表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/102

第43話 灼熱


 見渡す限り、瓦礫の山。


 大通りに面したビル群は軒並み薙ぎ倒され、日陰の路地裏は日向と化した。

 家屋からはごうごうと火の手が上がり、舞い上がる煤が瓦礫を黒く染めてゆく。

 再開発によって整備された街並みは、まるで隕石がヘッドスライディングしたかのように抉られていた。


 破壊痕の最先端。

 遮るもの全てを踏み潰し、進撃を続ける自律機械。


 それは、全高5メートルを超える黒銀の龍であった。

 名をスラクトリームという。


 分厚いカッターナイフのような鉤爪が街路樹を切り飛ばし、大顎から放たれるオレンジ色の雷撃がマンションの壁を貫いた。


 龍は無邪気に暴れている訳ではない。

 脇を歩く銀色の人影が、明確な目的意識を持ってコントロールしていた。


「止マレ」


 銀色の人影、すなわちデリートは、半透明の剣を掲げて龍を制止した。

 言われた通りに破壊の手を止めるスラクトリーム。


 表情などという概念を持たないデリートだが、人間であれば眉をひそめていたのだろう。


 彼らの真正面。

 ガラガラと崩れたマンションの向こう側。


 一本の剣を携え、一人の女が立ち塞がっていた。



 ◇◇◇◇◇◇



 7月27日午前10時、敷城市中央通り。

 真夏の日差しと火災の熱波が照りつけるアスファルト上にて。


 神代唯は、2体の械獣と対峙していた。


 先に言葉を発したのは、嶺華を傷つけた張本人。


「オヤ? アナタ一人だケですカ? 龍ヲ纏うハヴァクは何処デス?」


 デリートは周囲を舐め回すように首を振るが、無機質なゴーグルに映る存在は唯以外に無い。


「オ仲間の姿もありまセンね。いつもノようニ飛び回ル『虫』ハ……アア、スラクトリームが喰っテしまったんでシタ」


 彼の言う通り、AMFの戦力は姿を見せていない。

 破壊された無人戦闘機は全てではなかったはずだが、スラクトリーム相手に繰り出しても無意味と判断されたのだろう。

 遠距離ミサイルですら一発も飛んできていなかった。


 だが、唯がAMFに寄せる期待など皆無。

 己を信じてくれた人だけを信じ、目の前の敵を睨みつける。


「お前は私が倒す」

「アナタが? ……ゴ冗談を。早ク逃げた方が身のタメですヨ」


 どうやらデリートは、唯を敵と認識していないようだ。


 確かに、唯は今までデリートと遭遇する度、ひたすら逃走を選んできた。

 デリートにとって、唯の脅威など微塵も感じられないのだろう。


「ソれヨり、龍ヲ纏うハヴァクをサッサト差し出セ。さもナくば、スラクトリームがコノ街を焼き尽くス」


 デリートは半透明の刃を軽く振った。


 グォオオオオオオ!!!


