第45話 炎鬼覚醒
「業炎怒鬼! 私にもっと力を……こいつらを倒す力を寄越せ!!!」
叫んだ直後、唯の首筋にちくりと痛みが走った。
熱い何かが、体の中に流れ込んでくる。
血管を通り抜け、全身を駆け巡る薬の感覚。
心臓がどくんと跳ね、歓迎の心音が鼓膜を震わせた。
「(これは……!)」
突然、械獣たちの動きがゆっくりになった。
というより、唯の思考速度が上昇したのか。
クリアな思考を塗りつぶすように、体の芯から果てなき力が沸き上がる。
胸に巣食っていた恐怖心は完膚なまでに駆逐された。
「消去スル! 消去スルッ!」
デリートの刺突乱打。
一太刀でも喰らえば致命傷。
その一手一手を長剣でいなす度、唯の背筋をゾクゾクと刺激が駆け昇る。
全ての攻撃を正確に回避しながら、唯はにやりと笑った。
「この力があれば、私は何でもできる……………………何でも壊せる」
揺れ動く刀身に刻まれた、血のように赤い焔模様が語りかけてくる。
もっと斬りたいだろ?
もっと燃やしたいだろ?
もっと壊したいだろ?
剣は教えてくれた。
戦いとは、命のやり取りとは、快楽であると。
焼け、灼け、壊せ、コワセ!
破壊、破壊、破壊、破壊!!
剣は教えてくれた。
破壊こそが、正義だと。
唯の中で、箍が外れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
絶叫した唯と、さらに熱量を増幅させる装甲。
右からスラクトリーム、左からデリートが同時に迫る。
「ははは……」
自分に向けられる殺意が心地良い。
「ふッ!!」
唯は振り下ろされたスラクトリームの腕に赤黒い長剣を突き刺し、左足でデリートの腹に鋭い蹴りを放った。
「グォォッ!?」
蹴られたデリートは何度もバウンドしながら、10メートル以上吹っ飛んだ。
唯は受け止めたスラクトリームの左腕を脇に挟み、両手でがっちりと抱え込む。
そのまま体を180度反転させ、渾身の背負い投げを敢行した。
「どおりゃああああああああ!!!」
左腕を中心に、大きな弧を描くスラクトリーム。
黒銀の龍は背中から地面に墜落。
硬い瓦礫に叩きつけられた衝撃で、唯が掴んだままの左腕は根本からばっきりと千切れた。
「脆いなぁ!」
長剣を引き抜き、不要になった腕を後方へ放り投げる唯。
スラクトリームはよろよろと立ち上がろうとしたが、怒る鬼が許さない。
唯は間髪入れず、仰向けの龍へと飛びかかった。
「はぁッ!!」
長剣の一撃は、残った右腕の鉤爪で受け止められる。
次元障壁同士が反発し、鍔迫り合いの中心で火花が散った。
右手に握った長剣で鉤爪を押さえつつ、スラクトリームの上に馬乗りになる唯。
黒銀の装甲めがけて、左の手甲を何度も叩きつけた。
「壊れろ! 壊れろ! 壊れろッッ!!」
拳を振り抜く度に。
敵の装甲が歪み、ひしゃげ、剥がれ落ちる度に。
極上の快楽が脳を支配する。
唯の二十年間の人生で、今ほど昂ぶった瞬間は無い。
「あははははははッ!!!」
やがて、胴体の装甲が抉り取られた。
唯は右手で長剣を掴んだまま、逆立ちするように体を回し、押さえつけていた鉤爪に踵を落とす。
スラクトリームの右手首は圧潰し、根本から千切れた鉤爪が地面に落下した。
ゆらりと立ち上がった唯は、足元で藻搔く龍に長剣を突き立てる。
何度も、何度も。
「嶺華さんの剣のくせにッ! 嶺華さんを裏切りやがってッ!!!」
怒り狂う唯の一方的な蹂躙を止める者はいない。
ガアアァァァァ!!!
