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第44話 渇望


 閃光によって麻痺した視力を回復させながら、機体状況を確認する唯。


 網膜プロジェクターに映る次元障壁残量、99.7%。


「これが、業炎怒鬼(ゴウエンドキ)の次元障壁…………」


 械獣の雷撃を真正面から受けたはずなのに、体への衝撃は一切感じない。

 全てのエネルギーを次元障壁が弾き返している。


 唯は装甲の動きを確かめるように、左手の平を開閉してみた。

 使い慣れた式守影狼と同等、否、それ以上のレスポンスの良さだ。


「スラクトリーム! そんな第二世代のハヴァクなど、八つ裂キにシテしマエ!!」


 喚くデリートのリクエストに応え、スラクトリームが両手の鉤爪を高く掲げる。

 どうやら近接戦闘を仕掛けてくるようだ。


 グォォッ!


 短く咆えたスラクトリームは、口から無数の雷撃を連射しながら走ってきた。


 両腕を激しく振って疾走しつつも、頭の高さと照準は全くブレていない。

 まるで上半身と下半身が別の意思を持っているかのような、気味の悪い姿勢制御。

 眼前の龍が生き物ではなく、破壊兵器であることを再認識させられる。


 だが唯は怯むことなく、スラクトリームの真正面へ悠々と歩き出した。


 長剣を握る右手はだらんと下がり、切っ先が地面すれすれを滑る。

 剣を構えずに無防備な胴を晒す姿勢は、剣道の世界なら瞬殺不可避だろう。


 しかし、唯は焦らない。


「(なんだろう、不思議な気分)」


 迫り来る械獣は、今まで対峙したどんな械獣よりも強いはずなのに。



 唯は、一切の恐怖を抱いていなかった。



 飛来する雷撃はもれなく次元障壁に弾かれ、唯の身体はそよ風すら感じない。


 スラクトリームも雷撃は効果なしと悟ったのか、大きく開いた口を閉じて加速してきた。


 当然ながら、スラクトリームの体表にも次元障壁が展開されているだろう。

 鉤爪の一撃をまともに喰らえば、アームズの次元障壁が削られ、唯も幾らかダメージを受けるかもしれない。


「さて……っと!?」


 唯が回避の方向を考えようとした時、視界に変化が生じた。


 スラクトリームが突進の勢いを維持したまま左腕を振り上げた瞬間。


 業炎怒鬼の網膜プロジェクターに、赤い四角形のマーカーが浮かび上がったのだ。

 マーカーはスラクトリームの鉤爪に重なると、四角い枠が左腕を追尾する。

 スラクトリームとの距離が2メートルを切った時、マーカーから点線の放物線が伸びた。

 それは、アームズが予測した攻撃の軌道。


「(従えってこと?)」


 唯は右手首をくるりと回し、長剣をマーカーの軌道に合わせて軽く持ち上げた。

 たったそれだけ、最小限の所作。


 すると次の瞬間、点線の軌道通りに降り下ろされた巨大な鉤爪が長剣の腹に激突した。

 分厚い合金で構成された鉤爪は圧倒的な速度と質量を押し付けてくる。


 しかし、弾かれたのは鉤爪の方だった。