 鋭い牙がずらりと並んだ大顎を天に向け、黒銀の龍が咆哮する。

 その頭部には、紫電を纏う機械大剣。

 愛する人が振るっていた大切な剣。


「嶺華さんの相棒は、私が必ず連れ帰る。だから…………」


 唯は、愛する人に託された剣を手に取った。

 黒い鞘を左手で、黒い柄を右手で掴み、胸の前で一文字に構える。


「私に力を貸してください!」


 両腕に全身全霊の力を込めて、分厚い鞘の戒めを解く。



業炎怒鬼(ゴウエンドキ)!! 装動!!!!!!!」



 世界に、一筋の傷が入った。



 抜き放たれた刀身の軌跡をなぞるように、空間の割れ目が広がっていく。


 360度全方位、たちまち広がった亀裂が唯を取り囲む。

 空裂の奥から噴き出したのは、炎。


 ノコギリのようにギザギザした剣の峰に導かれ、焼けただれる紙のように燃えていく世界の輪郭。

 交錯する火柱が熱風を奏で、炎の竜巻が唯を覆う。

 視界はオレンジ色で埋め尽くされた。

 息を止めていなければ、喉の奥を火傷してしまいそう。


「(熱い………………けど、私は逃げない!!)」


 地上と異次元の混ざり合う狭間で。

 舞い踊る火の粉に臆することなく、唯は炎の中に垣間見える星空へと目を凝らす。


 最奥より、瞬きキラリ。

 暗黒の彼方から飛来する、真っ赤に輝く流れ星。

 その正体は、怒りに燃える紅蓮の鎧。

 胴、腰、足、手、頭。

 暴れ狂う装甲は唯の体に喰らい付き、次々と連結しながら鋼の甲殻を形作る。


「(ぐうぅぅッ!!!!)」


 熱したヤカンに触れたような、肌を灼く高温。

 襲い来る痛みと火傷の恐怖に顔を歪める唯。

 それでも、歯を食いしばって装甲との合身を受け入れる。


「(掴んでみせる! 嶺華さんが託してくれた力を!!)」


 規則的な連結音を繰り返した末に、全てのパーツが接続を終えた。

 赤黒い手甲で長剣の柄を握りしめると、剣が腕に吸い付くように馴染む。


 肩の調子を確かめながら、横薙ぎを一振り。

 唯を包み込む火柱が空間ごと上下に引き裂かれると、亀裂の向こうから地表の風が吹き込んだ。

 新鮮な空気を受けた炎はさらに勢いを強めたが、唯の体は灼かれない。


 その装甲は、炎と一つになった。

 その剣は、怒りを力に変える。


 異次元の火球を食い破り、一匹の鬼が産声を上げた。



『クリムゾン・オーガ』



 ◇◇◇◇◇◇



「何ダ!?」


 炎の中から現れた唯の姿に、デリートが狼狽えた。



 まず目を引くのは、頭部装甲から生えた二本の角。

 禍々しく太い剛角は三日月のように後頭部側へ反っている。


 頭部の印象に引けを取らず、胴体の色合いも派手やかだ。

 装甲のベースカラーは駆雷龍機と同じ黒だが、全身の至る所に真紅の(ほむら)模様がメラメラと刻まれている。


 足先から膝上までを覆う、骨ばった脚部装甲。

 袖の無い胸部装甲に、二の腕の半分から下を覆う腕部装甲。


 脇や太腿など、重要な血管を擁する部位は軒並み素肌を露出させている。

 装甲の排熱を促し、少しでも体温を下げるための設計だ。


 楔型の棘が並ぶ背部装甲は低い唸り声を上げながら、四肢にエネルギーを滾らせていく。


 刺刺攻戦、荘厳威圧。

 灼熱のヴェールを脱ぎ捨てて、地上に降り立つ新たな鎧。

 ARX-02 業炎怒鬼(ゴウエンドキ)【クリムゾン・オーガ】


 唯は、炎の鬼と相成った。



「雑魚ガ衣を替エようト無意味ダ。消シ飛ばセ!」


 デリートは半透明の刃を振り下ろし、スラクトリームに攻撃を指示。

 鋭い牙を並べた大顎がガバッと開き、唯に向かって即死級の雷撃が放たれた。


 回避する猶予は1秒にも満たない。

 数多のビルを解体してきた雷撃が棒立ちの唯へと殺到する。

 足元に転がっていた瓦礫が飛び散り、唯の姿は白煙に消えた。


「…………蒸発しタカ。つマらン奴ダ」


 デリートは勝利を確信したかのように吐き捨てた。

 死体の確認すらしない。


 スラクトリームが振るうのは、駆雷龍機の力そのものだ。

 数多くの械獣たちの次元障壁を斬り裂いてきた超攻撃力。

 人類が見よう見まねで作り出した次元障壁など、一撃で消し飛ばされてしまうだろう。

 そのアームズが、AMFの機体ならば。


 煙が晴れ、視界が開ける。


 そこには、真紅に煌くアームズが微動だにせず佇んでいた。


「……何ヲやってイル? 早ク仕留メろ!」


 進撃を再開しようとしたデリートは、苛立たしげに半透明の剣を振り下ろす。

 すると、スラクトリームの口中でまばゆい雷光が迸った。

 先程の早撃ちとは異なり、ゆっくりと時間を掛けてエネルギーを充填。

 直視できない程の強い光を蓄え、放たれた雷撃の威力は一発目の3倍となった。


 極太の光がアームズに直撃。


 凄まじい閃光が一帯を包む。


「…………ム!?」


 今度こそデリートは硬直した。


 何故なら、爆心地のど真ん中で、無傷の鬼が仁王立ちしていたから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