次元障壁を貫かれ、装甲の損傷を広げていくスラクトリーム。
最後の足掻きか、大顎の中に再び紫電が集う。
自爆覚悟のゼロ距離攻撃。
だが雷撃が放たれる寸前、唯は龍の喉奥に長剣を突っ込んだ。
「グレた根性叩き直して、嶺華さんの元に連れ帰る!!」
柄のカバーを開き、隠されていたトリガーを押し込む。
アームズから剣へと流れ込む膨大なエネルギー。
長剣の刀身が溶鉱炉のように赤熱し、オレンジ色の炎が激しく立ち昇る。
刃から吹き出す熱風が唯の頬を撫でた。
背部装甲が一際高い吸気音を奏でた時、電子音声は鬼の必殺を告げる。
『クリティカル・レッドエンド』
全てを灼き尽くす熱線が、大地に向かって放たれた。
械獣のコアユニットは一瞬で蒸発し、爆発することすら許されない。
さらに、アスファルトを溶断した熱線により地下水が沸騰。
唯が長剣を引き抜くと、動かなくなった龍の口からもくもくと蒸気が噴き出した。
水滴を割くジュージューという音から、刀身が超高温であることが分かる。
「はぁッ……はぁッ………………あれ? もう倒しちゃった」
火照った体を鎮めるように息を整える唯。
まだ暴れ足りない。
鬼の力を試したい。
幸いなことに、獲物はもう一匹いる。
唯が辺りを見回した途端、耳を劈く警告音。
敵の位置……真後ろ!
「ッ!!!」
赤黒い長剣を背負うように回り込ませた唯は、ノールックで不意打ちの刃を受け止めた。
そのまま体を捻り、敵を刃ごと振り回す。
半透明の剣と煮えたぎる剣が交錯し、鬼気迫るデリートとご対面。
「キサマはここで消去スルッ!!!」
悪趣味な飾りに成り下がった六角柱の結晶を見て、唯の頭に沸々と怒りが湧き上がった。
「お前さえ…………お前さえいなければッ! 嶺華さんが傷つくこともなかったのにッ!!!」
一際激しい火花が飛散。
互いの剣に纏わせた次元障壁が剥がれ、刃と刃が直接ぶつかり合う。
純粋な力比べならば、業炎怒鬼の方が上。
唯はデリートを押し切り、共にスラクトリームの残骸から転げ落ちる。
着地の瞬間、長剣を握る右手首を銀色の腕に掴まれた。
唯も負けじとデリートの剣に手を伸ばす。
「フンッ!」
「このッ!」
唯が剣を取り落とすのと、デリートから剣をむしり取るのは同時だった。
奪ったアナライズソードを遠くへ放り投げたものの、落とした長剣は蹴飛ばされ、手の届かない位置へ。
剣を取りに行くよりも、目の前の敵を殴り殺したほうが早い。
悟りあった両者はノータイムで殴りかかった。
「消去!」
「はぁッ!」
殴打、殴打、殴打の応酬。
時折混ざるローキック。
攻撃のスピード、狙いの正確性はデリートの方が勝っていた。
しかし、唯には業炎怒鬼の攻撃予測がついている。
デリートの一挙手一投足が手に取るように分かった。
「消キ」
「視えてる!」
「ヌゥッ!」
正面からの正拳突きをはたき落とし、脇腹を狙う右フックは肘で受け止め、フルスイングの回し蹴りは体を反らせて躱し切る。
唯の拳も同様に防御されるが、その威力はデリートの許容範囲を超えていた。
重い一撃がヒットする度、確実にダメージが蓄積され、次元障壁のガードが崩れていく。
「ゴァァッッ!!!」
会心の一撃。
銀色の鱗が手甲の形に陥没したのを見て、唯は堪らない快感を覚えた。
「ははッ、どうしたの? もっと私を楽しませてよ!!」
楽しくて楽しくて、楽しくてしょうがない。
もっともっと、怒りの力を爆発させたい。
「そんなんじゃ、嶺華さんが受けた屈辱とは釣り合わないッ!!!」
拳が突き刺さる確かな手応え。
デリートの体が大きく仰け反る。
肉食獣のような眼光の唯は、その隙を見逃さない。
銀色の首に鋼鉄の指を突き立てると、万力の如く締め上げた。
「グゴッ……レッ……!!」