 赤黒い剣に張り巡らされた次元障壁が敵の次元障壁を一方的に貪る。

 自動車や家屋を切り刻んできた極厚の鉤爪は不自然な方向に歪んだ。

 反動でスラクトリームの左半身がガラ空きになる。


「そこッ!!」


 唯は素早く懐に潜り込むと、固く握った左拳を振り抜いた。

 スラクトリームの左足に鬼の手甲が叩き込まれ、黒鉄の大鐘楼が快音を響かせる。


 5メートルの巨体が、ぐるりと一回転しながら吹き飛んだ。


 械獣の体躯は壊れたマンションに激突。

 まだ原型を留めていた建物は完全に倒壊した。


「(これが、私の力……)」


 唯は拳を突き出した姿勢のまま、しばし余韻に浸っていた。


 体が熱い。

 肌が灼ける。

 だが、煮えたぎる心はもっと熱い。


 自分が振り抜いた拳の威力に感動すら覚える。


『通信確認。神代唯、聞こえていますか?』


 耳元に柔らかな女性の声が入った。

 AMFのアームズと同じく、業炎怒鬼の頭部装甲にも通話用のインカムが内蔵されている。


「はい! こちら神代! 聞こえています!」

『業炎怒鬼の初陣ですが、アームズの調子はいかがですか?』

「マルルさん! このアームズ、すごい! 敵の攻撃が全く効かないし、攻撃の予測まで出来ちゃうんです!!」


 抑えきれない興奮にはしゃぐ唯。


 今まで、械獣との戦いは常に死と隣り合わせだった。

 AMFのアームズでは、力及ばぬ械獣もいた。


 しかし、この業炎怒鬼ならば。

 駆雷龍機と同等以上の攻撃力、防御力。

 この力を手中に収めれば、死など無縁に感じられた。


『慣れるまで時間がかかると思いましたが、問題なしということで承知しました。

 神代唯もそれなりの才能をお持ちのようですね』


 マルルの満足そうな返事を聞いて、唯はさらにボルテージを上げた。

 唖然と立ち尽くす人型械獣に向かって自信を突きつける。


「デリート! 私は逃げも隠れもしない! この力で、お前を倒す!!」

「ワレはアナタ……イヤ、キサマを見くびってイタようダ。

 ナルホドタシカニ。その鎧ならバ、我ラに歯向カウのモ分カル」


 嶺華と同じ『キサマ』呼び。

 スラクトリームをいとも簡単にねじ伏せた姿を見て、デリートはついに唯を敵と認識したようだ。


「ダガ、ドんな鎧だろうト『コアパルスジャマー』の前には無力ダ」


 そう言うとデリートは腰を低く落とし、半透明の刃を高々と掲げた。

 剣柄の先端で、六角柱の結晶が妖しく輝きだす。


「あれは!?」

『駆雷龍機を機能不全に陥らせた兵装です。コアユニットのデンゼル波動を解析し、打ち消す能力があると推測されます』


 マルルの解説を聞き、唯はどきりとして身構えた。

 不敗の嶺華に土を付けた主要因だ。

 

「進化シタ我がアナライズソードは、未知の鎧ダろうガ瞬時ニ解析でキル!

 第三世代ハヴァクの前座としテ、キサマを消去スル!!」

「(初見のアームズでも!? それってまずいんじゃ)」


 どんなに強固な鎧でも、内側から突き崩されては堪らない。

 効果範囲は? 指向性は?

