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第34話 決別


 家を出た時よりも雨足が強くなってきた。


 唯は撥水性の上着に付いた水滴を軽く払い、基地の通用口をくぐる。


「怪我人の搬送急げ!」

「こっちに消火器を回してくれ!」


 屋内に入った途端、溢れかえる怒声が鼓膜を叩いた。


「(…………やっぱり、さっきの爆発は攻撃か)」


 基地へ向かう途中、空に見えた無数の雷。

 あの光も械獣の仕業なのか。

 司令室は今頃大騒ぎになっているに違いない。


 だがそれよりもっと気になるのが、嶺華の安否だ。

 嶺華はまだ生きているのか。

 

 締め付けられるような心拍を抑え込み、階段を駆け上がる。


「(嶺華さん……無事でいて…………!)」


 階段では戦闘班の隊員たちと何度もすれ違った。

 基地全体が慌ただしい雰囲気だ。


「ふぅ……エレベーターは確かこっちだっけ」


 6Fの医療班エリアまで登った唯は、息を整えて階段室を出る。

 目指すは地下に繋がる隠し部屋だ。


「あっ」


 廊下の奥へ足を向けた所で、重大なこと思い出した。

 エレベーター室のドアを開けるためには、美鈴の持つカードキーが必要ではないか。

 嶺華に会うことで頭が一杯だった。


「仕方ない、美鈴さんを探すか」


 唯が踵を返した時、隠しエレベーター室の方から複数の足音が聞こえた。


 廊下の角を曲がってきたのは、自動小銃を携えた完全武装の男達。

 彼らは1台のベッドを取り囲むように運んでいる。


「(どうして基地内で武装?)」


 後ろめたいことは特に無いが、思わず柱の陰に身を隠してしまった。

 唯は男達の死角から、ガラガラと音をたてるキャスター付きベッドを観察する。


 ベッドの上は黒いビニールシートで覆われており、何が横たわっているのかは見えない。

 武装した男達はベッドを護衛しているのかと思ったが、どちらかというとベッドに銃口を向けているように見える。


 ただの病人を運んでいるわけではなさそうだ。

 確信に近い、嫌な予感。


「あら、唯ちゃん戻ってたの?」


「ッ!?」

 

