第33話 混迷会議
時刻は18時。
司令室に集まった隊員達の顔は暗い。
何もしないよりマシといった雰囲気で、本日2度目の緊急作戦会議が始まった。
「我々は竜巻が出現してからずっと、木並駅前にデリートがいると踏んでいました」
「しかし、奴はいきなり基地上空に現れた」
偵察用ドローンからの通信ログをグラフ化して表示する青柳。
「通信が始まってから暫くの間、偵察用ドローンの位置情報はでたらめな値しか取得できませんでした」
AMFの偵察用ドローンや携帯端末は、衛星から受信した位置情報を使用している。
ジャミングによって衛星との通信ができない環境であれば、位置情報は取得できない。
「ですが基地上空に空裂が出現した時、偵察用ドローンの位置情報が初めて安定したのです。その位置は、木並駅ではなくこの基地の座標でした」
「木並駅前の竜巻は偽装で、本体は最初から基地上空にいたのか。それとも、一瞬だけ基地上空に移動し、すぐ木並駅前に戻ったのか」
「いえ、実は移動していないのかもしれません」
空裂の発生について紫村が考察する。
「デリートは竜巻の中で空裂を発生させ、基地上空と木並駅前の空間を接続したのではないでしょうか」
械獣が出現する際に発生する空裂は、異次元空間と地上の空間を繋ぐものだと解釈されている。
一方で、地上と地上を繋ぐ空裂というのも存在する。
司令室にいる全員が、それを実現する手段に心当たりがあった。
「空裂投射装置と同じ仕組み、ということね」
「衛星からの電波が空裂を経由して木並駅前に入ったと考えれば、基地上空の位置情報が取得できたのも納得です」
「……デリートは超小型の空裂投射装置を携帯してるってのか?」
AMF基地に設置されている空裂投射装置は、一瞬だけ空裂を発生させて装者を転送する機械だ。
この装置は基地1階の大部屋を丸々専有するほど大きい。
消費する電力も膨大で、それを供給する電源設備を含めて小型化は困難だ。
だが遠方から撮影した画像では、デリートは長剣以外の機材は持っていないように見えた。
「覇龍院嶺華も剣一本で人が通れるほどの空裂を発生させていた。今更驚くことではない」
「そもそも式守影狼だって装甲を転送できますし」
空裂を用いた物体転送には大掛かりな設備が必要であるが、アームズの剣だけは例外だ。
抜剣するだけで、基地に保管している装甲を瞬時に装者の元へ転送できる。
尤もその仕掛けは、アームズの開発元であるゼネラルエレクトロニクス社しか知らないが。
「でも変じゃないか? ジャミングが発生しているのに、なぜ偵察用ドローンを通して音声通話ができたんだ?」
「特定の周波数の電波だけを通すように、ジャミングをコントロールしたのでしょうか」
「それができるなら、本当に凄まじい技術だな。我々よりも遥かに進んだ科学技術だ」
「「「…………」」」
自分達の無知を思い知らされ、司令室の空気がさらに重くなる。
「敵の技術レベルが我々を遥かに上回っているのは分かった。議論すべきはその対策だ」
佐原は冷静に敵との力量差を受け止めつつ、会議を進行する。
「デリートが『スラクトリーム』と呼んでいた械獣。紫村の説が正しいなら、奴は木並駅前から動くことなく、基地への攻撃を実行した」
AMFは竜巻が発生した直後から、残存する無人戦車で木並駅周辺を包囲・監視していた。
しかし、彼らのセンサー類ではデリートの動きを捉えることができず、基地への攻撃を妨害することもできなかった。
「距離を無視した攻撃…………これでは避難指示の意味がないぞ」
「デリートは、いつでもどこでも市民を虐殺できると証明したんだ」
今までの械獣ならば、出現エリア一帯の市民を迅速に避難させることで人的被害を抑えられていた。
だが今回の械獣にはそれが通用しない。
デリートの宣言通り、市民の生殺与奪権が握られてしまっている。
隊員達が頭を抱える中、キーボードを叩いていた青柳が報告する。
「監視カメラのデータ回収完了しました。停電の直前に撮影された画像です」
大型モニターには、落雷によるデータ破壊を免れた画像が映し出された。
「おとぎ話のユニコーンみたいだな」
「やってることは悪魔ですよ」
空から覗き込む禍々しいアギト。
額に聳える機械大剣は、神聖なユニコーンとは真逆の邪悪な破壊衝動をアピールしている。
「スラクトリームの全体的なシルエットは、どことなく覇龍院嶺華のアームズに似ています。頭から生えている物体も、彼女の剣にそっくりだ」
コンソールに表示した嶺華の写真と見比べる紫村。
「カミナリ装者のアームズに酷似した兵器を使っている一方で、デリートはカミナリ装者を攻撃した」
「デリートと覇龍院嶺華は近しい関係なのか、敵対関係なのか…………興味は尽きないわね」
「械獣同士のいざこざなんて知るか。そんなものに巻き込まれるこっちは大迷惑だ」
デリートや嶺華の目的が分からず、隊員達の意見は考察の域を出ない。
これ以上の分析は無意味と判断した佐原は、議題を次に進める。
「スラクトリームについては情報が無い以上、対策は難しい。この場では、我々が今晩とるべき行動を決めるぞ」
「デリートからの提案を呑むか、ですね」
嶺華の身柄を引き渡す。
デリートを信じるならば、彼女と引き換えに市民の命は助かるという。
「答えは決まっている…………岡田、覇龍院嶺華の無力化は成功したのか?」
「ええ、もちろんです。しかしまだ尋問の途中でして…………」
佐原の質問に、岡田は歯切れ悪く返事をした。
「無力化できているなら良い。覇龍院嶺華を今すぐ地上へ運び出せ」
「素直に引き渡すのですか!? 何か交渉材料に」
「事態は一刻を争う。こめかみに銃を突きつけられた現状では、交渉の余地などない」
粘ろうとした岡田だったが、佐原の意思は固い。
「せっかく下拵えが終わったのです。せめて一晩、今夜だけでも尋問の時間を」
「地上に引き上げるのが優先だ。また停電になったら、覇龍院嶺華を引っ張り出せなくなるからな」
嶺華を閉じ込めた部屋は地下8階。
専用エレベーター以外の往来手段は存在せず、部屋の壁とドアは電子制御の分厚い装甲板で固く守られている。
電力を失ったエレベーターホールから地下へ飛び降り、装甲板を破壊して嶺華を連れ出すのは困難極まるだろう。
「分かりましたよ…………地上へ運び出した後なら、尋問を続けてもよろしいですか?」
「それならいいだろう」
「賢明な判断に感謝します。限られた時間で、有益な情報を聞き出してみせますとも」
「…………岡田補佐官、先程から『尋問』というのはどういう意味なのかしら?」
胸を張る岡田の不穏な表現に、眉をひそめる美鈴。
「陣内補佐官の想像しているような過激なものではありません。相手は械獣ですが、人間の流儀に則った『インタビュー』を行っています。ノウハウは明かせませんがね」
「インタビュー、ねぇ……」
美鈴は尚も怪訝な視線を送ったが、彼は目を合わせようともしない。
「とにかく、我々の行動は決まった。各員、カミナリ装者の移送準備にかかれ!」
「「「了解ッ!」」」
佐原の号令に従い、持ち場へ散っていく隊員達。
彼らの表情は引きつったままだった。