 唯は射線の見当もつかず、その場を動くことができなかった。


 異次元から来た処刑人が、龍殺しの刃を突きつける。


「ウェーブ出力、80%ダ!!」


 デリートが叫ぶと、唯の体がガクンと揺らいだ。

 網膜プロジェクターに多数の警告ウィンドウが乱れ咲く。

 業炎怒鬼のコアユニットはたちまち解析されてしまったのか、装甲の接続部が軋んだ音を立て始めた。

 装甲自体の重量がずっしりとのしかかり、骨と筋肉が悲鳴を上げる。


「ぐぅッッ!!!」


 唯が堪らず膝をついた時、マルルから新たな通信が入った。


『心配無用です。対策兵装を増設済ですから』


 直後。

 鬼の角が淡い輝きを放った。

 赤く明滅する剛角は、敵に抗う反撃の証。



『【コアパルスジャマーキャンセラー】。

 デリートの放つジャミングウェーブを打ち消す兵装です』



 体の圧迫感が消えた。

 警告ウィンドウは閉じ、コアユニットからのエネルギー供給も安定している。


 立ち上がり、その場で跳ねてみる唯。

 生身と変わらぬ感覚だ。


「これならいける!」

「バカなッ!? コアパルスジャマーが効かンだト……」

「私たちには、同じ手は通用しないってこと!」


 調子が戻ったことを確かめ、唯は業炎怒鬼の長剣を構えた。


「ナらバ、ワレが直接刻んでやロウ! 龍ヲ纏うハヴァクと同ジようニナ!」


 ジャミングを諦めたデリートは、唯に対して接近戦を挑んできた。

 半透明の刃をゆらゆら揺らしながら、地面すれすれを這うような低姿勢で走ってくる。


「望む所よ! 嶺華さんの分まで借りを返してあげる!」


 赤黒い長剣を振り上げ、真っ向から迎え撃つ唯。


『デリートの剣で直接斬られるのは避けてください。次元障壁を部分的に破られる可能性があります』

「了解ッ!」


 マルルの警告に気を引き締めた直後、唯の間合いにデリートが入った。


 フェンシングのような素早い刺突。


 だが、唯の目には視えていた。

 正確には、業炎怒鬼の攻撃予測。

 網膜プロジェクターの表示に従い、長剣の腹で攻撃を払い除ける。

 すかさずデリートは後ろ回し蹴りで唯の頭を狙うが、それも左手をかざすだけで受け止めた。


「クッ…………スラクトリーム! いつマデ寝ていル!!」


 デリートの呼びかけと同時、真横から雷撃が襲う。


 次元障壁は貫かれなかったものの、不意の閃光に驚いた唯は一瞬の隙を晒してしまった。

 水平に薙ぎ払われる半透明の刃。

 マーカーの線で軌道は視えていたが、剣で受け止めるのは間に合わない。


「ふッ!」


 咄嗟に体をくの字に折リ曲げ、後方へジャンプ。

 刃を回避したと思った直後、右耳からけたたましい警告音。

 ちらりと横を見れば、スラクトリームの剛腕が唯の側頭部を刈り取ろうと迫っていた。


「わッとッ!?」


 唯はわざと地面に倒れ、描かれたマーカーの軌道から間一髪で逃れる。


 目と鼻の先を分厚いカッターナイフのような鉤爪が通り抜けた。


 地面をごろごろ転がり、一旦距離を取る。

 長剣の柄を両手で握り直した唯は、改めて2体の械獣を見た。


「同時は厄介ね」


 スラクトリームの雷撃では、業炎怒鬼の次元障壁はびくともしなかった。

 しかしマルル曰く、直接デリートの刃を食らうのはダメ。


 例外がある以上、アームズの次元障壁を過信しすぎる訳にはいかない。

 もしも次元障壁を貫く攻撃に当たれば一巻の終わり。

 だが、どの攻撃に当たってはいけないのか判断が付かなかった。


 冷や汗と共に、忘れていた死の恐怖がぶり返してくる。


「とりあえず全部避けるしかないってこと……?」


 唯が攻めあぐねていると、2体の械獣が動いた。

 威嚇の雷撃を放ちながら本命の鉤爪を振り回すスラクトリーム。

 大振りなスラクトリームの隙を埋めるように、デリートの刺突が差し込まれる。

 デリートはコアパルスジャマーに頼らずとも、素の戦闘能力が高かった。


「消去スル!!」

「ちッ!」


 息のあった連携攻撃に翻弄され、右へ左へと長剣を動かす唯。

 網膜プロジェクターに映し出された予測軌道をなぞれば、2体の攻撃を同時にいなすことはできる。

 ただし、唯の攻撃を差し込むタイミングが無かった。

 防戦一方の状態が続けば、いつか押し切られてしまうだろう。


「(嶺華さんが託してくれたのに…………こんな所で負けられるか!!)」


 唯は求めた。

 さらなる高みを。


 唯は願った。

 大切な人を守る強さを。


「業炎怒鬼! 私にもっと力を……こいつらを倒す力を寄越せ!!!」



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