 不意に背後から声を掛けられ、唯は心臓が止まるかと思った。

 声の主は、探そうと思っていた美鈴である。


「美鈴さん……さっきの爆発は? それにあのベッド、まさか」

「手を出してはダメよ」


 ベッドを確認しようとした唯は、美鈴の手によって制止された。


「え? だって」

「いいから。まずは落ち着いて、私の話を聞きなさい」


 そうしている間に、男達は廊下の奥へと消えた。

 通路の先にあるのは、各フロアに停まる通常の貨物用エレベーターである。


「唯ちゃんがいない間、デリートから直接コンタクトがあったの」

「デリートが!?」


 美鈴は事態をかいつまんで説明してくれた。


 木並駅前に謎の竜巻が現れたこと。

 デリートから司令室に直接通信があり、市民を人質に取られたこと。

 スラクトリームという械獣が基地を攻撃し、無人戦闘機隊が壊滅したこと。

 そして、デリートの要求通り嶺華の身柄を差し出すこと。


「じゃあやっぱり、さっきのベッドは」

「ええ、恐らく覇龍院嶺華でしょうね。今晩は基地の1階に留置することになっているの」


 嶺華はまだ生きている。

 それを確認できたことで、胸を締め付ける不安感はいくらか和らいだ。


 だが安心はできない。

 明日の朝には、嶺華の身柄がデリートに引き渡されてしまうのだ。


「覇龍院嶺華は今、第一小隊の管理下にあるわ」


 戦闘班第一小隊は岡田がトップを務める部隊だ。

 先ほどベッドを囲んでいた男達も第一小隊の所属だろう。


「…………嶺華さんが留置される部屋まで案内してください。どうしても話したいことがあるんです」

「言ったでしょ、今は岡田達の管理下にあるの。限られた隊員以外は近づかないようお達しが出てる。私や唯ちゃんが行っても追い返されるだけよ」


 第一小隊は良く言えば峻厳(しゅんげん)、悪く言えば頑固な隊員が多い。

 美鈴も融通が効かないことを知っているのだろう。

 しかし、このままでは嶺華に会えないまま、永遠の別れになってしまう。


「だったら私、強引に入ります!」

「落ち着きなさいったら。追い返されるのは、理由もなしに行けばの話よ」


 黒い短刀を掴む唯に対し、美鈴はいたずらっぽく微笑んだ。



 ◇◇◇◇◇◇



 中央塔1階、廊下。

 小会議室の前には2人の隊員が立っていた。


 ヘルメット、防弾チョッキに自動小銃。

 ベッドを運んでいた隊員と同様、こちらも当然のように完全武装だ。


 話しかけるなオーラが展開されていたが、美鈴は躊躇なく声をかけた。


「お疲れ様」

「お疲れ様です、陣内補佐官」

「岡田補佐官はいるかしら?」


 美鈴が尋ねると、隊員は自動小銃のグリップを握ったまま答える。


「岡田補佐官は今、席を外しています」


 隊員は直立不動の姿勢を崩さない。


「カミナリ装者に用があるの。入っていいかしら」

「それはできません。岡田補佐官が戻るまで、誰も入れるなとの指示です」


 もう一人の隊員が即答する。

 案の定、岡田の指示は絶対のようだ。


「彼女のヘルスチェックに来たのよ。すぐ終わるわ」


 美鈴は手に持った鞄を掲げて見せる。

 十字のマークは、それが医療用具であることを示していた。


「…………お待ちを。岡田補佐官に確認します」


 携帯端末で連絡を取ろうとした隊員を美鈴が制止する。


「その必要は無いわ。私は佐原司令から指示を受けて来たのよ」

「司令が? しかし…………」

「あら、補佐官である私が信用できないのかしら?」


 美鈴の咎めるような視線を受け、逡巡する隊員。


「……」

「デリートに引き渡す前に彼女が死んだら、近くにいたあなた達が責任を問われることになるわよ」

「…………分かりました。お入り下さい」


 隊員は渋々といった顔でドアを開けてくれた。


 堂々と部屋に入っていく美鈴に続き、唯もドアをくぐる。

 医療班でもないのに同行してきた唯は怪訝な目で見られたが、引きつった笑みと会釈で乗り切った。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 中に入ると、もわっとした生暖かい空気が二人を出迎えた。