耳障りな合成音声が苦悶を漏らしたのを聞き、唯の怒りがエスカレート。
「械獣の分際で……苦しむ権利なんて、お前には無いッ…………!!」
鬼の指は異形の鱗にミシミシとめり込んでいく。
このまま握り潰しても良かったが、それでは唯の気が収まらない。
体を反転させた唯は、掴んだデリートを砲丸投げのフォームで空へと放り投げた。
送電線を飛び越え、高々と舞う人型械獣。
網膜プロジェクターに表示されるデリートの落下予測地点、100メートル先。
「終わらせてやる」
両手を地面につき、クラウチングスタートの構えを取る唯。
すると、頭部装甲から生える二本の角がハの字に閉じ、その周囲の景色だけがぐにゃりと崩れた。
まるで角にガラス瓶を被せたかのように、光が円錐状に屈折している。
空間の歪みを発生させているのは、超濃縮された次元障壁の塊。
万物を粉砕する巨大な衝角が顕現したのだ。
『バイオレント・チャージ』
電子音声を号砲にして、一直線に駆け出す赤鬼。
瓦礫を踏み越え、地面を舐めるほどの前傾姿勢で、落下地点に向かって爆走する。
真紅に彩られた装甲に宿るのは、怒りという名の快楽。
荒れ狂う衝動に身を任せ、心の枷を引きちぎる。
「はあああああああああああ!!!!!!」
落下する銀影は、鬼の角に穿たれた。
頭部装甲から伝わってくる致命の感触。
デリートの体は真っ二つに千切れ飛び、上半身と下半身が今生の別れを告げる。
成敗完了。
2本の角が再び分離し、根本の排熱口から熱風が噴き出した。
「はは……ははは…………」
乾いた笑いが止まらない。
脳汁がドバドバ分泌されているのを感じる。
思った通りに力を振るい、破壊を執行することが、あまりにも気持ち良すぎた。
唯がへらへらと快楽に浸っていると、耳元に追加の注文が届く。
『神代唯。コードネーム・デリートはまだ停止していません。トドメを刺してください』
「うふふっ、了解です!」
◇◇◇◇◇◇
スキップしながら辺りを探索すると、デリートはすぐに見つかった。
下半身を丸ごと失い、人間のへそにあたる部分が陶器のように割れている。
銀色の脊髄が垂れ下がる断面からは、内臓の代わりに青いゼリー状の液体が滴っていた。
血肉というより、機械の潤滑油や冷却液。
外側も内側も、生き物とは到底思えない物体で構成されていた。
「キサマがコんナ鎧を隠シ持っテいタとは…………ワレの完敗ダ」
上半身だけになって尚、流暢に喋りだすデリート。
下半身の損傷と自律活動の継続は無関係らしい。
「シカシ、キサマラの危険性はマザーにも伝わっタ。ワレが消えてテモ、すグに新しいコードがグぶ」
合成音声が途切れた。
唯が、デリートの頭部をぐしゃっと踏み潰したから。
「……、……」
銀色の喉を、胸を、踏みつけていく。
荒々しく、丹念に。
「……、……」
業炎怒鬼の脚部装甲に青いゼリーが飛び散るのも厭わず、無言で何度も足を落とす。
骨が浮き出たような造形の脚部装甲が得体の知れない液体で汚される。
やがて原形が分からないほど潰された械獣を見て、唯は満足げに微笑んだ。
「…………ふぅ。やっと静かになった」
『コードネーム・デリートの完全停止を確認。神代唯、お疲れ様でした』
「ええ、マルルさんもサポートありがとう」
マルルの労いの言葉を聞いて、ようやく実感が湧いてきた。
あのデリートを倒したのだ。
しかも自分の力で。
「やった……私、やったんだ…………」
改めて、己が纏うアームズを見下ろしてみる。
真紅の焔模様がよくやったと褒めてくれたような気がした。
『駆雷龍機と業炎怒鬼の剣を回収し、マスターの元に向かってください』
「ああ、そうだった。嶺華さん、元気になったかな?」
唯は一瞬だけ、瀕死の彼女のことを忘れていた。
それほどまでに、戦闘を、破壊を愉しんだ。