◇◇
私が7歳の時、両親が死んだ。
残った肉親は妹の梓だけ。
不幸中の幸いか、両親の死亡保険金のおかげで、私と梓が高校に行けるくらいの余裕はあった。
仲のいい友達もそれなりにいた。
将来の夢は特になかったけど、高校を出たら働き口を見つけるつもりだった。
両親の分まで、なんとか生きていこうと思ってた。
でも、あの日、私の人生は一変した。
「ついに本校から装者の適性試験合格者が出ました。神代唯さん、おめでとう」
校長先生の一声を受け、高校の体育館が万雷の拍手に包まれる。
「神代さんすごい!」
「選ばれし者、って感じだよな! 憧れる!」
「装者て給料すげーんだろ? 羨ましいなー!」
「この街を頼んだぞ! 頑張って!」
生まれて初めて、他人に必要とされた。期待された。
それが本当に嬉しかった。
こんな私でも、誰かの役に立てる。
突然映画の主役に抜擢されたみたいで、心がときめいた。
けれど、待っていたのは灰色の日々だった。
装者は一朝一夕でなれるものではない。
実戦で使い物になるまでには、地道で長い訓練が必要だった。
「神代さん、放課後カラオケ行くんだけど、一緒にどう?」
「ごめん、今日も基地で訓練だから……」
「ダメだよ、神代さんは私らと違って忙しいんだから」
学校が終われば基地で訓練。遊ぶ時間なんて無い。
「(今日は神代さん誘う?)」
「(いやいや、あいつは来ないっしょ。来ないやつ誘わんくていいよ)」
いつしか、友達とは疎遠になっていった。
一人ぼっちで帰った卒業式は、ちょっと泣いたな。
「神代唯。正式にAMF装者として任命する」
「はっ」
高校を出た後は、ひたすら基地に入り浸る日々。
来る日も来る日も、戦闘訓練とアームズの調整に明け暮れた。
『神代隊員! 回避してください!』
「くっ……!」
いざ実戦投入されると、今度は命懸けの戦いの日々。
心身共に疲れ果てた日もあった。
それでも折れずにやってこれたのは、梓がいてくれたからだ。
「お姉ちゃん、大丈夫? 無理しないでね」
「ありがとう、梓」
「ううん、感謝するのはわたしの方。お姉ちゃんのおかげで、わたしたちの命が助かってるんだから」
梓が支えてくれたから、キツい出撃も頑張れた。
「お姉ちゃん! わたしもAMF予備隊に合格したよ! これで将来は一緒の職場だね!」
「おめでとう。梓がいるなら心強いわ」
「お姉ちゃんとは一生一緒にいたいからね! それに、わたしを置いてけぼりにしたら許さないよ!」
「あはは……ありがと」
つまらない人生かもしれないけど、梓が一緒なら寂しくなかった。
このまま梓と仲良く生きていけたら、私は幸せだった。
◇◇◇◇◇◇
「梓……一人にして、ごめん」
降り出した雨に打たれながら、唯は最期の懺悔を述べた。
唯が死んだことを知ったら、梓はひどく悲しむだろう。
それどころか、現実を受け止めきれずに、後を追って自害するかもしれない。
視界の端で、ドルゲドスが剛腕を振り上げた。
唯にトドメを刺す構え。
金属質の表皮が雨に濡れ、雲の上から注ぐ太陽光が怪しく反射する。
あと数秒後には腕が振り下ろされ、唯の体はぺしゃんこの挽き肉にされるだろう。
ここが、人生の終点。
動力を失い、冷たくなった黒い短刀を握りしめ、唯はぎゅっと目を閉じた。
刹那――――――――。
「駆雷龍機! 装動ですわ!!」
『ライジング・ドラゴン』
轟く、雷鳴。
打ち付ける雨に反逆し、黄金の稲妻が天へと駆け昇る。
稲妻の中から覗く星空。地球上のどこを探しても見つからない景色。
割れた世界の狭間から、現れたるは黒鉄の龍。
械獣たちはピタリと動きを止め、閃光の発生源に頭部カメラを向けた。
唯も無意識に瞼を開き、声のした方角に目を向ける。
交差点の中央、ぽっかり空いたクレーター。
その上に立っていたのは。
龍の鎧を身に纏う、一人の少女だった。
大地を踏みしめる、竜脚の如き脚部装甲。
太股を魅惑的に彩る黒インナー。硬殻質のスカート。
黒と白を基調とする胸部装甲が形作るシルエットは、舞踏会に馳せる淑女のドレス。
そんなお淑やかさを斬り裂くように、袈裟懸けに刻まれた金色の稲妻模様。
手先までを覆う重厚な腕部装甲が握りしめるのは、紫電迸る機械大剣。
「大きな獲物が3体も。ふふふ……久々にぶった斬り甲斐がありそうですわぁ!!」
肩まで伸びた長髪は朝日が昇るような黄金色に輝き、麗しき双眸は自信に満ちあふれている。
1対の翼を備えた背部ユニットが吸気音を唸らせ、強靭な四肢にエネルギーが漲った。
「さあ! わたくしを楽しませてくださいまし!!」
龍の剣舞が開演する。