 部屋には窓がなく、エアコンも電源OFF。

 換気されていない室内の空気は淀んでいる。

 入り口の隊員が言った通り、他の隊員の姿は無い。

 会議室に元々あった机や椅子は折りたたまれ、壁際に整列されている。


 がらんとした部屋の中央には、地下の隔離部屋にあったのと同じベッドが置かれていた。


「(嶺華さんッ)」


 ドアを閉めるや否や、ベッドに駆け寄る唯。


「え……」


 横たわる嶺華の顔を見た瞬間、唯は言葉を失った。


 血溜まり。

 枕も毛布も手術衣も、赤黒い染みでべっとりと濡れている。

 さらに、肌に浮かぶ大粒の汗。


「……………………はぁっ…………はぁっ…………」


 目を閉じたままうなされる少女。

 浅く短い呼吸間隔。

 朝会った時の嶺華は精神的に弱っていたが、今の嶺華は肉体的にもぼろぼろだった。

 医者ではない唯が見ても、彼女が瀕死であることは明らかだ。


「どうして怪我を…………?」

「デリートにやられた傷が開いたのかしら」


 嶺華の体勢は仰向けのままで動いていない。

 息苦しいなら、寝返りを打ってもおかしくないのに。


 傷口を確かめるため、そっと毛布を捲り上げた。


 鉄錆のような血の匂いが鼻につく。


 中から現れたモノを見て、唯は絶句を通り越して戦慄した。


「なに、これ」


 足、腰、胸へと何重にも巻かれた鎖。

 鎖の内側には、頑丈そうなベルトの2段構え。


 悪意に満ちた無機物が、嶺華の身体を戒めていた。


 左手首には黒い合金製の手錠が固く締められ、ベッドの支柱とワイヤーで繋がれている。

 ここまで完全に固定されてしまったら、寝返りを打つことすら困難だろう。


「…………すごい熱だわ」


 美鈴は持参した救急箱から非接触体温計を取り出すと、嶺華の額に向けた。

 ピピッという音で表示された体温は、39度9分。

 まともに口がきけないどころか、三途の川を渡りかけている。


 嶺華ともう一度話したい、という唯の望みは叶いそうになかった。


「なん……で……?」


 額に手を当てた美鈴が苛立たしそうに吐き捨てる。


「岡田が言ってた『無力化』って…………はぁ。あの男の趣味の悪さは知っていたけど、ここまでとはね」

「どういうことですか!?」

「恐らく、V-105を投与されたんだわ」

「V-105って…………確か、岡田が復活させた疑似ウイルス!?」


 昨日の会議で意気揚々と岡田が説明していた化学兵器。

 嶺華を捕獲するため、街中で散布すると(のたま)っていた。

 しかしそれは、最強無敗の嶺華を足止めするための手段だったはずだ。


「傷ついて、無抵抗の嶺華さんに使ったんですか…………」


 唯は震える手でハンカチを取り出すと、嶺華の顔についた血を拭う。


 そこで気付いた。

 嶺華の頬が少し腫れていることに。


 鼻の下にこびりついた血痕は、大量の鼻血を流した証拠。

 今朝の時点では、顔の外傷など無かったはずだ。


 つまり、嶺華を殴ったのは、デリートではなく。


「ひどい…………こんなのひどすぎますッ」


 叫びそうになった所で、美鈴がシっと人差し指を唇にあてる。


「唯ちゃん堪えて。あまり騒ぐと岡田の部下が入ってくるかもしれないわ」

「っ……!」


 唯は声を押し殺し、爪が食い込むほど強く拳を握った。


「…………、…………」


 さらに弱々しくなる嶺華の息。

 酸素を求め、小さく開けた口からひゅーひゅーという音が漏れる。

 今にも呼吸が止まりそうだ。


「ハッタリのつもりだったけど、このままじゃ本当に明日まで保たないわね」


 そう言うと美鈴は、鞄の中から注射器を取り出した。


「解熱剤と栄養剤よ。根本的な解決にはならないけど」


 左腕の静脈を探す美鈴。

 嶺華の肌には、既に腫れた注射痕があった。

 ここからV-105を注入されたのだろう。

 美鈴は傷口を広げないよう、慎重に針を宛てがう。


「針に驚いて動かれたら危険だわ。念のため手を抑えてあげて」


 言われた通り、唯は少女の左腕にそっと手を添える。


「っ……」


 針が刺さった瞬間、嶺華の腕がビクッと跳ねた。

 目を閉じたまま身を捩ろうとしているようだったが、鎖と手錠が体勢変更を許さない。


 唯の掌から、筋肉の強ばる感触が伝わってきた。

 嶺華の身体は無意識のまま注射を拒んでいる。 


「嶺華さん……ごめんなさい…………!」


「……ぃ……ゃ…………」


 少女の口から漏れる小さな声。

 V-105を注射された時の痛みを思い出しているのだろうか。

 目を覚ました訳では無いのに、その表情は苦悶に歪んでいる。

 

 解熱剤が注入されている間、唯は少女の顔から目を背けていた。

 

「はい終わり。抜くわよ」


 美鈴が打ち終えた針を慎重に抜くと、左腕の強ばりがやっと解ける。

 

 そんな嶺華の痛々しい姿を見て、唯は恨みがましく嘆いた。


「……私、司令達を説得するつもりでした。嶺華さんとAMFが協力すれば、これから強力な械獣が現れても対抗できるって」


 注射器と体温計を鞄に仕舞いながら頷く美鈴。


「ええ、そうね。この子の持つ情報は人類にとって必要なもの……彼女が包み隠さず話してくれるとは限らないけれど」

「だからって、暴力で脅すのは間違ってる。岡田を止めなかった司令達も同罪です」


 唯の中では、嶺華の正体はどうあれ、彼女が味方になるシナリオを描いていた。

 しかし、岡田のせいで全てのルートが台無し。

 今後嶺華がAMFに協力してくれる可能性は完全に無くなっただろう。

 寧ろ、本当に敵対することになるかもしれない。


「それは私にも責任があるわ…………でも、今回は時間が無さすぎたのよ」


 次々と現れる強力械獣たち。 

 目前に迫るデリートの脅威。

 

 そこへ械獣と同じコアユニットを持つ少女が現れて、剣を振るったのなら。


 味方になるまで説得しようという者は少数派だろう。


 疑わしきは即排除。

 司令室の判断は当然といえば当然だ。


「デリートに嶺華さんを引き渡せば間違いなく殺される。AMFに匿ったとしても、結局人間に殺される…………じゃあ、どうしたらいいの?」


 唯は、嶺華のことを諦めたくなかった。


 胸の中に芽生えた想いを伝えるまでは。



 ――――だから、ある決断をした。



「…………はは……」


 気付けば、唯は笑っていた。


 面白いことなんて何も無いのに、乾いた笑みが止まらない。


 人間、覚悟が決まると笑ってしまうらしい。


「唯ちゃん? どうしたの?」

「いえ、なんでもありません……それより、無理言ってすみませんでした」

「別にいいけれど…………もうこの子と話さなくていいの?」

「はい。最後に嶺華さんの顔を見れて良かったです。戻りましょう」

「そ、そう?」


 急に諦めたような唯の態度に、美鈴は首をかしげている。


 不審に思われても別にいいや。


 唯は苦しそうな嶺華の顔を一瞥すると、部屋のドアを蹴破るように開け放った。


「どうした!?」


 入り口に立つ隊員が驚いて声を掛けてきたが、目を合わせることなくガン無視。

 困惑する美鈴や隊員を置いてけぼりにして、早足で廊下を歩き去る。



「(…………嶺華さんは、私が守る)」



 静かに呟いた決意は、誰の耳にも入らなかった。



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